あやとりにも飽きた、という頃になっても、麗花たちの姿は現れない。
こんどは折り紙、という知沙友のリクエストにお応えして、病室はいまや、動物園になりつつある。
なんで知ってるのかなんて忘れたが、なぜか折り紙のほうはけっこう、得意だったりする。
知沙友の喜ぶ顔をみながら、こんどはゾウを折る。
「これって、インドゾウ?アフリカゾウ?」
難しい質問に、俊は思わず首を傾げる。
「どっちだろうなぁ」
この年で、そういう細かいことも知っているのは、入院してる期間が長いということなのだろう、と思う。
本を読む時間が長いから、だ。
それはともかくとして、質問の答えは出てこない。
困惑してると、ノックする音がした。
俊にとっては、救いの神だ。
扉が開くと同時に、思わず言ってしまう。
「おっそいぞ!」
「お待たせしました」
俊の勢いにまったく動じる様子のない返事を返したのは、亮だ。
逆に、こちらの調子が狂ってしまう。
「あれ……?」
「ツリーの部隊はね、午後になったさ」
亮の後ろから、忍が顔を出す。
手には、大きな袋をぶら下げている。
「ツリーだけじゃ、つまらんだろ?」
どうやら、ツリーの前に部屋を飾ってしまおうという企みらしい。
忍は、知沙友に笑いかける。
「こんにちは、風邪引かなくて良かったね」
知沙友は、こっくりうなずいてひかえめに微笑んだ。
「昨日は、ごめんなさい」
「いいんだよ、こいつもちょうど、いい運動だったんだから」
脇から俊がニヤリ、として言う。
「まね、知沙友ちゃん、リースって知ってる?」
忍も、話題をさっさとすりかえてしまう。知沙友は、忍の質問に頷く。
「うん、扉とかに飾るのでしょう?」
「そう、コレ」
まるで、手品のように袋から緑色のわっかを取り出してくる。
それを見た知沙友は、不思議そうな表情で首を傾げる。
「わたしが知ってるのは、もっといろいろついてたけど」
忍の手にしているそれは、これでもかというくらいシンプルなものだ。なんといっても、なにも飾りのついてない、葉っぱだけのわっかだったから。
「これから、イロイロつけるんだよ、もちろん」
笑顔のまま、忍はそのわっかを知沙友に持たせると、テーブルの上に、そのイロイロを並べ始める。
木で出来たかわいらしい人形やら、キレイな赤いリボンとか、木の実やら。
「知沙友ちゃんの好きなのを、好きなだけ、ね」
なるほど、既製のモノを飾るより、ずっと楽しい。
目を輝かせた知沙友は、さっそくなにを飾るか、考え出したようだ。
忍が側にいて、相談にのっている。こういう役は、忍が適任だ。
が、持ってきた袋のほうには、まだまだなにか残っているらしい。亮が、取り出している。
取り出してきたのは、スプレー缶、である。
「???」
不思議そうな表情の俊に気付いたのだろう、亮はにこり、と微笑むとさらになにか取り出した。
スプレー缶も白かったが、次に取り出したモノも白いモノ、だ。
それを見て、なんなのかわかる。
窓なんかによく、吹き付けて飾るヤツだ。亮の手にしているのは、雪の結晶の模様らしい。
なにやら、とても賑やかになりそうだ。
お昼になる頃には、病室は俊が朝来たときとは、似ても似つかぬにぎやかさになっていた。
ちら、と時計を見上げた知沙友が、首を傾げる。
「お兄ちゃんたちは、お昼、どうするの?」
「お、そんな時間かぁ」
一緒にリースの仕上げをしてた忍も、時計に目をやる。
「知沙友ちゃんのご飯、そろそろくるの?」
「ちゃんと、自分で食べられるよ」
知沙友の口調が、心なしか固くなるが、忍は微笑んだままだ。
「うん、俺たちも、お昼食べてからまた来るよ」
「そうですね、一時間半くらいでしょうか」
時計に目を落とした亮が、言う。
多分、知沙友の病院食が運ばれてくる時間を、知っているのだ。
「うん」
「じゃ、また後でな」
「午後は、ツリー持ってくるから」
「待ってるからね」
「おう」
三人で病室を出て、少し歩いてから。誰からともなく、顔を見合わせる。
「外で食べるだろ?」
最初に口を開いたのは忍だ。俊も、すぐに賛同する。病院内にもレストランはあるが、なんとなく気分の問題もあるし、長時間つぶすのには向いていない。
かといって、一度、家に戻る気にもなれない。
「ああ、どうせ、またバイクで来なきゃならねぇし、な」
亮はなにも言わないが、別に反対する理由もないかららしい。かといって、特別イヤそうな表情でもない。
「どこにする?」
「なんか、イイのあるか?」
国立病院周辺のことは、よくわからない。忍と俊は亮を見る。
「なにを、食べたいんですか?」
尋ねながら、亮はエレベーターのボタンを押す。ひとまず、一階に下りなくてはならない。
「そうだなぁ」
俊は、首を傾げる。
上がってきたエレベーターに乗って、扉を閉めようというときに、目前を昼食ワゴンを押した看護婦が通りすぎて行った。それを見た俊が思わず、驚いた声をあげる。
「うわ、あれスゴイなぁ」
別にメニューのことを言ったのではない。たしかに国立病院の食事は、味もメニューも工夫されてて好評だが、あっという間に通りすぎて行ったワゴンの上のメニューまではわからない。俊の驚いたのは、一番上に置かれていた食事が、えらく厳重に滅菌状態になっていたのを指しているのだ。
「雑菌一切を嫌う病気も、ありますから」
亮は、別に驚くべきことではなさそうな口調だ。
「でも、あれじゃ食事した気にならなそうだぜ」
「ま、それでも点滴とかで栄養とるより、ずっとイイんじゃなかな」
「そりゃ、そうか」
忍の台詞に納得する。
「それより、俺たちはなに食うかな……」
考えに没頭し始めた俊を、ちらと横目で見て、忍はなにかを尋ねる瞳で、亮を見る。
亮は答えは、どこか無表情な顔、だ。肯定というコト。
あの厳重な、食べた気のしなさそうな食事は、知沙友のモノ、だ。ヘタに雑菌を持ち込んで、病気の進行を早めてはいけないから。たしかに、もう発症し始めてて、そんな気遣いをしたところで、という状況とはいえ、病院側が諦めてる、という姿勢は示せない。
でも、あんな食事が持ち込まれたら、誰だってなんの病気か、と思うだろう。好奇の目で見る。知沙友がどこか固い口調になったのは、病人チックな看病をいやがったわけではなく、あの厳重な食事を、見られたくなかったから、だ。それほどの病気だと知られたら、こんなバカ騒ぎはしてもらえなくなってしまうかもしれない、と恐れたのだろう。
どんな思いで、あんな食事と向き合っているのだろう?
そんな物思いは、俊のお気楽な声に遮られる。
「なぁ、俺さ、お好み焼き食いたいんだけど」
「それなら、ちょうどイイところがありますよ」
思わず笑顔になりながら亮がすぐに、言う。
が、あまりにも亮にしては口元が緩んでいるので、俊は照れ笑いを浮かべた。
「こんな時期に、んなモノ食いたがるなってかんじか?」
「イヤ、そうじゃないけどさ、ラーメンもいいよな」
フォローしたかんじの忍も、なんか笑っている。
が、表情よりも、提案のほうが気になったようだ。
「お、確かにラーメンもいいな、迷うなぁ」
などと言っている間に、エレベーターは一階に着く。
「で、どちらがいいんですか?」
「ううううん……」
大真面目にうなって見せた俊は、忍のほうにこぶしを突き出した。
忍は心得てニヤリ、とする。
「困った時のジャンケン、だな?」
「そ、俺が勝ったらお好み焼き、おまえ勝ったらラーメンな」
で、忍が勝ったまではよかったが、こんどは「なにラーメンがいいんですか?」という亮の質問に、再度、俊は悩むことになる。
昼ご飯を食べ終わって、そろそろ病院につく、というころに、麗花から連絡が入る。
病院には着いたから、ツリーを運ぶのを手伝え、という。
と、いうわけで、まずは車庫のほうに行くコトになった。
行って見ると、確かに、ジョー一人の手には余る大きさだ。通常の通路を通って持っていくのは、あまりにも目立ち過ぎる、と亮がストップをかける。で、どこから運ぶかというと、VIPにあたるような人物が入院する時に使用する、特別通路。扉の暗証番号を知っているあたり、亮の育ちがうかがえるともいえるが。
持ち込まれたツリーは、なんと忍たちの背ほどもある。
おかげで、通常は片扉ですますところを、手術などのときにベッドごと移動するときにしか使わない両扉開きで室内に持ち込んだ。
どうやら、こちらは麗花の見立てらしい。カラフルで華やかな飾りたちが、一緒に持ってきた袋からあふれだす。
もちろん、これも知沙友に飾り付けをしてもらうのだ。
「ちゃんとねぇ、一番上につける星も、用意してあるんだよ!」
麗花は、にこにこと、ツリーの大きさに見合うだけの大きな星を取り出してみせる。
「って、ソレ、誰がつけるんだよ」
すかさず俊が突っ込む。忍たちの身長と変わらない高さのツリーは、それなりに幅もある。
一番背の高いジョーが、背伸びしてもてっぺんには届かない。
が、麗花はまったく、動じた様子もなく答える。
「知沙友ちゃんだよん」
知沙友は、不思議そうに麗花を見上げる。
麗花は知沙友にむかって、にこり、と笑いかけた。
「底上げすれば、届くからねん」
底上げ、と聞いて、周囲はピンときたようだ。いっせいに視線がジョーに集中する。
「………?」
が、当の本人は、怪訝そうに眉をよせたのみ、だ。
どうやら、麗花がなにを企んでるのか、まだわかっていないらしい。
俊にバイクで出かけさせたときと同じ笑みが、今度はジョーに向けられる。
「肩車、してあげてね」
「俺が、か?」
「いちばん、背が高いでしょ」
「……なるほど」
麗花にはむかったところでムダだ、とわかっているのか、口数を開くのが面倒なのかはわからないが、ジョーは、大人しくしゃがみこむ。
「いいの……?」
知沙友のは、恐る恐る尋ねる。
「もっと、にこやかにしなさいよね」
すかさず、麗花のツッコミが入る。手と口と、両方同時に。
ジョーが痛みに顔をしかめるが、そんなことはおかまいなし、だ。
「ジョーがヘンに笑ってても怖いだろ」
フォローにならない俊の台詞に、周りは大爆笑になってしまう。知沙友も、これには笑顔になった。
それから、そっとジョーに肩車してもらう。
「じゃ、立つぞ」
乗ったことを確かめてから、ゆっくりと立ちあがる。無愛想だが、そういうところは丁寧だ。
須于から、ツリーのてっぺんに飾る星を受けとって、そっと乗せる。
それだけで、常緑の木はいきなり、クリスマスの装いになる。
ジョーは、降ろしてやるためだろう、すこし足を折ろうとしたのだが。
それよりも早く、麗花が次の飾りを知沙友に手渡した。
「高いトコ、がんばってもらおう」
「それはいい考えね」
知沙友がひとつ飾り終わると、次は須于が他を手渡す。
これは、ツリーを飾りつけ終わるまで、降ろすことは出来なさそうだ。
少し苦笑したようだが、ジョーは諦めたのだろう、しっかりと乗せなおす。
袋の中からは、あとからあとから、いろんな飾りがでてくる。
すっかりにぎやかになった部屋に見劣りしない、華やかなツリーが出来あがりそうだ。
「次はなに飾る?」
「えっとねぇ、コレ」
最初は恐る恐るだった知沙友も、調子付いてきたようだ。ジョーの肩の上から、身を乗り出している。