『 夏みかん強奪! 』 総司令部に寄った帰り道。 亮は、見覚えのあるバイクを目にして、足を止める。漆黒のスマートな車体は、間違いなく俊のモノだ。それから、隣のほとんど黒にみえるほどの深緑のは、忍の。 かすかに首をかしげたのは、止まっている場所が不可思議だったから。 ここは、リスティアロイヤルホテルの裏道で、総司令部への往復に便利な抜け道だ。 だけど、今日は二人とも、総司令部に用事はないはず。最近、総司令部に行った時は迎えに来てくれることが多いけれど、そういうときは総司令部のロビーで待っている。 なんにしろ、バイクを止めるには不自然な場所だ。 視線を先に向けると、二人がいるのが見える。 俊が得物を手にしているのを見て、亮はひとつ、瞬きをした。 驚いたのだ。 俊の得物は棒術にも使えるし鞭にもなるという、特殊なモノだ。鞭のほうにしているところでは、紐と言われれば、そう見えないこともない。 とはいえ、公道で得物をだしているとは、穏やかではない。 「なに、してるんです?」 不意に聞こえた声に、忍も俊も、ぎく、と肩をすくめる。 慌ててこちらを向いた視線は、声をかけたのが亮だとわかったとたん、にや、とした笑みに取って代わる。 「なんだ、亮か」 「どうりで、気配がなかったわけだよ」 などと言いながら、また上のほうに視線を向けた。 「…………?」 つられて、亮も視線を上に向ける。 枝が一本、壁からはみ出していた。 どうやら、ここらはちょうど、ホテルの庭園らしい。 「な、美味そうだろ?」 忍に言われて亮は、緑の葉がいっぱいに茂った枝に、眩しいくらいのオレンジ色があることに気付く。 「夏みかん……ですね」 「しかも、熟れまくってる色だ、アレは」 俊も、得物を構えなおしながら言う。 「この距離なら、余裕だぜ」 どうやら、あの枝の夏みかんを奪取しようということらしい。 なるほど、高いところのモノを取るなら、俊の得物はおあつらえむきの道具になる。なぜ、公道で得物を取り出しているのかは、わかったけれど。 夏みかんが食べたいのなら、わざわざ、あんなところのを取らなくても入手方法はいくらでもある。 「……スーパーで、売ってますけど」 夏みかんが、だ。 「アレがいいんだよ、アレが」 「そうそ、目前で実ってるってのがな」 「はぁ、そういうモノですか」 口々に言われ、亮は口をつぐむ。理屈はわからいなが、あの夏みかんが欲しいのだろう。 亮が賛成ではなさそうなものの、とがめる様子もないので、俊と忍は顔を見合わせて頷きあった。 「行くぜ」 声とともに伸び上がった鞭は、見事、夏みかんをいとめて俊の手に戻ってくる。 二人は満面の笑顔で顔を見合わせる。 「おー、上手くいったぜ」 「よしよし、試食だ試食」 と、いうわけで中央公園のベンチで、失敬してきた夏みかんの試食である。 亮が、忍から借りたナイフで、器用に剥いてみせる。皮が剥かれると、甘酸っぱい匂いが漂った。 「お、イイ匂いだな」 「やっぱ、色がいいだけあるぜ」 忍と俊は、待ちきれなさそうな声を上げる。 「はい、どうぞ」 半分にわけた夏みかんを、亮が二人に差し出してくれる。 「亮にも、やるよ」 かすかな笑みを浮かべて、亮は首を横に振る。もともと少食のタチなのは知ってるので、二人とも強くは勧めない。 小さな房を、ひとつ剥いて。 「いっただっきまーす」 とばかりに、二人して夏みかんを口にする。 そして、沈黙。 亮は、気持ちよさそうに晴れ渡った空を見上げている。 まだ、二人は沈黙したままだ。 が、何か言いたげな視線が、亮を見つめる。 視線を感じたのだろう。相変わらず空を見上げたまま、亮は涼しげな口調で、ぽつり、と言う。 「あそこのは、観賞用ですから……肥料はやってないと思いますよ」 やっと飲み込んだらしい二人が、同時に感想を口にする。 「すっぱい!」 2001.03.03 A Midsummer Night's Labyrinth 〜The sun and a Chinese citron〜 |