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■■■一番欲しいモノ■■■
「バカもたいがいにして欲しいな」
投げやりな健太郎の口調に、梶原は微苦笑を浮かべる。 「お察しします」 リスティアロイヤルホテルオーナー、小野寺秦生が亡くなったのはほんの一ヶ月前のことだが、その後の動きが実にすさまじい。 四十九日なぞ、どこぞへ吹っ飛ばされてしまうんではないかという勢いだ。 そもそもの問題は、故オーナーと親子以上に年の離れた妻との間に、跡継ぎが生まれなかったことだ。それならそうで、今まで片腕として経営を任されていた者たちの中から指名すればいいものを、秦生はそうしなかった。 経営には全く携わったことの無い妻へと全て残した上、なんと後継者に健太郎を指名してきたのだ。 曰く、最高の経営者に任せたいと。 知る限り、良く出来た経営者だと思っていたが、どうも死に際でモウロクしたとしか思えない。 だいたい、その件は前に持ちかけられた時に、きっぱりと断ったのだ。天宮コンツェルンにホテル経営を加える気は無いと言い切った。 だというのに、遺書を紐解いてみたら、しっかりと記載されていた。ご丁寧に、オーナーが手にする株券の譲渡書まで用意されていた。 おかげで、リスティアロイヤルホテルの経営陣はてんやわんやだ。あまりに予想外だったのか、完全に冷静さを失っている。 というよりも、梶原が見るところ、実によく故オーナーの今際の心持を理解しているといった方が正しい。 残された妻は、まだ年若い。この先、再婚する確率はかなり高いと思ったのだろう。それ自体を止める術は、秦生には無い。 だが、奪っていく相手が社内の人間というのには、想像上でさえ耐えられなかったのだ。 考えを巡らせた結果、己の知る範囲で唯一、許せると思ったのが健太郎だったようだ。現在は一人身だし、子供も良く出来ている、と判断したのだろう。 だからといって、コレは無いと思うが。 思い切り背もたれに体重を預けた健太郎は、もう一度投げやりに口を開く。 「で?なんだって?」 「はい、透子さんの誕生パーティーを開くので、ぜひお越し下さい、と」 みるみる眉根が寄っていく表情だけで、言いたいことは理解出来るので、更に付け加える。 「秦生氏がお亡くなりになる前から準備していたもので、たいそう楽しみにしていらっしゃったとか。故人の意思を汲んで、ということだそうです」 「透子さんってのが名前か?彼女の誕生日だってこと?」 「そうです」 梶原が肯定すると、健太郎は不機嫌そうな表情のまま、首を傾げる。 「その名前はどっかで聞いたことあるな。もしかして、顔見たことあったか」 これで当人を目の前にすると、さらさらと名前やら前回の記憶やらを呼び出してくるのだから侮れない。梶原は、笑いを堪えながら頷く。 「はい、秦生氏に伴われて、幾度もパーティーに顔を出されています」 健太郎は、はあ、だか、ああ、だか気の無い返事をして黙り込む。多分、その会ったはずの記憶を遡っているのだろう。とは言うものの、独り言のように呟いたのは、すぐのことだ。 「ああ、アレか」 どうやら、小野寺透子の姿を思い出したらしい。しかも、不快そうに寄っていた眉が開いている。 「ああ、わかった。了解の返事を出してくれ」 「わかりました」 この手の個人的な催しには、よほどのことが無ければ参加しない。よって、健太郎は何を企んでいるわけだが、梶原には関係無いことだ。あっさりと頷く。 パーティーも終盤になって、やっと姿を現した健太郎に、リスティアロイヤルホテル経営陣の面々は心底ほっとした顔つきになる。本来の目的は透子と健太郎の顔合わせなのだから、当然と言ってしまえばそれまでだが。 一緒について来い、と言われてイレギュラーながら会場に足を踏み入れた梶原は、なるほど、秦生が生前楽しみにしていたという言葉には嘘は無かったのだな、と考える。全体的な雰囲気が、間違いよう無く秦生の趣味だ。 そうでなければ、透子も四十九日が過ぎるか過ぎないかの時点で、こんな催しをしたりはしまい。 そこらをわかっているのかいないのか、健太郎はマイペースに、今日の主役に歩み寄る。 「お誕生日おめでとうございます。お招きに預かりながら、大変遅くなり申し訳ありません」 「来てくださってありがとうございます」 透子もホステスに相応しい笑みで返すが、記憶よりは痩せているようだ。 「センスがある方ではありませんので、お気に召すかはわかりませんが」 健太郎の言葉に、梶原は軽く目を見開く。その手のモノは、何も用意していなかったように見えたのだが。 胸ポケットから無機質な封筒を取り出したのを見て、合点する。 軽く首を傾げながら受け取った透子は、封をされて無いそれの蓋を開いて、ゆっくりと取り出す。 「あら」 小さくもれた声は、作られたものでは無い。 視線を上げ、健太郎を見つめる。 「私、相応のモノを用意させていただく準備をしていたんです」 「残念ながら、そんな安上がりには出来ませんね」 健太郎の返しに、くすり、と透子は笑う。 「全く、どうしちゃったのかしらね。最もカリを作ってはならない人に、カリを作るような真似をして」 「さて、その点については、私も伺いたいところです」 軽く肩をすくめてみせている。多分、秦生が何を考えていたのか、二人共知っている。 でも、二人共、この人と決めた人以外と生涯を共にするなど、欠片でさえ思わない。 くすり、ともう一度笑いを漏らしてから、小野寺透子は誰にも見える角度にまで顔を挙げ、鮮やかに微笑む。 「わかりました。夫の作ったカリですもの、私が責任をもって必ず返します」 話が見えず、会場に集まった誰もが、何事かと透子を見やる。 「リスティアロイヤルホテルは、正式に私が引き継ぎました」 衆目が集まるのを待って、透子ははっきりと宣言する。 一瞬の間の後、まるで何かが弾けるように騒ぎになるフロアの中で、面白いくらいに健太郎の声が通る。 「お手並み、拝見しております」 そして、用事は済んだとばかりに背を向ける。 小さく、透子の声が届く。 「ありがとう」 会場を後にしてから、梶原が問いかける。 「少々、お行儀が悪くはありませんか?」 健太郎のせいで、パーティーは大騒ぎのまま収集がつかないに違いない。 「一応、趣旨に沿ったつもりだったのだけどね」 全く反省の無い口調で、健太郎は招待状を振ってみせる。 「僭越なお願いではありますが、主賓へのプレゼントをご用意下さい。ささやかながら、お返しもご用意しております」 その文面を書いた人間は、まさかこんなプレゼント交換になるとは思いも寄らなかったに違いない。 梶原は、苦笑を浮かべる。 「確かに、このまま順調にいけば、ロイヤルホテルへの影響力を保てて、何かと便利にはなりそうですが」 「なりそう、ではなくて、なるんだ」 少しだけ振り返った顔には、笑みが浮かんでいる。 「旦那より、ずっとセンスがある」 「なるほど、それは楽しみですね」 数回会った時に、どのような会話を交わしたのか。きっと秦生すら気付かない、なにかを見たのだろう。 ホテルの経営権と、カリという形での奪還への感謝と。 健太郎と透子という組み合わせにおいて、これ以上なくらしいやり取りであったと梶原が確信するのは、もう少し先のことだ。 〜fin. 2006.07.25 A Midsummer Night's Labyrinth 〜I wish the most...〜
■ postscript
拾五万打記念阿弥陀企画より、健太郎&透子で「お互いにプレゼントを選んで贈る」。 プレゼント交換なんて、いつするんだろうと考えていったところ、これならアリか、と。 □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |