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夏の夜のLabyrinth

■■■ 休日の過ごし方 ■■■



起き上がって、カーテンの向こうから透ける光を見やって、昼が近いな、と思う。
久しぶりの連休は、天気に恵まれてくれそうだな、などとぼんやりと考えながら、仲文はべッドから、のろのろと出る。
実質、どこかに出かける予定があるわけでもないので、単に気分の問題なのだが。
大あくびをしながら扉を開けたところで、人影に気付く。
「いたのか」
「いたのね」
顔を見合わせた二人の声が揃う。
仁未が、首を傾げる。
「午後出勤?」
「いや、休み」
半ば機械的に答えてから、はた、としたようだ。
「仁未は?」
昼まで寝ていただけはあって、いくらか頭も回転しているようだ。質問を返されて、仁未は微笑む。
「私も休みよ」
笑みは、自慢気で得意気に変化する。
「しかも、連休」
「…………」
三十秒ほど、たっぷりと無言でいてから。
「ってことは、明日も休みか?」
仲文が、のんびりと首を傾げる。気勢をそがれて、軽く肩をすくめながら、仁未は頷く。
「そうよ、明日までお休み」
「そうか、そりゃいいな」
ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
「俺もだ」
「へ?」
今度こそ、仁未の顔がマヌケ面になってのは責められまい。
だいたい、二人の休みが揃う、ということが、先ずあり得ない。
そういう仕事を選んだのだと、二人共知っている。
式こそ、ずっと仲文を育ててくれた文乃が、ひっそりと望んでいたこともあって、しっかりと行ったが、新婚旅行にも行ってなければ、それ以後、同じ休みであったためしもない。
というよりも、休みが無いのだ、二人共に。
同じ屋根の下に住んでいるのだな、というかすかな気配はあれども、顔を合わせることすら珍しい日々が続いている。
ようするに、結婚前と変わったのは、住んでいるところが一緒、というだけ。
その他、なにも変わらない。
仲文と広人と仁未、三人のうちの二人が会えるとなれば、強引に最後の一人が仕事の都合をつけて、一緒にご飯を食べる、という習慣も。
それでも、家に帰って、誰かが確かにそこにいるのだという気配があるのは格別だ。
二人共、そう思っているので、格段問題も生じずに結婚生活?は続いている。
世間一般とやらの常識と定義されるモノによれば、二人は新婚真っ只中であり、残業なんてそっちのけで一緒にいたとて、責められないという奇特な時期であるらしいのだが。
どうやら、そういうことは、二人には全くもって関係の無い話であるらしい。
「おかしいわよ、あり得ない」
仁未が眉を寄せ、仲文の視線が宙に浮く。
「……そうだな、言われてみりゃ、不自然だったな」
くしゃ、と、くせっ毛をかき回す。
連休を言いだしたのは国立病院院長だが、そういう方に気の回る性質ではない。
「ま、どう手を回したかはともかく、誰の差し金かはわかるし、企まれたにしろ、連休には変わりない」
そんなことをするのは、一人しかいない。広人だ。
仲文は、にこ、と笑う。
「ここは、ありがたくいただいとくに限るんじゃないか」
「……それは、そうね」
よくよく考えてみれば、別段、眼くじらを立てるようなことでもない。むしろ、感謝すべき部類だろう。
微妙に腑に落ちない顔つきながら、仁未も頷く。
「ったく、いっつも人のことばっかり」
頷いたものの、やはり、納得いってないことが口をつく。
無意識に仁未を意識していたのを仲文に自覚させて、なんのかんのと二人を丸く収めてしまったのも広人だ。
三人三様の理由で、結婚はしない、と決めていたのに。
それでいて、ご当人は、自分のスタンスを貫き通すつもりらしい。
この点、翻意させるのは、まず無理、と仲文と仁未は知っている。
「まぁまぁ」
のんびりと手を振ってから、仲文は首を傾げる。
「で、仁未は、この貴重な連休をどう過ごしたい?」
「どうって……」
軽く眉を吊り上げて顔を上げた仁未は、口調とは裏腹に、仲文の視線がひどくまっすぐなことに気付く。
「……私……私は、美味しいモノ作って、美味しいお酒買って、明日のことなんか気にせずに、たくさんおしゃベりしたいわ」
広人が、自分のスタンスを変えない、というのなら。
それなら、と心に決めたことがある。
でも、それは、夫という立場となった仲文に告げるには、微妙なことだ、とも知っている。
でも、こちらをじっと見つめている瞳は。
「アナタと、高崎くんと、三人で、そうしたいの」
きゅ、といきなり抱きしめられて、仁未は眼を見開く。
「仲文?」
「ありがとう」
体を放すついでに、軽く口付けしてから、にこり、と笑う。
「 仲文も?」
「ま、な」
どこか、照れ臭そうな笑み。
ただ一人の親友を、孤独のままほうっておくなど、出来ない。
でも、仁未以上に言い出し難かったのだ。
同じことを思っていたのだとわかって、仁未も満面の笑みでキスを返す。
それから、小首を傾げる。
「でも、方法あるの?」
にやり、と口の端に笑みを浮かべる。
イタズラを企んでいる笑みだ。
「当然、企まれっぱなしでいるつもりは無い」
笑みが大きくなる。
「世間サマじゃ、俺は『Aqua』で最高の医者の一人ってことになってるらしいし?」
くすり、と仁未の口からも笑いが漏れる。仲文が何を企んだのかわかったのだ。
「それに、高崎くんとはスクール時代からの友人ってことも知れてるわね?」
「健康管理を任されてる、と言われて疑う人間は何人いるかな」
顔を見合わせた二人は、くすくすと笑い出す。

自分の好意を無にされたとばかりに不機嫌な顔つきで現れた広人が、百面相させられた挙句に、白旗を上げるのは数時間後のこと。


〜fin.

2004.02.02 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Their Holiday〜 Presented by Yueliang


■ postscript

迷宮完結記念モノ。
戸籍上夫婦になったっての以外は、あまり変わっていないようです。
結局のところ、いつも三人ですし。



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