〜4th Alive on the planet〜 ■drizzle・5■
真っ暗な、一見、倉庫にみえるそこに降り立つ。
ノクトビジョン(赤外線暗視装置)を兼ねているフィルターを降ろす。 乱雑にガラクタが積み重ねられているように見えるそこに、アーマノイド『統治型』の『生命機器中枢』があるという。 慎重に、すこしずつ、ガラクタをどけていく。 少しずつは、とてつもなく果てしない気がしてくる。 倉庫に見えるだけあって、ガラクタ類の量は、ハンパではない。けっこうな力仕事だ。 が、ここで焦っては元も子もない。 落ち着け、と言い聞かせながら、ゆっくりとよけていく。 外部から、銃撃音が聞こえた。 侵入に気付かれたようだ。 時計に目を落とす。 そちらのほうは、予定通りだ。 いつまで、侵入に気付かれないワケはないから。 だからといって、ぐずぐずしているわけにはいかない。 さらに、ガラクタを降ろす。 ひときわ大きいのをよけたところで。 暗闇の中の微かな光にさえ反射する、金属が姿を現した。 細かいガラクタを、足でよける。 下の方には、細い配線も見える。 これが、『生命機器中枢』に間違いないだろう。 『龍牙剣』を抜きはらう。 亮に言われていた通りの順に、配線を切断していく。 そして、あとは、本体そのものの機能を止めるだけ、というところで。 ヘッドホンに、奇妙なノイズが入る。 「?!」 ノイズがはいるなど、考えられないことだ。 かまえた『龍牙剣』を思わず降ろして、ヘッドホンのほうに集中する。 が、なにも聞こえてこない。 信号発生源を、確認する。 亮かららしい。しかも、忍にしか、送られていない。 「悪い、亮、聞き逃した」 ヘッドホンに呼びかけるが、返事が返ってこない。 「………?」 おかしい、と直感する。 「亮?どうした?」 総司令室にいて、なにかあるとは思えないが、無意味な信号を送ってくるはずがない。 『…………』 かすかな、息遣いがわかる。 なにか、伝えようとしているのはわかる。 でも、それが、なにかなのはわからない。 起こるはずのない異常が、起こっているというコトは、理解できるが。 そこまで考えて、はっとする。 総司令室に残っていたのは、亮と。 まさか、優が? そんなバカな。 軍師としての居場所が消えていて、寂しそうではあったけれど。 無分別とは縁遠い性格だ。それは、間違いない。 だが、亮の様子は普通ではない。 声が出ないのなら、他の信号送信法もあるはずなのに、それもない。 俊の声が、割り込んだ。 『おい、忍、まだか?』 我に返る。 本来ならもうとっくに、『生命機器中枢』をきりすてて、すべては終わってるはずの時間だ。 が、亮はその時間をわかっていて、なにか伝えようとしている。 「もう少し」 軍師の身に起こっている異常は、伝えるべきではない。 亮もそれを望んでいない。 なぜなら、送られてきた信号は忍だけになのだから。 「亮?」 『……ポイ…ト………を……』 今度は、微かな声が返ってくる。 その声を聞き取ろうとしたとき、だ。 「!」 暗かった倉庫が、急に明るくなる。 「まだ、止めてなかったんだね」 聴きなれた声と、気配。 姿を見る前に、誰なのかはっきりと、わかる。だが、それはここにいるはずのない人物。 「優……」 扉のところに立った彼は、微笑んで見せる。 「君がそれを止めないと、いつまでたっても俊くんたちが大変だよ」 それ、とは、もちろん『生命機器中枢』のこと、だ。 言われなくても、イヤというほどわかっている。 だが、ただ止めるだけではダメだ。 亮が伝えようとしているのは。 どうやって止めるべきなのか、だ。 最初の指示に変更があった。 多分、それは、いま、ここに優がいることと関係がある。 通信は切らずにいる。 亮にも、優がここに現れたことはわかっているはずだ。 『龍牙剣』を構えたまま、忍は亮の声を待つ。 激しい銃撃音。 『統治型』アーマノイドたちが、集まっている気配がわかる。 多分、俊は忍の声から、なにか思惑通りにいかないコトがあるのを察したのだろう。 状況は苦しくなって来ているはずなのに、なにも言ってこない。 「『統治型』アーマノイドが、何体いるのか知っているかい?」 見慣れているはずの、穏やかな笑みがいまは、不気味に見える。 理由はわからないが、優は、『生命機器中枢』が破壊されるのを待っている。 最初の、亮の指示通りに。 「いくら、戦闘能力に長けていると言っても、限界というモノがあるだろう?」 わかっている。 だけど、このまま止めては、絶対、ダメだ。 いまの優が、こちらの味方ではないことは、直感でわかる。 ただ、敵だというのでもない。 殺気がない。 それでも、このまま止めるのだけはダメだ。 でも、いつまでも、亮の声を待ってるわけにもいかないのも、確かだ。 どんなに待ったとしても、あと五分が限度だろう。 ちらり、と時計に目を落とした、その時だ。 さきほどからは、想像もつかないほど、はっきりとした声が飛びこんできた。 『T-79切断、破壊』 「了解」 不意に発せられた忍の声に、優はちょっと驚いたようだ。 そのスキに忍は高く飛びあがると、『生命機器中枢』の裏手にまわり、亮の指示通りの線を切断する。 間髪入れず、『生命機器中枢』本体を斬り捨てる。 瞬間的に、火花を散らしていたそれは地響きのような音を立て、大きく振動する。 軽い地震のような振動がしばらくつづき、そして、それは機能停止した。 外部の、銃撃音が止まる。 不気味なほどの、静寂が訪れる。 『統治型』アーマノイドが、その機能を停止したのだ。 ただの、金属の塊と化した『生命機器中枢』をはさんで、優が、こちらを見つめている。 相変わらず、穏やかな表情をしたまま。 でも、なにかが、おかしい。 なにがおかしいのかは、すぐに理解できる。 優が入ってきた扉が、閉じられているのだ。 おそらく『生命機器中枢』が機能停止する間に閉めたのだろう。 「さすがだね」 先に口を開いたのは、優だ。 「亮くんは、最高の軍師だよ」 「どういう、ことだ?」 得物をおさめないまま、尋ねる。優はそれでも、穏やかな表情を変えない。 「最初の指示通りに、『生命機器中枢』を破壊すると、ね、自爆装置が作動するようになっていたんだよ」 そんな危険な指示を、亮が出すわけがない。 仕掛けは、指示が出された後、作動したに違いない。 それに気付いたからこそ、亮は、指示を変えてきたのだ。 だが、総司令室で、何が起こっている? 亮は、どうして、声をまともに出すのにすら、あれだけ苦労しなくてはならなかったのだろう? そして、なによりも。 優が、この場にいるのだろう? 自爆装置が作動することを知っていて、破壊させようとしていた? 「どうして、ここにいるのかが、不思議かい?」 笑顔が、浮かぶ。 現役のころと変わらない、穏やかでやさしい笑みが。この笑顔で、最初の出撃の緊張もほぐれたのだった。 でも、いまは。 「僕が改造したフィルターを持ってるだろう?」 ポケットに突っ込んだのを、見ていたのだろう。 透明化はできなかった、と言った。だが、なにか別の改造はされていたのだ。作戦開始寸前に亮が、新しいフィルターを出してきたのはきっと。それをも、察していたから。 だとすれば、それは、しないほうがいいと判断したから、だ。 「大丈夫だよ、自爆装置とか、そういうのは仕掛けてないから」 微笑んだまま、言う。 嘘をついている顔ではない。 危害を加えようとしているようには、見えない。 では、なにが、狙い? フィルターを通して見せたいモノは、なんだろう? そもそも、このフィルターは通常のフィルターでは見るコトのできない、ドクターの作った『生命機器』を見分けるために作られた、特殊仕様のモノだ。 透明化でなく、さらに、改造を加えるとしたら。 特殊フィルターでも、見分けのつかないモノが、あるとしたら? いま、ポケットに突っ込みっぱなしになっているフィルターなら、それを見ることが出来るのだとしたら? もう、『生命機器中枢』は、その機能を止めている。 見るべきモノが、まだ存在するとしたら。 目前に残っているのは、たったひとつ、で。 そして、忍には、すべて、理解できた。 |