『 いまという瞬間 2 』 自分の撮った写真を眺めている忍の顔つきは、少々不満そうだ。 いい笑顔を引き出すのは、得意だと思う。 俊も麗花も須于も、よく笑っているし、ジョーの笑顔もきっちり収められている。 毎日一緒にいれば、ごく自然にそんな笑顔になる瞬間、というのがあるのだ。 もちろん、亮にだってないわけではない。 だが、気配に聡すぎて、カメラが構えられる頃には、あちらの表情も構えてしまっている。 不自然、というわけではない。 微笑んでるし、それに力みがあるわけではない。 でも、忍がこの目で見ている、イチバンいい笑顔ではない。 せっかくなら、亮のだってイチバンを撮りたい。 さて、それにはどうしたらいいのか。 軽く腕を組み、忍は画面を眺めるともなしに眺めながら、考える。 それから数日後。 腕をなまらせない為の外での演習を終えたところで、ぱしゃり、という音。 亮は、怪訝そうに首を傾げる。 構えていたカメラを下ろしながら、忍はにこり、と笑う。 「こういう時にどんな顔してるかって、知らないだろ?」 演習終了を告げられたのだから、その後は自由でいいわけで。 「それはまぁ、そうですね」 不思議そうな顔つきのままではあるが、こくり、と頷く。 使ったナイフを回収し終えた麗花が、笑う。 「確かにねー、軍師な亮って、カッコいいよね」 「まぁな、少なくともナンパしようってヤツはいないだろ」 と言った俊を背後からどつきつつ、ジョーが言う。 「それはどうかわからんぞ」 実際、かなり眼光鋭いのでナンパはしにくいと思うが、そんなこと言ったら、常日頃そんな顔つきになりかねない。 ナンパ対策は、亮にとっては長年の懸案事項なのだ。 それはそうとして。 須于が、忍のデジカメを覗き込む。 「上手く撮れた?」 「ああ、ほら」 出された画像を、皆が覗き込む。 「さっすが、忍だね」 「おおー、軍師だねぇー」 最後に、当人が、どことなくそっと覗き込む。 「……皆の方が、カッコいいかと思いますけど」 「え?そう?」 「今度の演習の時撮って撮って!」 なにやら、次回の演習は、実際の演習になるやら不安な感じもするが、今回はこれにてお開きである。 それから、変わった魚を買って来られて驚いたところとか、忍の写真は不意打ちだらけだ。 ともかく、どこから来るかわからないし、いつでも来る。 なんでもかんでも亮なら撮っている、と言っても過言ではないくらいに。 一回一回カメラへと視線をやっていた亮も、いい加減いつものことと慣れてきたようだ。 写真に撮られた、とはわかっているようだが、視線が泳がなくなってきた。 ある夜。 忍が居間へと降りていくと、亮がなにやら台所でやっている。 「お?なにしてるん?」 「麗花たちが、クレープを食べたいって言っていたので」 「作ってるって?」 忍は、朝食を食べるコーナーから、覗き込む。 キレイな薄卵色で、いかにも薄く焼き上がったクレープ生地が、確かに山積みになっている。 それに、一個一個、亮はクリームを搾り出し、果物を包んでいっているのだ。 その指の動きがまた軽やかで、ちょっと魅入られる。 「へぇ、美味そう」 思わず言うと、亮は軽く首を傾げてみせる。 「味見、してもらえます?」 「お、役得」 にやり、と笑う忍へと、出来立てのヒトツが手渡される。 「いっただきまーす」 がぶ、がぶ、と二口でいって。 「コレ、すっげ美味い」 「そうですか?良かったです」 にこり、と笑う。 その瞬間。 ぱちり。 「お茶、いれますか?」 亮が、首を傾げる。どうやら、本当に忍がシャッターを押すのは日常の当たり前のことになってしまったらしい。 くすり、と笑ってデジカメを振る。 「撮っちゃった」 「え?」 驚いて目を見開く亮へと、いま撮った写真を見せる。 「いいだろ、亮のイチバンいい笑顔」 亮はただ、眼を見開いている。照れているらしく、少々頬が染まっているが。 ちょっと得意そうに、忍は笑う。 「この顔撮りたくて、がんばってたんだぜ?いっつもカメラに反応して構えるからさ」 自分のいい笑顔を撮りたいと思ってくれる人は、ここにしかいない。 少々頬が染まったまま、亮は微笑む。 「ありがとうございます」 2003.04.06 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Grab shots of Labyrinth II〜 |