『 未来の北のを問う前に 』 「どうして、僕だけ秘密なんだよ!」 いかにも不満そうに頬を膨らませいているのは、顕哉だ。 「ほら、そういう顔するからさ」 あっさりと言ってのけるのは、朔哉。 「第二王位継承者でもあるのに、すぐに感情が顔に出る。隠し事が出来ない。それじゃ、秘せねばならないことも、すぐにわかってしまうだろ?」 なかなかに、兄に言葉は手厳しい。ますます、顕哉のほっぺたは大きく膨らむ。 「なんで?!王って、皆を騙してるの?!」 「そうかもな」 にやり、と口の端に笑みを浮かべると、朔哉はとっとと歩き出してしまう。 「行くぞ、雪華」 隣に立っていた雪華は、無表情のままではあるが、朔哉と顕哉を見比べる。 なぜ、朔哉がそれ以上のことを言わないのか、わかっている。顕哉が自分で気付かなければ、意味がないからだ。 でも、今の顕哉は、フランツが麗花に秘密でやってくる、というのを、自分までもが教えてもらえなかったことに、腹を立てている。 朔哉も光樹も一樹も、雪華でさえも知っていて、知らなかったのは自分と麗花だけだ、ということに、感情的になっている。 一瞬は、朔哉と共に歩き出そうとしたが、すぐに足を止めて振り返る。 「王は、民を騙す、のではない。騙すような王は、暗君だ」 ぽつり、とそれだけを言うと、朔哉について、歩き出す。 「わかんないよ!」 もう一度、感情的に怒鳴るが、もう朔哉は、振り返りもしない。ヒトツ、譲歩のヒントを与えた雪華も、だ。 呼び止めたとしても、雪華もこれ以上は口を開いてくれないとわかっている。彼女は、基本的に朔哉寄りだ。 それは、仕方の無いことだと知ってはいるが、それでも、それも面白くない。 じわ、と目尻に涙が浮かんできたのを見て、光樹が、覗き込む。 「わからない、ではなくて、考えないと」 「考えたって、わかんない」 駄々をこねるように言う顕哉に、辛抱強く光樹は続ける。 「それじゃ、永遠にわからないよ?」 どこか、底冷えするような光が、眼に宿る。 「自分で考えようとしない人間に、ただ答えを与えても無駄でしかないからね」 「顕哉にはわかると、朔哉は信じているんだ」 ぼそり、と一樹が口を挟む。 目尻に涙を浮かべたまま、顕哉は一樹をすがるように見つめる。 「ダメだ。教えたら、俺たちが朔哉に殺される」 殺される、とは穏やかではないが、激した朔哉なら、そのくらいはしかねない。 顕哉は、つ、とさし俯く。が、すぐに顔を上げる。 「わかったよ、考えるよ。でも、僕は、兄さんみたいに賢くないから、手伝ってくれない?」 光樹と一樹は、苦笑を交わす。 賢くないというが、こうして下手に出て、おねだりされれば弱いのだ。 しかも、顕哉はおねだりというよりも、真剣に手伝って欲しくて言っている。 断れるわけが無い、そんな真剣な瞳をしていると、本人は気付いていないらしい。 攻めるに向いているのは俺だが、民を治めるのに向いているのは顕哉だ、と朔哉はずっと言っているのだが、そのことを顕哉は知らない。 「いいよ、手伝うくらいならね」 「うん」 二樹が頷いてくれたので、顕哉はちょっと元気付いたらしい。 「王は、感情が表情に出ちゃ、いけないって言ってるんだよね」 「そうだね」 光樹が頷く。 「でも、民を騙す為じゃないんだよね」 「その通り」 一樹が頷く。 「えと……」 「よく、思い出してみるといい。辛いことであろうと、眼を逸らさずに」 光樹の言葉はヒントなのだということは、顕哉にも理解出来る。 「えと、その、うーんと」 何度か首をひねり続けてから。 「あのね、んと、哀しい時でも、必要以上に哀しい顔になっちゃいけないってこと?」 「そう、私事の感情で、民の心を乱してはならない、ということ」 「ほら、考えればわかるだろう?」 にこり、と二樹に微笑まれて、顕哉も嬉しそうに笑う。 「うん、兄さん、褒めてくれるかな?」 「そうだねぇ、それは、ちゃんと実践できるようになった時、かもしれないね」 「ええー?!」 ぷう、と頬を膨らませた顕哉に、一樹が思わず吹き出す。 「ほら、また、ほっぺたが風船のようだ」 「あ!」 顕哉は、慌てて頬を元に戻すが、真っ赤になっている。 思わず光樹も笑い出しながら、頭を撫でてやる。 「でも、俺たちだけの前の時は、我慢しなくていいんだからね」 「そう、それは忘れないで」 今度は、素直に笑みが浮かぶ。 「うん、ありがとう!」 「ほら、いつまでそこでうだうだしてるんだよ!フランツが行かなきゃいけない時間になっちまうぞ!」 窓の向こうから、朔哉の声が飛んでくる。 絶妙のタイミングは、計っていたからに違いないが、そんなことに気付くほどには、顕哉はまだなっていない。 「うわ、僕もフランツと遊ぶ!」 慌てて走り出す顕哉を、くすくすと笑いながら見送ってから。光樹と一樹は、遠慮なく窓を越える。 「あれぇ、顕兄はー?」 明るい麗花の問いに、雪華がくすり、と笑う。 「律儀に扉から来るのだろう、また怒る」 それを聞いたフランツと麗花と、朔哉たちは顔を見合わせて、ぶ、と吹き出す。 ちょうど、顕哉がやっとこ扉から顔を出す。 「あ!また二人とも窓から出て!ずるいよ!先に行っちゃうなんて!」 また、ほっぺたがぱんぱんに膨れていることに、本人気付いているかどうか。 予測通りの展開に、皆が大爆笑になったのは、言うまでも無い。 2004.01.05 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Before talking future or north〜 |