■■■Wedding NG XX■■■
総司令官であり、天宮財閥の総帥である天宮健太郎からの連絡があったのは、いよいよ真夏になろうという頃だった。
用件は、『リスティアロイヤルホテルのオーナー、小野寺透子からの呼び出し』。 しかも、忍と亮、ご指名だ。 六月の件で、と言われてしまうと、おとなしく行くしかない。 そんなわけで、二人はリスティアロイヤルホテルの、エレベーターの中だ。 「呼び出しなんて、学生以来だよなぁ」 参ったな、と言いながら忍が肩をすくめると、亮は首を傾げる。 「学生って、呼び出されるんですか?」 そういえば、学力が抜きいんでていると判断されれば、学校に通わなくてもいいという話は聞いたことがあるが。 「もしかして?」 「学校は行ったこと無いです」 学力が足りているという他にも、事情はあったろうが。 「ふうん、その間にイロイロ詳しくなってたわけか……料理とか」 と、ニヤリとする。亮も、笑顔になる。 「そうですね」 頷いてから、真顔に戻る。 「でも、『呼び出し』って単語に、いい響きはないですよね」 「まぁな、学校でもロクなことないよ」 どちらからともなく、階数表示を見上げる。 六十七階、ウェディングセンターに到着だ。 扉が開いたなり、透子がどん、と待ち構えていた。 偶然通りかかった、という風情ではない。 腕組みして、こちらを睥睨しているのだから。なにが始まるのか、ちょっと怖くなるくらいの視線だ。 「こんにちは……?」 なにも言わずにこちらを見ている透子に、忍が恐る恐る挨拶する。 「こんにちは」 透子は、姿勢も視線も崩さずに返事を返した。 「えっと、今日は?」 「責任を、取ってもらうわよ」 きっぱりはっきりと、透子は言い切る。 「責任……って言うとやっぱり、こないだの件ですか?」 「もちろん、そうよ」 言ってから、透子はそのキレイな眉を少し寄せる。 「どこから漏れるのか知らないけど、ウチの式場で結婚式が壊れたってウワサがたっちゃってね、おかげで商売上がったりってワケ」 その可能性は、あるとは思っていた。 結婚式は一生の内でも、重要なイベントだ。人間、案外そういうことにはゲンを担ぎたがる生物で。 ケチがつきそう、となったら、敬遠されることは充分にありえる。 「すみません」 素直に、二人して頭を下げる。身内だった忍は、特に深々と。 「謝ってもらっても、しょうがないのよね、売上げが元に戻らないと」 相変わらず仁王立ちのまま、透子はきっぱりと言う。容赦ない物言いだが、まったくもってその通りだ。 「野島の方からは、売上減少分を穴埋めするって言われたけど、そんなじゃ仕方ないのよ、ウチで結婚式挙げたいって思ってもらわないと」 「イメージの方は、どうにかなるでしょう?」 亮の台詞に、透子は頷く。 先月、結婚式が破綻した当事者たちである、野島製紙社長の野島正和と忍の姉、小夜子は来年、ココで結婚式を挙げるコトにしている。 二人が上手くいってしまえば、結婚式が破綻するというイメージはすぐに払拭されるだろう。 「でも、一年ブランクがあるのよ、それまでには」 「俺たちに、なにか出来ることでも……?」 忍が、首を傾げる。 透子の話はわかる。だが、自分たちができることは、なさそうに思えたからだ。 尋ねられた透子は、はじめて、にーっこりと笑った。 「あるから、呼んだのよ」 そして、くるり、と背を向ける。 「さ、ついてらっしゃい」 忍と亮は、顔を見合わせる。が、ともかくついて行くしかないらしい。 ウェディングセンターの前を過ぎ、透子はずんずんと歩いていく。 『関係者以外立ち入り禁止』とかいう表示がでるが、そこも過ぎてさらに歩く。 少し、薄暗い場所を抜け、なにやら雑雑とした所に出て、そしていくつか扉のある場所へとたどり着く。 「忍くんはこっち、天宮のトコのは、こっち」 ちゃきちゃきと言いながら、二つの扉を指し示す。 なにやら反論できない雰囲気に、二人はもう一度顔を見合わせてから、指示された扉へと向かう。 息をひとつしてから、忍は扉を開ける。 「あ、来た来た」 迎えたのは、楽しそうな声だ。 活動しやすそうな格好をした数人の男女が、笑顔で迎えてくれる。 「透子さんの言うとおりだねー、イイ男」 忍の顔をまじまじと見つめた中の一人が、満足そうに頷く。 「アンタの出番は、ちょっと後だよ」 言いながら、別のが近づいてきて、さっと忍のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。 「ふん、けっこうタッパあるね」 「はぁ……?」 なにがなんだかよくわからないまま、部屋にさっと視線を走らせる。 部屋の中には大きな鏡があり、その前にはイス。そして、棚の上には所狭しと化粧品らしきモノが並んでいる。 それから、奥にはかなりの数の衣装が掛かっている。 「……仮装大会でも、やるんですか?」 ともかく、なにが起ころうとしているのか把握しようと尋ねる。 顔を眺め回してたほうが、ニヤリ、とする。 「近いね」 タッパがある、と言った方が、忍の手に衣装を押し付けた。 「ほら、そこで着替えといで」 渡された衣装に、忍は視線を落とす。 「タキシード……」 思わず呟く。 結婚式場の売上げが落ちてて、自分に渡されたのがタキシードとくれば。 後の予想は、なんとなく、つく。 あの時、ウェディングドレスを着たままの亮が透子に見つかったのは、致命的だったかもしれない。 「…………」 思わず立ち尽くしてしまった忍の背が、思いっきり叩かれる。 「はい、ぼさっとしない!」 どうやら、本気で諦めるしかなさそうだ。 「いや……俺はいいんだけど」 小さく、呟く。 身支度を整えて、撮影所に忍が入っていくと。 向こうから、ふわ、と姿を現した人がいる。 赤のチャイナドレスを纏い、髪を高く上げ、淡く化粧をしたかなりの美人。 が、その正体が、忍はすぐにわかる。 「亮……」 透子が、嬉しそうな声を上げる。 「やっぱりねー、あの時から、コレ似合うって思ってたのよ」 「ですね、コレで秋冬のプランは安泰ですよー」 スタッフ一同、機嫌がよさそうだ。 たしかに、線が細い亮は中性的な色気を漂わせている。 濃すぎない化粧が、返って整った顔つきを際立たせている。 が、その顔には、すでに疲労が見えている。 さんざ、オモチャにされたに違いない。 「じゃ、そこに立ってー」 カメラマンに指示されるままに、立った忍は、亮に囁きかける。 「悪い……」 「いえ、忍が悪いわけじゃないんですが……」 「……あいつらには、言わないでおこうな」 「ポスターが、見つからないといいんですけどね……」 そう、これで結婚式をぶち壊しにして、大暴れした責任がチャラになるなら、安いものだ。 だが、しかし…… 間違いなく、見つかったらさらにオモチャにされるのが、確実だ。 「はい、口元笑ってー!」 言われるがままに二人とも笑みを浮かべる。 「いいねー、もう一枚いくよ!」 シャッターが降りる合間をぬって、忍は呟く。 「罰ゲームだな、こりゃ……」 そろそろ九月になろうか、という頃。 麗花が、大興奮状態で玄関から駆け込んでくる音に、二人のほのかな希望は打ち砕かれたのであった。 ~fin~ 2001.01.09 A Midsummer Night's Labyrinth ~Wedding NG XX~
■ postscript ■
第7話後始末編。 ポスターは永久保存される運命と予測されます。 というわけで(?)、30000打、本当にありがとうございます! □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |