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夏の夜のLabyrinth
〜『Aqua』バレンタイン紀行〜

■539年、リマルト公国編(変?)■




リマルト公国は、けして小さな国ではない。
が、南にリスティア、北から東にかけてアファルイオ、西にルシュテットという大国に囲まれているせいで、どうもこじんまりと見える。
元々、崩壊戦争後の混乱の中、ひっそりと小国を立ち上げた三領主が、このままでは大国に飲みこまれようというので集まって国としたのが始まりだ。
なので、いまだにこの国は、三大公家の合議で政治が行われている。
外交を得意とし、対外政策のほとんどと情報関係を担うミューゼン家。これは、『紅侵軍』と化して地に落ちた国際的信頼を、毅然とした態度で知られているルト・ミューゼンが、リスティア総司令官に土下座してわびた光景を映像として流してのけることで、真摯な国柄、という世評を取り戻してみせた。
戦の途中、ルトの妹であるライムーンが助けを求めたこともあって、リスティア総司令官の対応は実に好意的なモノだった。おかげで、国際的にも旧文明産物の標的にされた被害者、との見方が大勢を占めてくれた。
これで、リマルト公国が消滅する危機は、ほぼ脱したと言っていい。
武辺者が多く、軍事、法務を取り仕切るのがイプシアン家。戦が終わり、唐突に『緋闇石』から開放され、記憶がないままに混乱に陥りかけた国を、よく統率してのけた。
自分だって記憶が無く、なにをしてのけたかと不安の中、堂々とした態度を終始崩さなかった片目の将軍、ユージン・イプシアンは尊敬に値する。
三大公家合議の上、若い者に任せようとなったなりの『紅侵軍』事件。
三大公家共に三十前後の当主が治める国に起きた事件に、国が揺らがないわけがない。
が、ルトもユージンも、立派に己の役割を果たしてみせた。
さて、今度は自分の番だ、と三大公家唯一の女当主である、ライア・タウンゼントは思う。
タウンゼント家は、商業に才覚を発揮する者が多く、経済を担っている。もちろん、戦後直後の借り入れ等はやっているが、これは外交も絡むので、ルトとの共同作業だった。
国が立ち直るというのは、経済的に一人立ちを果たせる、ということに他ならず、これはライアの肩にかかっていることだ。
鼎のごとく、三方が釣り合ってやってきた国だ。一方が崩れるわけにはいかない。
それに、自分だけが、国の為になにも出来ないのでは、あまりにも悔しい。
彼女は、剣を手に取らせても男に引けを取らない、強さを併せ持っているのだ。
それだけ、プライドもある。
ともかく、彼女は国の経済復興の為、秘策を練っているところである。
モニターに並んだ数字を見ながら、ライアは、むう、とひとつ唸る。
リマルト公国は、手先の細かい職人芸で編み出される工芸品や菓子類を、観光客が購入してくれることが、最も大きな収入源となっている。
他では絶対に見られぬような美しい透かし彫りなどの工芸品は、たくさんの職人が犠牲になったにも関わらず、相変わらずのクオリティの高さで造られつづけている。
が、それらの工芸品を、さらに魅力的にみせる祭りが、昨年から今年にかけては激減している。
途中から、様子がおかしいと察して、リスティア軍は、出来る限りリマルト公国自体への攻撃は控えてくれたようだが、最後の作戦では、首都が相当の被害を受けている。
これがなければ、元に戻ることは出来なかったのだとはわかっているが、痛い打撃ではあった。
まだ、全ての施設が完全に元に戻っていない、というのが、大きいのだ。
大きな祭りを催して、観光客を吸収しきるだけの施設が整っていない。
当然、観光客は減っている。
買いに来てくれる人間が少なければ、当然、売上げも落ちるというわけだ。
これは、以前以上に輸出に目をむけなくてはならないだろう。
いままでは、国内の祭りに力を入れていたが、他国のイベントに合わせての輸出、という形態を確立する必要がある。
検索をはじめようと、モニターに向かい直そうとして、ふ、と思い当たる。
自分で調べるよりも、他国の事情に通じている人間に尋ねた方が、コトは早かろう。
お国事情、というのは、その場で観察してきた者の情報が最も生に近い。
ようするに、ミューゼン家の人間に聞いた方が早い、と判断したわけだ。
たしか、ルトはここ数日、プリラードへ出向いているはずだ。ならば、妹の方に声をかけてみればいいだろう。
思い立ったら、すぐ行動のライアである。
さっと振り返ると、ベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、ミューゼン家のライムーン嬢のご都合を伺ってくれ、ぜひ相談したいことがあり、お訪ね申し上げたいとな」
「かしこまりました」
秘書は、す、と静かに頭を下げると、扉の向こうへと消える。
つねに引っ込み思案に兄の後ろに隠れていたライムーンは、一連の事件の後、一変した。
戦災で、家族や家を失った人を慰問し、必要とあれば援助を行うという積極的な行動で、もしかしたらいま、リマルト公国で最も慕われている人間かもしれない。
あるいは多忙で、しばらく空いてはいないかもしれないな、などと考えていると、秘書が戻ってくる。
「ライムーン様はご在宅中でして、よろしければ、いまからお茶など差し上げたい、とおっしゃっておりますが」
「そうか、それは幸いだ、すぐ伺うとお返事してくれ」
と、言い終わる頃には、立ち上がって脇の剣を手にしている。
武人でもある彼女は、外に出る時には常に剣を帯びるのだ。
「出かける、車を出せ」

ミューゼン家につくと、ライムーン自らが迎えに出た。
「タウンゼント家当主様をお迎え出来て、光栄ですわ」
にこり、と微笑んでみせる。
以前までのおどおどさが消え、好もしく思われる。
「ほう、ミューゼン家のかぐわしき花と言われるだけのことはあられる、健勝そうでなによりだ」
ライムーンは、誉められてちょっと頬を染めつつも、つつましやかに部屋へと案内する。
「我が家には、職務上のお客様がたくさん参られます。皆様にくつろいでいただけたらとは思っておりますが、タウンゼント様のお気には召しますかどうか……」
「ああ、堅苦しいのはあまり得意ではないのだ、ライアで構わん」
ぴしり、と言ってのけると、まぶしそうにライムーンは目を細める。
「では、私のことも、ライムーンとお呼びいただけますか?お近づきになれたようで、嬉しいので」
「ふむ、わかった」
案内された客間は、無駄な装飾はないが、効果的にリマルト公国の工芸品を配しており、ライムーンが引け目を感じるようなモノどころか、ライアにとっては好みそのもの、といっていいほどだ。
「ほう、これはいい趣味だ」
椅子へと腰掛けつつ、思わず素直に感想を述べると、また、ライムーンは嬉しそうに頬を染める。
「お茶を、お入れしますね」
ライムーンは、慣れた手つきでいれて、そっとカップをライアの前へと置く。
さっそくにカップを手にして、まずは香りを楽しむ。
さっさとコトを進める気性のライアだが、この手の余裕はたしなみ、というヤツだ。
「イイ香りだ」
お世辞嫌いで有名なライアが口にするのだから、本音と判断したのだろう。また、ライムーンの頬が染まる。
やたらと頬が染まるが、元々引っ込み思案だったせいであろうとライアは判断して、用件を切り出す。
「ところで、今日お伺いしたのは他でもない、お知恵をお借りしたいのだ」
「まぁ、私の知恵などが、ライア様のお役に立ちますようならいくらでも」
と、ライムーンは小首を傾げてみせる。
子供が親からのお願いを一生懸命聞こうとしているようなしぐさで、なんとなくかわいらしい。
思わず笑みこぼれそうになりつつも、ライアは続ける。
「実は、昨年の一件より、どうも観光客が減少したままなのだ。これは首都の施設が復興するまでは仕方ないとしても、このまま手をこまねいているわけにもいかない」
こっくり、と大きくライムーンは頷いてみせる。
「それでだな、こちらから、他国への新たな輸出を考えようと思うのだ」
また、こっくり、とライムーンは頷く。
「工芸品の方は、すぐに他国のイベントに合わせた商品、というわけにもいくまいが、菓子類は万国共通だ。なにかこう、日持ちのするモノでな、例えばチョコレートなどになるわけだが……大量に消費するようなイベントを、ご存知あるまいか」
ライムーンは、三度、こっくりと頷いてみせた。
「はい、存じ上げております」
はっきりと返事を返す。
「その、チョコレートが大変、売れると聞いていますイベントが、リスティアでございますわ」
「ほう、チョコレートが」
思わず、身を乗り出してしまう。
菓子類の中から、ライアがチョコレートを上げたのは理由がないわけではない。工芸職人と並んで、ショコラティエはリマルト公国に実にたくさんいるのだ。
祭りにかかせない菓子でもあるからだが、手先の技術をカカオという食材にかけるというあたりが、リマルト系気質にあっているのだろう。
そのチョコレートを、大国リスティアが大量消費すると言う。これは、見逃せないイベントではないか。
いままで目が行っていなかったのが、信じられないくらいだ。
もしかしたら、ショコラティエ個人の取り引きレベルではあるのかもしれないが、国をあげての事業としての価値を見落としていたとは、我ながら臍を噛む思いである。
その思いが出たのだろう、性急気味な口調で尋ねる。
「それは、なんというイベントなのだ?」
「はい、バレンタインと申しまして、日付は二月十四日、女性の方が、想いを寄せる殿方にチョコレートを渡して、ご自分のお気持ちと伝えるとか」
怪訝そうにライアの眉が寄ったのを見て、ライムーンは付け加える。
「もちろん、それほどまでに想いを寄せるのならば、ご自分でなんなりと工夫なさればよいかとも思いますけれど、なかなか勇気がでないもの。全国的にそんな雰囲気になれば、秘めた想いも伝えやすくなるのでしょう」
微妙に菓子屋の陰謀な気がしなくも無いが、己もそれに便乗しようという身の上だ。それは脇にのけておいても、チョコレートを渡して告白、とやらはライアの感覚ではよくわからない。
が、少なくとも、そういうのに使われるチョコレートの量というのは、そこそこ知れている気がしてしまう。
「ははぁ」
中途潘半端な相槌をうつ。
ライムーンは、ライアの感覚がわかっているのだろう、にこり、と微笑む。
「これに使われるのが、本命チョコ、でございます」
「本命?では、それ以外があると?」
こくり、とライムーンは頷く。
「リスティアは、恩を大切になさるお国柄、年末や夏にも、お歳暮、お中元と呼ばれる季節のご挨拶がありまして、感謝を込めた品を送る習慣がございます。バレンタインには、それと同じ意味合いもあるようですわね」
お茶を口にしてから、ライアは頷き返す。
元々、好意を込めたチョコレートなわけだ。
ご挨拶代わりにしろ、もらったほうは悪い気はしないということなのだろう。
「義理チョコ、と言うのだそうですわ」
思わず、口元が笑ってしまう。
言いえて妙といったところか。
頭の方は、素早く回転している。
本命チョコ、とやらはショコラティエの腕を競わせてみるのもいい。リマルト公国でも十指に入るなどとあおれば、効果は絶大だろう。
お祭り用のデコレーションチョコは、見た目もかわいらしくて値段も手ごろだから、義理チョコとやらに向いている。
方法を間違わなければ、充分に収入が見込めるイベントと思われた。
「ふむ、時期的に言っても、これはいいモノを伺った。さっそく戻って検討してみようと思う」
はっきりと口にして、頭を下げる。
「ライムーン殿、礼を言う」
「いえ、お役に立てたようでしたら、よろしいのですが」
またもや、頬を染めつつ、嬉しそうにライムーンは微笑んだ。



そこから先は、ライアにとってはお手の物だ。
父親譲りの豪胆さと、母親譲りのしたたかさと、リマルト系の生真面目なのだが祭り好きという性格をもってして、リスティアへの売り込みを成功させただけではなく、リマルト公国自体も久しぶりのお祭りムードへと盛り上げた。 まずもって、成功と言えるだろう。
三月にはホワイトデーと言うお返しのイベントもあるらしく、こちらに向けての準備も万全だ。
これで、ルト・ミューゼンにも、ユージン・イプシアンにも顔向けできると安心しての、二月十四日。
三大公家合議の場へと到着したライアは、軽く眉を寄せる。
「どうしたというのだ、この甘い香りは?」
部屋へ入ったなり、そこにいたユージンに尋ねる。
ユージンは、武骨な指で自分の顎を撫でながら、苦笑交じりに答える。
「チョコレートだ」
「チョコレート?ああ、もしや、お前たちももらったのか?それは重畳だ」
ルトもイプシアンも、昨年の一件以来の人気の高まりはライアも感心するほどだ。国民のお嬢さんがたから、感謝の意を込めたチョコレートが届いても、不思議はない。
よくよく見れば、先ほどから秘書やら合議場勤めの者たちが、せっせと運び出しているのは、全てチョコレートであるらしい。
「にしても、慕われたものだな」
と感心した声を上げると、ユージンはあっさりと返してきた。
「お前もな」
ユージンはそこに積み上げられた山のヒトツを指してみせる。
「は?」
らしからぬマヌケな声と共に、もう一度山を見直す。どうも、三つ山があるらしい。
ヒトツヒトツを指して見せながら、ユージンは口が半分ぽっかり開いたままのライアに言う。
「俺と、ルトと、お前のだ」
そこへ、ルトも入ってくる。こちらも、珍しい困惑顔だ。
「ひとまずは、三人の共同声明として感謝の意を表しておいた。ここで三人で差が出ると、話がもつれ……」
言いかかって、ライアの呆けた顔に気付いたらしい。
眉を寄せて、ユージンへと視線をやる。
ユージンは、黙ったまま、ライアへと届いたチョコレートの山を指す。合点がいったルトが、苦笑気味の笑顔になる。
「国民にとっては、憧れのお姉サマだからな」
「お姉サマ?」
やっと口を利けるだけの状況にはなったらしい。聞き慣れぬ単語に、相変わらずの困惑顔だ。
「ま、絵本に出てくる王子みたいな存在だと思っていればいい。そうそう、妹から伝言でね、『今日の会議のあと、お差し支えなければ屋敷にお寄りください』だそうだ」
軽く肩をすくめてみせてから、苦笑を漏らす。
「ずっと、話し掛けたくてしかたなかったライアに、相談事を持ちかけられた上にお礼を言われたって、そりゃもう大喜びでね、張り切ってチョコレートを準備しているようだから、寄ってやってくれるとありがたい」
兄らしい優しさをみせるルトの後ろで、なにやらユージンは複雑そうな表情をしている。
やっと、ライムーンがやたらと頬を染めた理由がわかったのはいいが、女なのに王子とは、これ如何に。
というか、企画した自分が、こんなに困惑するイベントとは思わなかった。
それでも、ライムーンに教えてもらったおかげでのこの盛り上がりなのだ。礼はつくさねばなるまい。
「ああ……その……わかった、寄らせてもらおう」
三人が、真剣な会議に入ったわけではないと見て取ったのだろう、合議場で小間使いをしている少女の一人が、そっと歩み寄ってくる。
「あの、ご歓談中お邪魔かとは存じますが」
「ああ、気にしなくていい。どうかしたか?」
振り返ったライアに、恐る恐る、と言った調子で差し出したのは、どうやらチョコレートのようだ。
「こ、これ……ライア様に受け取っていただきたくて」
頬を真っ赤に染めて、一生懸命差し出している姿は、なかなか可愛らしい。
「私の為に用意してくれたのだな、ありがとう」
思わず微笑みつつ、受け取ってしまう。
「いえ、その……受け取っていただき、ありがとうございます」
ぱぁっと頬を染めて、小間使いは部屋を走り出るように出て行く。
遠くから、悲鳴のような声が聞こえてくる。
ライア様に直接手渡しちゃったー!という声と共に。
「……あれで、嬉しいのか」
「そりゃそうだろう、憧れの人に直接お礼言われたのだから」
どうやら、己が貰うチョコレートで、リマルト公国の経済はいくらか潤うことになるらしい。
そうとなれば、驚いてばかりいる場合ではない、と商人魂の方が判断する。
振り返って、尋ねる。
「いつも通りにしていれば、そのお姉サマとやらか」
「まぁな」
だいたい、ライアがなにを考えたのかはわかったのだろう。相変わらずルトは苦笑している。
それから、運んでも運んでも減らないチョコレートの山へと視線を移す。
「この調子では、今日は打ち合わせにはならないな」
「ああ」
ユージンも同意見のようだ。
「だが、屋敷に戻ったら、今度は仕事中ではないとて押しかけられよう、それは扱いかねるぞ」
警備一切を引き受けているユージンらしい意見だ。
「では、いただいたチョコレートでもつまみつつ、軽い書類を片付けるとでもするか」
と、三人揃ってお茶を手に、テーブルを囲む。
いつもならば、ここで丁丁発止のやり取りとなるのだが、届きつづけるチョコレートの受け取り、分類、運び出しの慌しさの中、そんな雰囲気はとうてい望めない。
しばし、静かに書類を繰る音だけがしていたのだが。
「来月は、ホワイトデートか言うチョコレートを貰ったお礼のイベントがあるというのは、本当か?」
なにやら不安そうに沈黙を破ったのは、ユージンだ。
「まさか、あれだけのモノ全てにお礼も出来まい。ただ、住所と名前が明記してある者には、お礼状くらいは出すのが礼儀だろうな」
あっさりとルトが返す。
ライアが首を傾げる。
「ふむ、手書きというわけには行くまいが、ちょっと工夫すれば喜んでもらえるだろう」
「ライアは写真付にするといい」
にやり、とルトが珍しい笑みを浮かべる。ユージンも苦笑気味に頷く。
「それはそうだな」
「お前たちだって、同じだろう」
「あまりに偶像化されるのはありがたくはないが、身近に感じてもらえているのならば、悪くは無いな」
外交の他、なにかと国民に対する対応を取るコトが多いルトは、政治的にも肯定的に捉えていてくれているようだ。
「内容の点は量の見極めもつけてから、明日以降の懸案事項としよう」
一緒にお礼を考える点では、ユージンも否やはないようだ。あっさりと頷く。
が、軽く眉を寄せる。
「これだけ一時に寄せられると、危険物の判別が甘くなりがちになる」
「なるほどな、その点は一考の価値があるかもしれぬな」
つい、なんとなく話題が政治的になるあたり、もう国の経営が身に染みているともいえる。
誰からとも無く顔を合わせて、そのことに気付いて苦笑する。
「そういえば、ライアは誰かに渡したのか?」
ふ、と思い付いたように、ユージンが尋ねる。
「私がか?」
「女子が思いを寄せる者にチョコレートを渡す、という祭りなのだろう、元々は」
その通りなのだが、自分が誰かに、とは思いも寄らなかった。というよりも、イベントを聞いた瞬間から、どうプロデュースするかの方に気を取られていた、と言う方が正確だが。
が、それだとまるで、仕事しかない朴念仁のような感じで癪だ。
素早く頭を回転させる。
現状、決めた相手がいるわけでもない。
あの、歓喜の声を上げた小間使いや、ミューゼン家の屋敷で待っているライムーン、そして山になるほどチョコレートを送ってくれているお嬢さん方のように、憧れる人もいない。
そういえば、義理チョコとか言うのを挨拶代わりに渡すのもありだったようだが、そんなのも用意してない。
と、そこまで考えて、はた、とする。
「皆がチョコレートばかりを送る中、同じモノを送ったのでは芸があるまい」
「そういう考えもあるな」
「うむ」
チョコレートは基本的に好きだが、これだけの量を見ていると、さすがにもう結構という気分になっているのだろう、ルトもユージンも、素直に頷いてくれる。
幸先上々、実はリスティアに売り込みに行くうち、とある逸品が手に入っているのだ。
ライアは、余裕の笑みを浮かべる。
「リスティアでも、限定でなかなか手に入らぬという酒を二、三本手に入れたのだが、今日の晩は余裕があるか?」
「それはイイ」
思わず、顔を明らかに輝かせたのはユージン。チョコレートよりも、酒の方が好きなのだ。
ルトは、さすがに首を傾げる。
「私たちが飲んで、構わないのか?」
「せっかくの酒だ、気心が知れた相手と飲んだ方が楽しいだろう」
「では、遠慮なくお招きにあずかろう」
ルトも、笑顔になる。
「二人の都合がわからなかったのでな、まだ、屋敷に申し付けてないのだ……ちょっと言ってくる」
と、立ち上がったライアを見送ってから、ルトとユージンは顔を見合わせる。
ルトの方が、苦笑気味に口の端を歪める。
「どうやら、お互い本命にはもらえないようだな?」
「な?!」
「まだ、その手に関してはとんとオコサマでね、気長に頼むよ」
ユージンが欲しかった相手が誰なのか、ちゃんとお見通しらしい。でも、お互いに、ということは、だ。
「……ははぁ……だが、酒の相伴には預かれるではないか」
微妙な笑みを浮かべてから、ルトは放り出してあった書類へと、視線を落としていく。
「お互いに気長に構えて、というところかな」
なにはともあれ、リマルト公国の完全復興は目前のようである。


〜fin.

2003.02.18 A Midsummer Night's Labyrinth 〜St. Valentine Day in Dukedon of Rimarut〜


■ postscript

ずっと書きたかったリマルト公国復興編なのですが、何かが間違っている気がしてなりません。
痛恨なのは、14日が過ぎてしまったことです。


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