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夏の夜のLabyrinth

■■■Wedding NG Extra■■■



『リスティアロイヤルホテルオーナー、小野寺透子からの呼び出し』という健太郎からの連絡を、今年もうけた忍と亮は、顔を見合わせる。
昨年、結婚式をぶちこわしたおかげで、リスティアロイヤルホテルでの結婚式が激減してしまった。その穴ウメ、という名目で、新規キャンペーンのポスターに起用されてしまった苦い記憶は、しっかりと二人に刻まれている。
ポスターは持って帰ってこられるわ、やたらにおもしろがられるわ、で散々だったのだ。
だが、今年の六月には、昨年ぶち壊した結婚式のご当人たちである野島正和、小夜子の二人はリスティアロイヤルホテルで結ばれている。
リスティアロイヤルホテルで結婚式が壊れるというイメージは払拭出来ているわけで、これにてカリは返し終えた、つもりでいたのだが。
しかし、『昨年六月の件で』と言われてしまったら、やはり弱い立場なのには変わりない。
というわけで、二人はリスティアロイヤルホテルのエレベータの中だ。
「一体、なんだろうな?」
忍が首を傾げる。
俊の話では、忍たちがポスターに起用されたチャイナ風の結婚式は目新しさでかなりの集客をなしとげたし、その勢いのまま、利用客は元のレベルに戻ったのだそうだが。
「さぁ、透子さんのことだから、なにか企んではいるのでしょうが?」
亮にも、予測がつかないらしい。
どちらからともなく、階数表示を見上げる。
六十七階、ウエディングセンターに到着して、扉が開いて。
今年も、どどーんと透子が仁王立ちでお出迎えだ。
腕組みをして、睥睨するようにこちらを見つめている。
「こんにちは」
さすがに二度目なので、去年ほどは気圧されずに忍が挨拶する。
「こんにちは、ご両人とも、いらっしゃい」
透子は姿勢も視線も崩さずに、挨拶を返す。
「ご用件は、なんでしょう?」
亮が、首を傾げる。
おや、というように透子が口の端を持ち上げる。
「まさか、客足が戻ったのとウワサが払拭されたのだけで、カリが返し終わった、なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
その一言で、亮には何が言いたいのかわかったらしい。微妙に頭痛がしてきたような顔つきになりつつ、問い返す。
「売り上げ減少分の穴埋めが終わるまでは、というわけですか」
「当然でしょ?」
年離れた夫の残したホテルを、世間の遺産目当ての視線を完全にふっとばす勢いでやってきた透子だ。売り上げ減少は、許せることではないだろう。
野島製紙の方からは、売り上げ損失分を補填する、という申し出があったのだが、それを蹴っている。どうあっても、ホテルの売り上げで穴を埋める気でいるわけで。
先に、カリを作ってしまったのはこちらだ。逆らいようがない。
顔を見合わせた二人は、互いに諦めが浮かんでいることを確認する。
視線を透子へと戻して、忍が尋ねる。
「今年はどうすればいいんですか?」
透子は、にこり、と笑う。
「去年のアレね、すっごく評判が良かったのよね」
去年のアレ、と言えばヒトツしかない。
責任を取れ、の一言の元にやらされた、ウエディングキャンペーンのポスターだ。
衣装は勝手に決められるわ、ポーズはとらされるわ、表情に指導は入るわ……
完全に、オモチャになるアレだ。
悪夢、再び。
今年も、また喜ばれる。
真っ先に二人の頭に思いついたのは、ソレに他ならない。
がくり、と肩が落ちる。
「今年のコレで利用客増えたら、終わりにしたげるわよ」
あまりにも明らかに肩が落ちている二人に、透子が言う。
「本当ですか?」
思わず確認してしまったのは忍だ。
「嘘はつかないわよ。だから、徹底的に協力してもらうわよ」
なんだか、昨年よりもパワーアップの予感ではあるが。利用者を増やすには、それに付き合うしかない。
毎年恒例なんて、そんな恐ろしいことは、なにがあろうとご遠慮したい。
諦めが入っていた二人の瞳に、微妙に光が宿る。
こうなったら、今年分のポスターに徹底的に付き合ってやる、という半ば逆ギレな気分になっているともいうが。
亮が、こっくりと頷き、忍が、はっきりと口にする。
「わかりました」
二人の頭にあるのは、ヒトツだけだ。
今年で、絶対に終わらせてやる。

どうやら、忍は去年の撮影時よりも肩幅も背も出ていたらしく、衣装担当もヘアメイク担当も喜んでいる。
「まっすますイイ男になったじゃん」
「映えるねぇ」
イイ男で客が増えるのなら、大いにけっこうである。
むしろ、どどーんと増えてくれと思う。
忍は、にっこり、と笑い返す。
「それは、どうも」
着替え終えて出て行くと、亮の方はまだ済んでいないのか、出てきていない。
去年は、ほぼ同時に出てきたはずなのだが。
忍が軽く首を傾げたのに気付いたのだろう。カメラマンが、にや、と笑う。
「今年はね、も少しらしくしようってなことになっててね」
ようは、さらに装飾が増えている、ということだ。
いきなりお疲れサマな、と思っていると、亮が現れる。
忍は、思わず、目を見開いてしまう。
昨年と同じく、めでたさを表す赤を基調としたチャイナドレスだが、雰囲気はがらり、と違う。
凛としたものが全面に押し出されていた去年は、それはそれでキレイだったのだが。
たおやかさ、というのだろうか。
隴たけた、という表現が、ぴたり、とくる。
化粧のせいもあるだろうし、今年は髪飾りが凝っていて、半分は下へと髪が降りているせいもあるだろう。
理由は、いくらでも探せる。
そんな、理論的なことはどうでもよくなるくらい。
綺麗だ、と思う。
自分の中の意識が変わったのが大きいんだ、と我に返って、忍は表情を引き締める。
透子を始め、スタッフは二人が並んだところを見て、ご満悦だ。
「やーっぱり、似合うよねぇ」
「あつらえたみたいに、ぴったりってヤツだよね」
「今年は二人向けにあつらえたんだけどね」
去年と違って、今年で終わらすためのやる気でいっぱいの二人が被写体なので、撮影は実に順調に進む。
ポーズだろうが、表情だろうが、きっちり注文どおりに決まる。
結婚式用の、という接頭詞を除いてしまえば、他人が思わず目を惹かれるような写真をつくる、という作業自体は面白いと思う。
プロの視点、といのも興味深い。
何回もフラッシュ浴びてるうちに、どうせなら楽しんじゃえ、と思い始めたのも否めない。
そうこうしているうちに、カメラマンの声が響く。
「はーい、二人での撮影は終わり」
その声に忍は、思わず、ほ、と息をつく。この後は、花嫁だけの撮影なのだそうだ。
やはり、結婚式というのは女の子の方が気になるものなのかもしれない。
スーツの前を開け、ネクタイとスタンドカラーをゆるめる。
スタッフの一人が、一人、撮影用の幕の前に残っている亮をまじまじと見つめつつ言う。
「ホント、姫だよねぇ」
「そうだよね」
「姫、ですか?」
亮は、自分がそんな風に見えているとは思っていなかったのだろう、小首を傾げている。
「そうそう、深窓で王子を待ってるようなさ」
実際に知っている姫は、自力で城を抜け出して運命切り開こうとするようなパワーを持ち合わせているのだが、世間様で『姫』というと、やはりそういうイメージになるらしい。
確かに、今日の亮の衣装は、そんな姫君が似合いそうな雰囲気だ。
忍が近付いて、いきなり背後から抱き寄せながら手を取る。
「姫、お迎えに参りました」
「待っていました」
にこり、と亮も微笑んで、忍の腕へと手を重ねてみせる。
完全に、悪ノリであったわけだが。
思い切り、フラッシュが光る。
「え?」
「はい?」
我に返って、カメラの方へと視線をやる。
「いや、いまの良かったよ!」
「イメージ、はまりすぎ!」
「この写真よかったら、採用だから」
「あ、ポラもあげるよ、ほら」
口々にスタッフたちに喜ばれてしまう。
思わず素直に写真を受け取りつつ、忍と亮は顔を見合わせる。こんな写真採用されたとしたら、また、大喜びされてしまう。
「でも、瞬間でしたし」
「だよな、まさかなー」
微妙に乾いた笑いを交わしたあと、亮だけの撮影を無事終え、帰途につく。



さて、チャイナキャンペーンが始まった九月。
『今宵、君を奪いに行くよ』
のコピーとともに貼り出されたポスターに、世間のみならず『第3遊撃隊』までが大騒ぎになったのは言うまでも無い。


〜fin.

2003.04.20 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Wedding NG Extra〜


■ postscript

第七話、後始末続き編。
今年も間違いなく麗花あたりがポスターゲットしてきて、去年のと一緒におとっときにされていると思われます。
でもって、健太郎や仲文や広人からツッコミが。
合掌。


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