那緒乃サマよりいただいた梓


+++ 那緒乃優鈴 サマ +++

五連荘でステキな絵、第三弾です。
花咲くイメージの梓。
ひっそりと惇と対になっているのがツボです。

というわけで、ある意味、梓の周辺話↓。



『 先生はお気に入り?みたび 』

中等部への移動、という辞令を聞いた瞬間に喉元まで沸いてきた笑いを、高津茜はかろうじて押さえ込む。
ウワサには聞いていたが、自分にも同じ運命が訪れるとは。
職員室で倉橋と目が合うと、にやり、と笑われる。
「初等だけかと思ってました」
正直な感想に、倉橋の笑みが大きくなる。
「甘いな。今度は二人来るぞ」
「二人?」
自分が中等部へと行くなら、間違いなく瑳真惇の担任だとは思っていたが。
「……ああ、吉祥寺ですか」
「今更神経質になっても仕方ないと思うが、おエラ方としてはそうもいかないんだろうな」
倉橋は苦笑する。
彼女が言う、今更、がなんなのかは、高津もすぐに思い当たる。
卒業間近で、吉祥寺梓は母親と一緒に交通事故に遭った。それだけでなく、一時的な失明、という大きな出来事を経験している。
しかも、その事故自体、なにやらキナ臭いという噂も聞いている。
が、復帰してきた彼女を見る限りは、そこまで気にかけなくても良さそうに見えたのだが。
だからこそ倉橋に言わせると、今更、なのだろう。
高津の考え込むような表情をどうとったのか、倉橋は自分の手元の封筒を振ってみせる。
「ま、そんな気張らずにいけばいいよ。私もいるしね」
担任は高津へと譲ったものの、まだまだおエラ方は倉橋を開放する気は無いらしい。
高津にとっては心強いことだ。
「そりゃ助かります」
すっかりお馴染みになってしまった胃を撫でながらの台詞に、倉橋も笑う。
「初等と一緒、というわけにもいかないだろうけどな」
「元気付けるか、脅すかどちらかにして下さいよ」
情けない顔になった高津に、倉橋の笑いが大きくなる。

中等になると同時くらいに、ぐっと背が伸び始めた惇は、見た目だけでなく精神的にも一段大きくなったようだ。
まだまだ全力疾走状態ではあるけれど、自分なりにウェンレイホテルオーナーと学生というバランスを取れるようになってきたのだろう。
いつだったか倉橋が予告した通り、天宮健太郎もさりげなくフォローを入れてくれているようだ。
梓の方も、一時期とはいえ目が見えないという経験をしたからかどうか、初等の頃の印象よりもぐっと大人びたようだ。
もちろん、中等の頃は誰もが成長する時期ではある。だが、その中で目に付くということは、成長著しいという証拠だろう。
これは思ったより胃が痛い思いをしなくて済みそうだ、と思った頃。
高津茜の顔色は、初等の頃よりも、ぐぐーっと血の気が引いた。
ついでに、胃がかつてないほどにキリキリとしている。
「教師の顔じゃないぞ」
ぼそり、と倉橋に言われ、高津は情けない顔を上げる。
「すみません、生徒には気付かれてないつもりでしたけど、出てますかー」
よれた声に、倉橋は苦笑する。
「気付かれてたら、どやしてるところだ。にしても情けない面だな」
「俺が考えてもしょうがないとわかってるんで、余計に」
くしゃ、と髪をかく。
「同性なら、あれっくらい一緒にいても全く不自然じゃないんですがねぇ」
高津が誰のことを言ってるのかは、倉橋にもよくわかっている。
惇と梓のことだ。
家の環境が似てるせいが大きかったのだろう、なんとなくよく話すようになって、惇が犬を飼い始めたとかがきっかけで、行き来もしてたらしい。
それが、クラスの人間の「付き合ってるの?」の一言で、ぴたり、と止まった。
「どうしたって世間は経営者の子として見ますから、軽々しくそういう仲の人間を作るな、とは教えられてるんでしょうが」
初等から惇を見守っている立場としては、親兄弟をすべて失っただけでなく、叔父にまで裏切られた体験をした惇にやっとのこと出来た、いろいろな意味で話せる相手がいなくなってしまいそうなのは見るに耐えない。
が、そんなことは口出しすべきことではない。
「ああいう立場は、最終的には孤独なものでしょうしね」
もう、嫌というほどに思い知らされているだろうに、また、とは。
「こればかりはな」
倉橋も、肩をすくめる。
「だが、背負うと決めたのなら、それもまた現実として受け止めるしかないよ。もし、愚痴でもこぼしたいと思ったのなら、聞いてやるしかないだろう」
「そうですねぇ、というか、俺が胃が痛いとか言ってる場合じゃないですね」
顔を引き締めると、高津は姿勢をまっすぐに直す。
そして、に、と笑う。
倉橋は、頷く。
「その調子だよ。もしも運命なのに引き裂かれそうだって言われたんなら、本気で力になってやりな」
「運命ですか」
高津は、思わず笑う。
「本当にそうなったら、全力傾けますよ」
「その時は、私も出来る限りのことをしてやるからさ」
言い置いて、倉橋は立ち上がる。
「頼りにしてますよ」
笑顔で見送ってから、高津は首を傾げる。
なぜだろう、一瞬とはいえ、珍しく倉橋の笑顔がかげっていたように見えたのだが。
もしかして、本当に運命が切り裂かれるようなことを、目にしたことがあるのだろうか。
彼女の場合、無いとは言い切れないところがスゴイところだ。
詮索したところで、仕方ないことだけれど。
高津は、軽く肩をすくめる。
少なくとも、惇と梓がそんな運命ではないよう、祈ることにする。
先のことは、二人が決めるしかないのだけれど。


2005.12.29 A Midsummer Night's Labyrinth 〜He wannabe Teacher's pet III〜



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