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〜Thanks for 50000hits!〜 ■鏡の国の■
総司令官室に来たのが亮だとわかったとたんに、健太郎は椅子から腰を浮かせる。
手には通信機のマイクをとったまま、だ。 「では、後のことは担当とお願いします」 と相手方に言い置いて、自分の声が入らぬようにすばやくスイッチを切り替える。で、机を飛び越えてきたかと思うと、ぽん、とヒトツ、肩を叩く。 片手で拝んではいるが、 「じゃ、後頼むわ」 という単語は、仕事の押し付けに他ならない、と思うのは亮だけだろうか。 「どうしてもな、外せない約束があるもんだからさ、じゃあな」 言葉もそこそこに、走るように総司令官室を後にしてしまう。何か、口を挟む暇すらない。 亮は、ヒトツ、肩をすくめてから、総司令官用の椅子へと身を沈める。 自分相手では、アファルイオの担当者も可哀相な気もしつつ、スイッチを入れる。 「お待たせしました」 『……あら?』 アファルイオの担当者から返ってきたのは、少し驚いたらしい感嘆符だ。その声には、亮も聞き覚えがある。 「特殊部隊長殿ではないですか?」 くすり、という笑い声の後、返事が返る。 『そういう貴方は、『Labyrinth』軍師殿ね?お互い、厄介ごと処理係といったところかしら』 「そのようですね」 亮も苦笑を返す。 いま、処理しようとしているのは亡命希望の小型戦闘機、そしてその中にいるパイロット一名。 アファルイオ北方地域の先にある、少数民族国家に所属しているのだが、どうも殺人を犯しているらしい。ようは、このまま受け入れるのは問題ある人物、ということ。 最終的には政治的な処理が必要になるはずで、これを自国に持ち込まれるのは国家首脳部としては、避けたいわけだ。 で、アファルイオでの着陸を拒否されたので、リスティアに入ろうと試みているものの、それも現在は拒否中、という状態。 このまま飛ばしておけば、いつかは燃料切れでどこかには不時着することにはなるのだが、それが自国ではないようにしろ、というのが互いに下っている指令とみていいだろう。 もちろん、あからさまに相手国へ押し付けるわけにもいかないから、微妙なやりとりが必要になる。 だが、両国の首脳、ようはリスティアは総司令官である健太郎で、アファルイオは国王たる顕哉なのだが、相手を凌駕するだけの頭脳の持ち主ならば、そう労せずして押し付けることが出来るはず、と考えたらしい。 で、結果、出てきた牌は同等レベル、というわけだ。 なんとなく、おかしくなってきて、二人して笑ってしまう。 ひとしきり、笑った後。 「さて、どうしましょうか?」 『ご注文通りにするなら、貴方とどちらが巧みに誘導できるかを争うんでしょうね』 などと会話している間も、実は亡命機に対して、二人から微妙な位置への誘導信号が出続けているのだが。 アヤシイ殺人犯に、話し掛ける義理はないと思っているのは、どちらもらしい。 その様子は、互いにわかっている。 でもって、今現在、亡命機は見事にリスティアとアファルイオの国境線を辿りつづけている。 「真剣に勝負するのは、業腹ですね」 『その意見には賛成票を入れさせてもらうわ』 どちらが勝ったとしても、厄介ごとを押し付けた健太郎か顕哉の思惑通りなのだ。 二人とも、この状況をどうするか沈思し始めたので、しばし沈黙が落ちる。その間も、亡命機は国境線を心もとなそうに飛んでいる。 それを見ていた亮が、ふ、と口を開く。 「そういえば、チェスを……」 『麗花がしゃべったのね、そう、貴方とやったら面白そうだと思って』 他の人とでは、勝負にならないのだろう。チェスではないが、亮にも経験がある。 それを察しられたとわかったのだろう、雪華が、照れくさそうに言葉を重ねる。 『それはそうと、チェスと言って思い出すのは『鏡の国のアリス』ね』 「ルイス・キャロルですね」 『不思議の国のアリス』の続編で、鏡の向こうに迷い込んだアリスがチェスのポーンとしてゲームに参加しつつ、相変わらず不条理で不可思議な出来事の数々に出会うのだ。 『ええ、そう、私、好きなの』 「アリスが夢を見ていたのか、赤のキングが夢を見ていたのか?」 『それは、どちらも本当のこと』 「でも、それは、夢から覚めることが出来たから言えるのですよね?」 『そうね……あ、なるほど』 亮が含めた意味を、正確に悟ったらしい。笑みを含んだ声が、返ってくる。 『彼は、夢から覚めることが、出来ないかもね』 ようするに、国境線を鏡と見るわけだ。どちらが鏡の国で本当の国でもいい。 ど真ん中にいる限りは、彼はどちらにも行くことは出来ない。 「せっかくですから、ゲームでもしましょうか?」 『いいわね、出来るだけ派手な芸を見せてもらうっていうのはどう?国境線からどちらよりにはみ出させてもダメ』 「直線型の大技ですね?では、こういうのはいかがですか?」 そこそこの高度で飛行していた機体が、いきなり直滑降したかと思うと、地面スレスレで持ち直し低空飛行へと切り替わる。 『ステキ、いきなり大技ね!』 拍手も一緒に聞こえてくる。 『次は私の番ね』 低空飛行から、ほぼ直角に機体を持ち上げたかと思うと、次の瞬間にはくるり、と宙返りしてみせる。 「お見事です」 亮も拍手を返す。 が、亡命機のコックピットは大恐慌に陥ったらしい。自分で操縦しているはずの飛行機が、勝手に動かされているのだから、当然と言えば当然なのだが。 この世のモノとは思えぬような悲鳴が響き渡る。 瞬間的に、二人とも無言になる。 が、次の瞬間。 氷の如くに冷たい声が、亡命機へと入る。 『仮にも、空軍軍人なのでしょう?』 『他人に、無駄な時間を過ごさせてるという自覚を持って欲しいものね』 声が、揃う。 『『この程度で、パニくってんじゃないよ』』 だが、混乱が収まる様子はない。 完全にコントロールが失われているというのに、はちゃめちゃに操縦桿を振り回している。 『ここでコントロールを戻して差し上げたら、間違いなく墜落ですね』 『悪くないわね、事故ってくれれば手間が省けるわ』 「や、やめてくれ!く、国へ帰るから!!」 絶叫のような悲鳴が、双方へと響き渡る。 『『最初から、来なきゃいいんだよ』』 捨て台詞が、またもや揃い、そして、亡命機はコントロールを奪われたまま、亡命者の故郷へと最高速で向かい始める。 亡命機への通信を切った亮が、話しかける。 「この速度でも、三時間はかかりますね?」 『残念ながら』 「チェスの逆解析は、ご存知ですか?」 チェスの逆解析、というのは途中まで、もしくは差し終えた棋譜を見て、その前の手を当てたりするゲームだ。 もちろん、チェスを知っていなければ出来ないし、解析能力もそれなりに必要になる。 雪華から、嬉しそうな声が返る。 『もちろん知っているわ、ちょうどいい時間つぶしになりそうね?』 「では、先ずは簡単なモノから……白のピジョップe8、白のポーンg6……」 亮は、口で棋譜を伝え始める。 「……で、最後の四手は、どの駒も取られていません、最後の一手は?」 沈黙の後。 『黒のクイーンがe4からg4に』 「当たりです」 『じゃ、次は私からね……黒のキングh8、白のキングg6……』 雪華も、棋譜を口だけで伝え始める。 『最後の九手の間、白のキングとクイーンは動いてないし、取られた駒も無いわ、最後の手は?』 しばし沈思してから、亮は、にこり、と微笑む。 「白のビショップが、g5からh6、ですね」 『当たり』 だんだんと問題のレベルが上がってくので、考える時間もさすがに増えてはいくものの、どちらも降参することなく、時間は過ぎていく。 次の問題はどうしようか、と思いつつ、モニターに視線をやった亮が言う。 「そろそろ到着のようですね」 『残念』 二人の指先は、コトに当たり始めてからイチバンよく動いているはずだ。 『着陸成功、あとは勝手になさい、というところね』 「そうですね、想像に難くはないですが」 理由は知らないが、殺人を犯していることだけは確かなのだから。 苦笑らしき笑い声が、互いの口から漏れる。 「では、今日のところはこのへんで」 『おかげさまで、飽きなかった』 「こちらこそ」 『じゃあ、またの機会に』 通信を切り、にこり、と微笑む。 もちろん、国元へと帰っていった亡命機には亮たちの声も残っていなければ、操縦を乗っ取った形跡すらない。 ただ、亡命しようとした当人が、すちゃらかな操縦をした挙句、自国へと戻ったとした記録に残らない。 だからこそ、あんな真似が出来るわけだが。 総司令官の手元にも、通信内容は残ってはいない。それは、雪華の方もだろう。 亡命機をサカナに遊べるだけ遊んだコトは、リスティアとアファルイオのどこの記録にも残らない。 そう思うと、なんとなくおかしい。 こういう厄介ゴトならば、たまには悪くない。 そんなことを思いながら、亮は総司令官室を後にした。 〜fin. 2002.08.26 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Looking glass〜
■ postscript
五迷投結小説ラスト、対決部門一位の亮対雪華、チェス対決のはずだったのですが、己がチェスをしないのに、迫真のチェスシーンを書けるわけが無かったという反省の一品。 チェスから連想するもので『鏡の国のアリス』、チェス絡みのゲームということで、チェスの逆解析(本文中での説明どおり)です。 □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |