『 迷宮迷路にようこそ 』 最初に飛び込んできたのは、麗花の声。 『おっけー、配置完了だよん』 『こっちもだ』 簡潔に、ジョーの声も続く。すぐに、俊の笑いを含んだ声も入る。 『俺もおっけーだぜ』 少しの間の後、須于の声が入る。 『細工完了したわ』 「ターゲット侵入確認」 片目でモニターを追いながら、静かに返す。 亮の口元の笑みが、微かに大きくなる。穏やかではないソレは、いまから侵入してこようとしている連中を地獄へと導くソレだ。 「3、2、1……Labyrinth,go!」 『Yeah!』 隣にいる忍が、くすりと笑って肩をすくめる。 「麗花のやつ、お祭りと間違えてるぜ、絶対」 「それは、忍もでしょう?」 「亮はどうなんだよ?通常部隊相手に合同訓練ってのは」 亮は、ただ笑みを大きくする。 ここ最近、なにかというと活躍するのが『第3遊撃隊』なので、参謀部としては面白くないらしい。 で、自分たちの実力を示すべく設定されたのが、今日の合同訓練だ。 参謀部が陸軍の小隊を指揮して、それの相手をする、という趣向らしい。 平地戦では、人数の多寡が問題になるだろうと気まで回してくれて、この場所が選ばれた。 この場所、とは『迷路』だ。 敵軍基地侵を想定している、ということらしい。 侵入部隊は三十人、単純計算で一人が六人のせばイイということになる。しかも、場所は平面ではなくて迷路。 もちろん、どちらも迷路の構造は知っているが、待ち構える方が断然有利だ。 相手は、たかが一桁台、とタカをくくっているのだろう。 『第3遊撃隊』にとって面倒くさい条件はヒトツだけ、『正体を知られないこと』だ。 龍牙剣を引き寄せて、忍は床に腰を下ろす。 「さーてと、ココまで辿り着けるのは何人かな」 「賭けますか?」 「やだよ、亮は調整できるじゃないか」 「それもそうですね」 それから、二人の視線はたったヒトツの入り口へと向かう。 須于の準備報告が少々遅かったワケは、トラップを張っていたからだ。 自分の作戦範囲に侵入者があれば、スイッチを入れるだけ。指先を軽く動かすだけで、あっという間に六体のお人形の出来上がり、だ。もちろん、お人形といっても眠っているだけなのだが。 「面白いくらいにあっけなかったわね」 なにやら、拍子抜けの模様だ。皆が皆、見事にトラップの中央にはまってくれたので、接近戦の必要がまるでなしだったのだ。 一人くらいは、タフなのがいるかもしれない、と思っていたのだが。 報告をいれる。 「私のとこ、終わったわよ」 ジョーの方も、片付くのは早い。 なんせ握っているのは旧文明産物の銃、カリエ777だ。発射速度が違う。 しかも、落とせばいいのは六人、弾の込めなおしの必要もない上、気配の消し方がなってないときている。 まったくテンションの上がらない声で、報告する。 「終わったぞ……つまらん相手だな」 俊も今日は、けっこう手抜きで相手をしている。 得物は長さがかなり伸びるから、相手がそこそこの距離に近付いたところで峰打ちしてやればいいからだ。 しかも、ほぼ中心を手にしていれば、両側を一度にやれる、という寸法。 「ちょいなちょいなっとな」 などと三往復して、はい終わり、というわけだ。 「俺もあがりー」 あくびを噛み殺した声で、報告をいれる。 「めっちゃ正攻法だねー」 あっという間に三人をのした麗花が笑う。 もちろん、三人とものびてしまっているので声は聞こえない。 次の気配が近付いてくる。 麗花は笑みを残したまま、すっと目を細める。 「?!」 姿を現した二人組の兵士が、驚いた顔つきであたりを見回す。間違いなく、ついさっきまで人の気配があったはずだ。 彼らとて、『紅侵軍』侵略の時には戦場に立っている。勘違いであるはずがない。 ということは、相手は気配を消した、ということだ。 「…………」 油断なく背中合わせであたりを見回す。 隠れるとするなら、一ヶ所だけ角がある、そこに違いない。じりじりと、近寄る。 勢いよく、二つの銃を構えようとした瞬間。 角から飛び出した影が、自分たちの頭上を飛ぶ。 「な……?!」 それ以上は声すら出すことが出来ぬまま、また二人、伸びてしまう。 「私の担当はこんなもんかなー」 本日の特別仕様、麻酔針を回収しつつ麗花が呟いた、次の瞬間。 麗花はくるり、と回転して反対の角へと隠れる。それから、そっと反対をうかがってみる。 さきほど隠れていた角の壁に、穴が空いて軽く煙が立ち昇っている。 「っとー、破壊魔登場ってかー」 にやり、と笑う。 「んじゃ、サービスしちゃおっかな」 言葉と同時に、手にした麻酔針が相手の開けた穴を通過する。 どおっという音がして、破壊魔も夢の中へいったらしい。 確認をして、報告する。 「私も終わったよん」 「きっちり担当分だけかよ、まったく」 報告結果を聞いた忍は、サングラスをかける。完全接近戦なので、顔を知られない為だ。 亮も、にこりと微笑んでサングラスをかける。 「出番なしでも、つまらないんでしょう?」 「んじゃ、華麗な技でもご披露しましょーか、なんて言ってみたりな」 立ち上がりざま、龍牙を抜き払う。 相手も、馬鹿ではない。トラップが無いことを確認したのだろう、一度に六人で突入して忍を囲む。 声を聞かせるわけにいかないので、忍はちょい、と指先で挑発する。 まとめてかかって来いよ、と馬鹿にされたのを、きちんと理解できたらしい。むっとした顔つきになり、統制の取れた動きで忍への距離を一気に縮めてくる。 にやり、と口元に笑みが浮かぶ。 距離が縮みきった、という瞬間に、忍の姿が消える。 「?!」 両端の二人が、勢い余って同士討ちになる。残った四人が、忍の消えた先が宙だと気付く前に、一人が龍牙で、もう一人が足でのされて、返す剣で更にもう一人。 残された一人が、じり、と後ずさりをする。 額に汗が浮かぶ。が、降参する気はないらしい。隙をうかがっているのがわかる。 す、と別の気配が後ろに立つ。 次の瞬間、構えていたはずの最後の一人は、どっと倒れた。 亮が、気配を消して回り込んでいたのだ。 忍は、龍牙を鞘に収めて首を傾げる。 「以上終了?」 「ですね」 亮は、肩をすくめてみせる。 それから、総司令官へと連絡を入れる。 『もう終わったのかー』 と笑う健太郎に、亮は冷めた声で言う。 「ウチとの合同訓練は、一定レベル以上という規定を入れて下さい」 聞いた健太郎は、大爆笑しはじめる。 『それって、どことも合同訓練しないってのと同義になるな』 「その通りですよ」 あっさりと亮が返す。 その声は、戻ってきた俊たち四人にも聞こえる。誰からともなく顔を合わせると、吹き出す。 ちなみに本日の訓練所用時間は、『準備含めて45分』でしたとさ。 2002.06.25 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Welcome to our Maze.〜 |