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■■■例えばのいつか■■■
亮の几帳面な文字が並んだ買い物リストを片手に、忍が買い物カゴを覗き込む。
「大丈夫そう?」 須于が、首を傾げる。 今日の買い物は、なかなかに膨大だ。うっかりぼんやりに縁遠い二人だけれど、やはり確認はしたくなる。 「ええと、うん、リストにあるのは、コレで全部だな」 「じゃ、お会計ね」 カートを押そうと須于がしたのを、苦笑気味に忍が止める。 「俺がやるよ、かなり重いから」 「ありがと」 そういうことに、押す前に気付いてくれるのは、亮と忍くらいだろう。ジョーなら、重そうに押し出すのを見て変わってくれるのだろうが、俊なら、かなり足が遅れる、とかして初めて気付くタイプだ。 それはそれで、気付いた後の慌てようが面白かったりもするのだが。 忍は、かなり重そうなそれを、軽々と押してしまう。 「忍って、案外力あるわよね」 「そう?」 須于は、にこり、と笑う。 「見た目では、そんなに筋肉付いてますって感じじゃないじゃない」 「ああ、服着るとそうかもな」 どうやら、案外着やせのタイプらしい。 「でも、俊もジョーも似たようなモノだろ?」 「あの二人って、けっこう第二ボタンまで開けてたりするから、ねぇ」 嫌でも、胸筋がいくらか見えているということらしい。 忍が苦笑する。 「なるほどなぁ、気になる、ということは、ちょっと暑苦しいってとこ?」 「御名答、夏場は特にね、御本人様は涼しいんでしょうけど」 須于に言われて、忍はわざとらしく震え上がる。 「怖い怖い、見てないようで見られてるからなぁ」 「あら、御互い様じゃないかしら?」 にっこり、と須于は微笑む。 「はは、男の場合は、逆だろうけどな」 露出が多い方が、嬉しかったりするモノだ。本能なので仕方ない。 それはそうとして。 会計を済ませて、山盛りになった袋のほとんどを、忍が運んでくれる。毎度のことながら、本当に一緒に行く方は楽だ。 「なんか、忍一人にやらせてる感じね」 カタチばかりの小さな買い物袋を下げた須于は、少々済まなさそうな顔つきだ。 「このくらいどうってことないって、いつも須于には世話になってるんだし」 「え?」 家事なら分担だ。料理は亮だし、洗濯は須于、ジョーと忍は家のほとんどを掃除している。家事に疎い麗花と俊は風呂とトイレ掃除の修行中の身の上だが。 不思議そうに首を傾げる須于に、忍は笑みを向ける。 「エンジンの整備、全部見てくれてるだろ」 「あ、それのことね」 照れ臭そうな顔つきになる。 「おかげさまで、すごく調子いいよ」 「そう言ってもらえると嬉しいわ」 なにやら、表情の方は恥ずかしそうになっている。 「『第3遊撃隊』は須于でもってるって言っても過言じゃないかもな」 「また、麗花みたいなこと言わないで」 ますます恥ずかしそうになってきたところで、車に辿りつく。トランクを開けて、荷物を積み込みながら、忍はうそぶく。 「亮も言うと思うけどなぁ」 須于が妙に恥ずかしがるので、ちょっとからかったわけだが。 「ホント、趣味でやってるだけだから」 なにやら、消え入りたそうな風情だ。 忍は、真面目な顔つきになる。 「俊も言ってたよ、腕はプロ級、センスは天才的だって」 バイクが好きでたまらず、カスタマイズも整備も自分でやってのける俊が、唯一、触ってもいいと言ったのだから、かなり認められているということだ。 「それは、すごく嬉しいんだけどね」 助手席に収まった須于の顔つきを見て、忍はエンジンをかけながら、軽く首を傾げる。 「あんまり、嬉しくない?」 「ううん、そうじゃないの。すごく好きだし、向いてるのもわかってるし」 少し、ためらってから、須于は思い切ったように言う。 「車やバイクだって持ち主がいて、こうして喜んでくれるっていうのは、すごくわかるの。でも、私、仕事をするなら、人の笑顔がいっぱいになるようなのがいいなって思ってて……メカの整備だと、やっぱりメインはモノでしょう?」 「なるほどな」 やりたいことと適性があっているとは限らない。須于の場合、モノを触るのが好きなだけに、余計にジレンマなのだろう。 「技術供与みたいなのじゃ、ボランティアにはなっても飯の種にはならんしな」 「そうね、それに、そういうふうに私のスキルを生かすなら海外になるのよね。将来はリスティアで生活したいなって思うし」 忍は、にこり、と笑う。 「両親の墓見られるのは須于だけだからな」 ほんのりと須于の頬が染まる。図星らしい。 駆け落ちで結ばれた須于の両親には、他にそういう面倒を見る親族がいない。 「そうだなぁ、リスティアで須于の特技が生かせて、人が笑顔になるようなことか」 「その通りなんだけど、並べてみるとゼイタクね」 苦笑気味に須于が笑う。 忍は、笑みを大きくする。 「そんなこともないと思うけどな。カフェとかやるのは?」 「カフェ?」 考えたこともなかったらしく、須于は眼を見開いている。スムーズにカーブをきりながら、忍は続ける。 「ちょっと変わったサラダとか、そういうの得意だろ?ワンプレートメニューとかさ」 「あれは、行ってみたカフェのメニューみて、私ならこうがいいな、というか」 「俺はあのセンスは好きだな、女の子向け過ぎないし」 嬉しそうに、須于は微笑む。 「ありがと」 「お茶いれるのも、すごく上手くなったし」 「それは、亮のおかげね」 忍は、軽く首を傾げる。 「それに、ジョーのコーヒーがあれば完璧」 須于は、先ほどとは比べモノになら無いほど、大きく眼を見開く。 忍は、にやり、と笑う。 「ほら、人生設計まで完璧だろ?」 「忍!」 真っ赤になりつつ手を振り上げる須于を、器用に避けながら忍は声をたてて笑う。 「悪くないだろ」 「カフェっていう発想はね」 まだ、いくらか頬が染まっている自覚があるらしく、須于は窓の外へと顔を向ける。 ちょうど、日差しをいっぱいに受けているガラス張りのカフェが見える。 「そうね、日常の笑顔が作り出せたら、イチバンいいかも」 半ば独り言のように呟く。 忍も、微かに笑みを大きくする。 〜fin. 2003.10.04 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Cafe de Jaune〜 [ Index ] □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |