■■■お兄さんと一緒・2■■■
通信を切って、雪華はヒトツ、ため息をつく。
光樹の口にした『手のかかる方だ』という単語は、聞き慣れた部類になる単語だ。 口にしていたのは、いままさに言われてしまった当人である顕哉。そして、言われていたのは。 かつて、この紫鳳城の主であった男。 先王が急逝した為に不穏な状態になった北方平定に力を注ぎ、その颯爽とした姿から風騎将軍とあだ名された。 公の場でしか、雪華はその名を口にしたことは無い。 当人が、それを望まなかったから。 そして、彼は、彼女をこう呼んだ。 「雪!」 向かっていた端末から顔を上げると、朔哉の笑顔がある。 目が合うと、その笑みが大きくなる。 「雪、出かけるぞ、いつもの場所に来いよ」 それだけ言うと、背を向けてしまう。いつも突然で、反論のスキもない。 王太子であった頃から、その剣技を認められて戦場に出ることが多かったために忙しい人間だったが、王となった今では、忙殺されているという表現がぴったりだ。 なのに、なにをどうやりくりするのか、こうしてヒマをみつけてくるのだ。 雪華は軽く肩をすくめると、端末を休止させて立ち上がる。 どうやりくりするのか、は自分も一緒だ。朔哉に言われるがままに付き合っても、案外仕事は充分こなせる。 それに、だ。 多分、二人ともきっと。 この為になら、どうにでもやりくりしてみせるのだろう。 自分がそうであるように、朔哉も。 そこまで考えて、雪華は照れたように頬をかく。あまり、のんびりしている時間はない。 す、と部屋を後にする。 服をそんなに目立たなさそうなモノに着替えてから、廊下を急いでいると、悲鳴のような声を偶然耳にする。 「兄上、どこ行く気だよ?!」 どうやら、抜け出そうとした朔哉が、顕哉に見つかったらしい。 「あ、行ってくるわ」 にやりと笑うと、朔哉がひらりと窓から身を躍らせてしまったのが、扉の隙間から見える。 見つかったことなど気にせずに、堂々と出て行ってしまうのは、いつものことだ。ため息混じりに『ホントに手のかかるー』と呟きながら諦めるのが、顕哉のいつもなのだが。 「兄上ー!今日という今日は、好きにはさせないんだからな!」 と、続いて追っていきそうな様子である。 思わず、止めようと部屋へ入りかけたところで、後ろから、ぽん、と肩を叩いた人間がいる。 「麗花」 にっこりと笑顔を見せているのは、アファルイオ王家末娘の麗花だ。 雪華と同じ年で、乳兄弟でもある彼女からは、尊称で呼ぶなと強く言われている。 「まーかせて」 言ったかと思うと、部屋へ入っていく。 朔哉のようには颯爽といかず、不器用に窓枠に足をかけている顕哉に、にーっこりと笑顔を向ける。 「顕兄、馬に蹴られて死んじゃうよ?」 「はぁ?」 奇妙な顔つきになっているが、ひとまず顕哉は窓枠から足を下ろす。 この調子なら、顕哉は追ってこないだろう。雪華も、足を早める。 いつもの待ち合わせ場所に辿り着くと、朔哉は軽く手を上げてみせる。 近付くと、さっと雪華の頭から足へと視線を走らせる。 「ん、カワイイ、よし」 それから、手を差し出す。 「雪、行こう」 朔哉は、このテのことには全く照れがない。少々、照れ気味の雪華の手を掴むと、ずんずんと歩き出す。 「知ってるか、雪?この間、また新しい店が出来たんだってさ」 一体何処から情報を仕入れてくるのか謎なのだが、なかなかに耳聡い。 「なんの?」 雪華が、首を傾げる。朔哉の口元の笑みが、軽く大きくなる。 「ま、それは後、まずは腹ごしらえだよな」 昼食前に出てきたので、お腹が空いているらしい。屋台や出店が並ぶ通りへと、足を踏み入れる。 「先ずは、小龍包!」 と、店を覗くと、ふわふわと上がっている湯気の影から、恰幅のいいおばさんが笑いかける。 「若じゃないか、久しぶりだねぇ」 「李さんとこの小龍包が懐かしくなってさ」 くったくない笑顔で笑う。 「嬉しいねぇ、ほら」 蒸したての小龍包をパックに詰めて、長い楊枝を二本つけてくれる。 「うわ、美味そう〜、たまんないね」 言いながら、代金を払う。そして、すぐにパックを開けると、ヒトツ頬張る。 じゅっと染み出すスープに、一瞬熱そうに眉を寄せるが、すぐに笑顔になる。飲み込むのももどかしげに声を上げる。 「うっまー!」 「ほらほら、雪ちゃんも冷めないうちにお食べよ」 嬉しそうに目を細めながら、李おばさんにすすめられて、雪華も楊枝を手にする。 一口で食べるには少々大きめなのだが、無理矢理詰め込んでもここでは咎める者はいない。むしろ、楽しそうに笑い声があがる。 「美味しい」 ふんわりと笑顔になったのを見て、李おばさんの顔が、いっそうほころぶ。 「いーい食べっぷりだねぇ、今度はウチの麻婆豆腐、食べてっておくれよ」 先祖秘伝の味と銘打ったそこの主人のお婆さんは、ホントに麻姓であったりする。 いくつかもわからない、深い皺の刻まれてて、小さくて、白髪をひっつめていたりするのだが、これがまた、あなどれない通る声をしているのだ。 「若、ウチの新作麺を忘れてもらっちゃ困るよ」 「雪ちゃん、美味しいお菓子あるよ」 若、というのは王太子のここでの愛称で、雪ちゃん、というのは朔哉が雪華のコトを『雪』と呼ぶからなのだ。 この界隈では、二人の正体は知れている。 朔哉が王太子だった頃に、トラブルに巻き込まれているのを見て、二人して解決してしまったが為にバレたのだが、他人に正体を明かすようなことは言わないし、ここに来ている時は仕事外と割り切ってくれている。 それどころか、皆、気さくにイロイロ話す朔哉のことが気に入っていて、姿を現すとこの通りである。 適当にイロイロ、少しずつ食べながら、朔哉は楽しそうに皆と話をする。 大人しく朔哉に手を引かれて歩いている雪華に、野菜たっぷりの焼き饅頭を売っている小父さんが尋ねる。 「雪ちゃん、今日はどこに行くんだい?」 「今日は、まだ秘密なんです」 「秘密?」 「そ、俺、教えてないの」 にやり、と朔哉が笑う。それから、ひょい、と手にしていたゴマ団子を口にほおり込むと、雪華の手を取る。 「じゃ、また」 手を振って、屋台街を離れる。 「どこへ、行くの?」 雪華が、首を傾げる。 「んー?行けばわかるよ」 いつも歯切れがいい返事なのに、今日はなんだか変だ。基本的に、含みをもたせるというコトを少なくとも雪華にはしない。 「珍しいね」 思わず言うと、珍しく頬が少し染まった。 「かもな」 視線が、少々明後日の方向へと行っている。 「朔哉」 気恥ずかしいせいで、二人でいてもほとんど呼ばない名を、呼ぶ。 「ん?」 すぐに、視線は戻ってくる。 まっすぐで、強い視線。 「あのね、好きだよ」 朔哉はくすぐったそうに微笑み、それから、雪華の頬にキスをする。 ごく、自然に。 それから、すぐに目的の場所へと辿り着く。 なるほど、朔哉が口にしたがらなかったのも、少しわかる気がした。随分とかわいらしい、小物ばかりを集めた店だ。 日常は動きやすいを基本としてるので、あまり小物は身につけないが、思わず見入ってしまうモノがいっぱいある。 新規オープンというだけあって、人も一杯だ。 「すごいね」 まずは、その人の量に感想を述べてしまう。 次に、もう一度店内を見回す。 「なんだか、見てるだけで楽しくなってくるね」 笑顔の雪華に、朔哉も笑顔をみせる。 「たまには、悪くないだろ」 「うん、ありがとう」 一階だけでもかなりな面積を使っているが、二階にも、イロイロ置いてあるらしい。階段を上がりながら、ふ、と雪華の視線が、あるモノへと吸い寄せられる。 一見、シンプルだけど、よくよく見ると凝った飾りつけの、細い指輪。 アクセサリーに目が行くなど初めてで、なんだか不思議な気分で、でも見入ってしまう。 おかげで、少し歩くのが遅れたらしい。 朔哉が、軽く首を傾げて振り返る。 「どうした?ボケてるとコケるぞ」 「あ、うん、大丈夫」 なんだか恥ずかしくて、慌てて視線を戻すと一緒に二階へ上がる。 結局、今日の服に合うから、と小さなカバンをひとつ買ってもらって、城へと戻った。 帰り道も、ずっと手をつないで歩いて。 雪華は、自分の左手の薬指に光るモノへと、視線を落とす。 朔哉が、本気で雪華と一緒に人生を歩もうとしてくれていたという、確かな証拠。 あの時、店で見たのとそっくりな、それよりもぐっと高級な、ソレ。朔哉は、何気ない様子で、ちゃんと雪華が目を奪われたデザインを、憶えていたのだ。 そっと、触れてみる。 『雪、出かけるぞ』 ふと、懐かしい声が聞こえた気がして、顔を上げる。 そして、思い出す。 紫鳳城に戻ってから、一度も、仕事以外で城下に行ったことがないことを。 気付いたら、急に懐かしくなる。 李おばさんの小龍包も、麻婆さんの麻婆豆腐も、いっぱいのことが。 目の前の通信機を落とすと、立ち上がる。 部屋を出ながら、そっと呟く。 「私も、『手がかかる』って言われるのかしら?」 それから、くすり、と笑った。 〜fin. 2002.11.21 A Midsummer Night's Labyrinth 〜With brothers〜
■ postscript
第一回が、『15th裏切り者は誰?クイズ』の正解者、蒼澤霞サマと華水サマのリクエスト『亮、と、顕哉、の出てくる話』(正解者が、登場人物一人を指定できるイベントでした)。 第二回が、六萬打リクの『朔哉と雪華が城下におしのび』。 どちらもアファルイオ絡みということで、こんなカタチにしてみました。 □ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □ |