『 君の手を取って歩こう 』 とん、と何かに背を叩かれた気がして、振り返る。 一生懸命の足音に、気付いてなかったわけではない。でも、もう少ししてからでもいいかな、なんて考えていた。 走る彼女は、自分が必死の顔をしていると、気付いているのだろうか。 そんな顔をされたら、手を差し出さずにはいられない。 握って、離したくなくなるに決まっている。 でも、自分にそんな資格があるか? 見合っているか? 問い返して、いくらかためらう。 それでも、彼女の瞳と視線が合うと、自然と笑みが浮かんでくる。 今の自分が相応しく無いというのなら、そうなればいいのだ。 いや、絶対になってみせよう。 だから、彼女は離さない。 手を伸ばし、そして微笑む。 「一緒に、行こう」 必死の顔は、ふわり、と笑みへと変わる。 小さな手が、自分の手に重ねられるのを、しっかりと握り返す。 歩き出そうとした、瞬間。 彼女は何かに驚いたように振り返る。 目が見開かれているのが、ちらり、と見える。 おやおや、と思う。 今年の春は、ちょっと不可思議なことが多いような。 見えないものに肩を叩かれたり、彼女が何も無いはずの空間へと振り返ったり。 何が彼女を気に入ったのかは知らないけれど。 仕方ないかな、なんて思いながら彼女へと再び笑みを向ける。 「どうかした?」 慌てて首を横に振る彼女の手を引いて、いくらか早足で歩き出す。 「ほら、今しかダメだから」 首を傾げる彼女をつれて、行った先には桜の大木。 まるでタイミングを合わせたかのように、ざあっと風と共に花びらが舞う。 美しいとか綺麗とか、口にするのは簡単だけど。 そんな言葉は陳腐でしかない。 空気を染めるように舞う花びらを、いつになく素直な笑顔で見上げる彼女。 それが、全て。 にしても、はかったかのような風。 ああ、そうか。 彼女を気に入ったモノは。 それならば、ややしばらく舞うことを許しておくことにしよう。 だけど、と心で呟く。 お前が仕掛ける色々で、まるで万華鏡のように変わる彼女の表情は、独り占めはさせないけれど、ね。 に、と笑って、彼女の周りだけ、ほんの少しだけ強く回るモノを見やる。 2007.02.17 A Midsummer Night's Labyrinth 〜I walk hand in hand with you〜 |