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■■■首都の危機を救えと言ったなら?■■■
元々、そう会話が多い方では無いが、今日の俊はやけに黙りこんでいる。
こういう時に気遣っても、余計に頑なになるのはわかりきっているので、隣を歩く忍も無言のままだ。 そのままで、あと少しで分かれるところまで来たところで、やっと俊が視線を上げる。 「毎日、ドラマのチェックしてるわけ?」 「は?」 我知らず、いくらか声が大きくなったのは、そんなことかよ、と思ったせいだ。 ついでに、表情も怪訝そのものになったらしく、俊は気圧された顔つきになる。 「や、だってさ、えらく詳しいじゃねぇか」 珍しく昼休みに教室にいた俊は、クラスの皆と忍が昨日のドラマの話で盛り上がってるのに驚いたらしい。更に、話題が今クールのドラマ評になったあたりでは呆然としていたようだ。 もちろん、俊は全くついてけない。 普段の状況からして仕方ないとはいえ、なんとなく寂しかったのかとは思っていたが、どちらかというと忍が苦も無くついて行けていたことの方がショックだった模様だ。 なんだかなぁ、と思うが口にはしない。どうも最近、なにかというと忍と比べては卑屈になっているらしいのはわかっている。 こういう時は、何を言ってもダメなのだということもわかってる。 だから、肩をすくめてあっさりと返す。 「姉貴だよ。ドラマ好きなの、知らなかったっけ?」 この点、事実を述べるだけでいいから楽だ。 「一人じゃつまんないとか言ってさ、わざわざ録画までしとくんだから、逃げよう無いって」 「はー、小夜子さんがねぇ」 なにやら、ほっとしたような感心したような顔つきだ。 「んじゃさ、なんかオススメとかこう、ねーの?お前が見ても面白いとかさ」 ひとまず、忍が主体的に見て無いとわかって、素直に問いが出てきたらしい。 「ああ?正直言っちゃうと、今クールはイマイチだったんだよな。唯一は『八丁堀捕り物帳』」 「おいそれ、時代劇」 すぐにツッコミが返ってきたということは、もう余計なことは考えてないということだ。 に、と忍は笑みを浮かべる。 「時代劇好きなんだよ、中でも八丁堀はいいよ」 「うん、それは知ってるけど、でもそうじゃなくてさー」 がりがりと髪の毛をひっかきまわしてから、俊は首を傾げる。 「じゃ、次ので面白そうなのは?」 ちょうどドラマは切り替わり時期で、番宣も賑やかだし雑誌でも特集など組まれている。話題合わせにしろ、何か見始めるにはちょうどいいかもしれない。 「ああ、それなら『硝子の小鳥』」 「なんじゃそら」 思わず、速攻で返してしまう。いかにも恋愛モノっぽい、なんだか背中がかゆくなりそうなタイトルだ。 「川辺篤也と島内由佳子がメインなんだよ」 「ははぁ」 俊でもすぐにわかるくらいの超人気俳優と女優の共演ということなら、確かに前評判としては高そうだ。が、それと面白いのとは同義では無い。 「それって、恋愛モノだろ?」 鼻白んだような顔つきの俊に、忍はあっさりと頷く。 「まぁな、でも評判になってる理由はそれだけじゃないよ。舞台が総司令部ビルで、川辺篤也の役は参謀部のエリートで、総司令部の全面的な協力もあるんだってさ」 「総司令部が協力?」 アクションモノとかで軍用機等が出たりはあるが、こういった普通のドラマで協力というのは確かに珍しい。 「うん、しかも参謀部ってちょっとこう、中身どんなだかって感じだろ?島内由佳子のやるヒロインの勤め先も総司令部ビルのレストランらしいしさ」 「へーえ」 素直に興味が出てきたらしく、俊は大きく頷く。 「うん、じゃ、それ見てみる」 なにやら張り切ってる様子に、忍は喉元までこみあげてしまった笑いを飲み込む。 そんなこんなで迎えた、俊のドラマデビュー翌日。 昼休みはいつも通りに誰やらに呼び出されて俊はいなかったのだが。 帰り道、歩き出したなり、俊は口を開く。 「見た」 「ん?ああ、『硝子の小鳥』?」 こくり、と頷くのを見て、忍は軽く尋ねる。 「で?どうだった?」 「面白かった」 実に素直な感想だ。 「そりゃ良かった。つまらなかったら悪いなぁとは思ってたんだ」 「忍は、面白くなかったのか?」 なにやら自信が無さそうな問いに、笑いそうになったのを忍は堪える。別に忍の意見に合わせる必要は無いのだが、まともに見る初めてのドラマなので、なんとなく手探りなのだろう。 「いや、面白かったよ。けっこう期待出来そうだなって思った」 「そっか」 明らかにほっとした顔つきだ。 「あの島内由佳子が演ってた、雫、えーと葛葉雫の勤めてるレストランにいたのが悪者なんだよな?」 「の中の誰かがってとこだな、今のとこ。役者的には」 言いかかったところで目前にものすごい勢いで手の平が出てきて、忍はいくらか目を見開く。 「や、ストップ!せっかくだから、それは楽しみにとっとく」 ドラマも見慣れてくると、この役者はこういう手の役が多いなんていうのもわかってくる。が、それを知らないというのは最初だけの楽しみだ。 「了解、その手のバレは無しにしとくよ」 「うん、にしてもすげーよなぁ、総司令部ビルにあんな本格的なレストランがあるんだな」 そちらの方面の感想が出てくるとは思わなかったので、忍は一瞬の間の後で頷く。 「だな、社員食堂みたいなのかと思ってた。そんなのも、あるんだろうけど」 「ああいうとこで外交交渉なんてのもやってんのかもなー」 自分たちの世界に浸っている恋人たちの隣で、明日の『Aqua』を左右するような交渉を総司令官がしていたりするかもしれない、なんて想像が忍の頭をよぎったが、口にはしない。 「かもな」 笑顔で、返す。 それから、ほぼ三ヶ月が経つ。 『硝子の小鳥』は化け物のような視聴率をとり、リスティアのみならず『Aqua』各国でも放送が始まり、ヒロインの雫が勤務している設定のレストランは半年先の予約まで満杯状態が続いているという大規模なブームを巻き起こしたまま、最終回を迎えようとしている。 本日の昼休みの話題は、今日の夜放送される最終回スペシャルで持ちきりだった。 帰り道、二人で歩きながら、俊がいくらか恥ずかしそうに口を開く。 「や、実はさ、俺、全部見てたのに、こないだのまとめダイジェストも見ちゃったんだよな」 「けっこうハマってるな」 忍が笑うと、俊は軽く口を尖らせる。 「悪かったな」 「悪くないって、そこまでハマってくれりゃ、こっちは勧めたかいがあったってね」 いくらか疑わしげに目を細めつつも、いちおうは頷く。 「で、忍はどうなんだよ?」 「うん、面白いよ。最終回はリアルタイムで見ようと思ってるし」 さらりと言った忍の顔を、俊はじっと見つめる。 「なに?」 「いや、なんかこう、一線引いてるっていうか」 くすり、と忍は笑う。 「そうかな、コレでもけっこうハマってる方だけど。じゃなきゃ、こぼれ話っぽい特集なんて見ないよ」 「あー、アレなぁ」 総司令部の広報が、「ドラマのままのセキュリティと信じて参謀部に侵入しようとしたのがいましたよ」と笑っていたのが印象的だった。 ちなみに、引き出すことが出来たのは他ならぬ『硝子の小鳥』のプロモだったそうだ。 そんなセキュリティをひいてしまう総司令部は、一気に身近なモノへと変わったようだ。 「確かに、ハマらなきゃ見ないよな。って俺も見たけど」 照れくさそうに、俊は笑う。 忍も笑い返してから、はた、とした顔つきになる。 「いっけね、ディスク買うの忘れてら」 「え?ディスク?もしかして、『硝子の小鳥』、保存版にしてる?」 ただ見たいだけなら、ハードに落としとけばいい。なのに、わざわざディスク購入ということは、保存版にしたいということになる。 「そっちは姉貴がしてるよ。見たけりゃ言えば貸してくれると思うけど」 言って、方向転換する。 「じゃ、俺、電気屋寄って帰るから」 「あ、おい、じゃ、何撮るんだよ!」 ドラマがこんなに面白いとは思わなかった。他に保存版にするほど面白いのがあったなら、やはり見てみたいと思ったのだ。 振り返った忍は、にやり、と笑う。 「『八丁堀捕り物帳』、佳境なんだよ!じゃな」 手を振って走り去るのを、俊は呆然と見送る。 そういえば、時代劇は一年クールだと聞いたことがあるような、などととぼけたことを考えてから、ぶ、と吹き出す。 皆が綾介と雫の恋の行方と総司令部を襲う危機をどう回避するのかに心奪われて夢中になってる話を聞きながら、忍一人、はるか昔の江戸という街の治安の方が気になっていたのに違いない。 次は、何か時代劇を見るのもいいかもしれないな、なんて考えながら、俊は家に向かって歩き出す。 〜fin. 2006.05.21 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Capital crisis?〜
■ postscript
拾五万打阿弥陀企画で、忍&俊で「とあるドラマについて、語ってみよう」。 忍と俊なら、学生の頃だろということで、俊ドラマにハマるの巻。 『硝子の小鳥』の影響はなんかすごそうなので、雫が手にしたとか綾介が飲んだとかのワインも馬鹿売れしたんだろうなぁと想像しております。 総司令部に仕掛けられた罠は、当然、裏で協力してた某の仕業と思われます。中身考案はこれまた某悪戯スキー。 □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |