那緒乃サマよりいただいた畝野


+++ 那緒乃優鈴 サマ +++

六連荘でステキな絵、第一弾です。
畝野の表と暗部で、しかも黒畝野はニヤリとしててカッコいいですよ。ありがとうございます。
ちなみに、「REDRAM」の意味のヒントは、「逆」です。

彼の内面はこんなだった、かもしれないということで↓。



『 僕とボク 』

「かねてからの懸案だけれども」
いきなり院長に切り出されて、畝野は片眉を上げる。
かねてから、と言うからには共通認識であることが前提であるはずだが、何のことか取りかねたのだ。
表情から、理解して無いのがわかったのだろう、院長は苦笑する。
「忙しすぎて吹っ飛んだかな、まさにそのことなんだが」
「ああ、人ですね」
さすがに、そこまで言われれば理解する。そもそも言い出したのは畝野の方だ。
事故系に詳しい医師が少ないことは嫌というほどに知っているが、このままでは国立病院外科の双頭体制は崩壊してしまうのが目に見えている。
ともかく人が必要だ、と訴えたのは半年ほど前だろうか。どの程度の技量が必要かも伝えてあった。
院長の人脈をもってしても半年かかったのは、そのせいだろう。
「見つかりましたか」
「アチュリン総合病院の渋谷氏だ」
ごくあっさりと院長が告げた名に、畝野は目を見開く。
「渋谷さんですか」
「不足かな?」
口よりも先に、首が左右に動く。
「いえ、ありがとうございます」
深く頭を下げる。彼が来てくれるなら、間違いなく状況は改善される。
それから、首を傾げる。
「しかし、よく承知して下さいましたね?」
現在の勤務先と名を聞けばわかるほどの人間を、引き抜けるとは考えもしていなかった。
「君と一緒に仕事をしてみたかったんだそうだよ。時間がかかったのは、むしろ総合病院の院長の説得でね」
当然だろう、あれほどの人材を引き抜かれるとしたら、経営者の立場としてはたまったものではない。それをごくあっさりと引き抜いてくる院長の手腕は並々なら無い、ということにもなるが。
院長は、笑みを浮かべる。
「畝野さんも認めてくれる人物で良かったよ、二週間後にこちらに迎えることになっているから」
「はい」
互いに、こういったことに割ける時間は短い身の上だ。必要事項の話は終わったので、再度頭を下げる。
「本当に、ありがとうございます」
会釈してから扉を閉じ、自分の研究室へと歩き出しながら考える。
アチュリン総合病院の渋谷ならば、自分とそうかわらない腕の持ち主だ。一緒に仕事をすれば、なにかと刺激になっていいだろう。
きっと、今までよりもずっと実りある議論も出来るようになる。
明るい気分になってきて、足取りも軽くなった瞬間。
『素直に喜ぶとは、オメデタイな』
不意に耳元に聞こえた声に、ぎくり、として足を止める。
振り返るが、誰もいない。通っている場所がスタッフ専用の場もあるだろうが、視界に見える限り人影は無い。
「……?」
首を軽く振り、もう一度歩き始める。
今度は、くすり、と笑い声がする。
『忘れたって言うんじゃ無いだろう?ずっとお前と一緒なんだから』
馴れ馴れしい声に、す、と血の気が引く。
この声は、知っている。忘れようとて、忘れられるわけがない。
これは、もう一人の自分だ。
幼い頃から、誰にも理解されない悩みを、一人だけ理解してくれていた。
いや、自分の内面と会話するうちに、はっきりとした人格を持ち始めてしまった、という方が正確だ。
見ないように、聞かないように、考えないようにしている事実を、容赦なくつきつけてくる厄介な存在。
『あんな程度の高い要求したって、通るわけないって思ってたんだよな。それがなぁ、まさかあの天才、渋谷が来ることになるなんてな』
仕事が楽になっていいじゃないか、と呟くように言い返し、もう一度首を振る。
が、声は止まない。
『院長のヤツ、お前よりもやっぱ天才の方がいいなぁなんて思ってるんじゃねぇの』
あるわけないだろう、時間をかけてはぐくんだ信頼があるのだから。
もう一人の自分は、鼻で笑う。
『そんなの、天才の前に行ったら吹けば飛ぶよ』
足が、止まる。
そう、それだ。いつもそうだ。
血を吐くような努力をし続けても、いつも天才を呼ばれる人間が、まるで跳ぶように越えていってしまう。
『現に、安藤だって年下だってのに肩を並べてるんだぞ』
渋谷がここへ来たら、自分は今の地位から蹴落とされるかもしれない。
でも、努力するしかない。それしか、無い。
もしも、それでも落とされてしまうのだとしたら、己の実力が足りないのが現実ということになるだけだ。
それだけだ。
『こんなに、必死でやってきたのに、そんなに簡単に人にやっちまうのか?』
どうしようもないじゃないか。
『馬鹿だな、簡単なことだよ』
もう一人の自分は、さらりと言う。
『天才なんて、いなければいいんだ』
「冗談じゃない!」
思わず声を上げてしまい、慌てて口をつぐむ。
あり得ない、それを防ぐ為の、それを暴く為のこの仕事ではないか。
『そう、第一人者だからね。難しい事件は絶対に持ち込まれる』
絶対に。
「冗談じゃない」
もう一度、呟く。
そんなこと、片隅でも考えられることではない。
なのに、歩き出した心の中には、もう一人では無い自分の声が響き続ける。
天才なんて、いなければいい。


2006.03.13 A Midsummer Night's Labyrinth 〜I and I〜



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