『 いまという瞬間 3 』 本日の朝食は中華粥というわけで、いつもよりも少々早めに台所に来たつもりだったのだが。 忍が素振り前に食べるおにぎりを握りながら、亮は首を傾げる。 誰かがリビングへとやってくる、足音がする。 「おはようございます」 「おはようございます」 ごく丁寧に挨拶を返したのはジョー。なかば無意識につられて返したようだが、違和感はない。海真和尚の教育が染みているのだろう。 にしても、いつもよりも三十分は早く起き出してきただけはあり、眠そうな顔つきだ。 カウンターになっている椅子に腰掛けながら、ぼそり、と言う。 「悪いんだが、コーヒー淹れてくれないか」 「はい」 亮は頷いて、すぐに淹れられる用に挽いておいてあるジョーのブレンドを取り出してくる。 ちょうどお湯を沸かしていたらしく、すぐにいい香りが漂う。 「どうぞ」 「ありがとう」 カップを手にとり、一口、口にして。 やっと、きちんと目が覚めてきたようだ。亮の手元へと、視線をやる。 「今日の朝食は、中華粥じゃないのか?」 確か、昨日、須于と麗花がリクエストしていたはずだ。 実は、ジョーも心ひそかに楽しみにしていたのだったりする。それが、少々表情に出たのだろう、亮は微かに口元に笑みを浮かべる。 「中華粥ですよ」 だが、どう見ても、亮がお皿に置いているのは、おにぎりだ。 きれいな三角に、たっぷりと海苔。 ほかほかご飯に海苔というのが大変に魅力的な組み合わせなのだが、厳然たる和食の王者である。 更に、お鍋に沸かしていた湯は、どうやら味噌汁の為であるらしい。 慣れた手つきでだしをとって味噌を入れている。 どうやら、ワカメが具であるらしい。これもまた、和食にかかせぬ味だ。 疑問が、まま表情に出たのだろう。 亮の口元の笑みが、はっきりと形作られてイタズラっぽくなる。 「これはですね、前朝食なんです」 「前朝食?」 「ええ」 ジョーの表情が、ますます煙にまかれたようになったところで、忍が顔を出す。 「おはよう」 「おはようございます」 「おはよう」 コーヒーカップを手にしている人物に、忍は笑顔で首を傾げてみせる。 「へぇ、ジョーでも時間ズレってあるんだ?珍しいな」 基本的に規則正しく生活していれば、そうそうは体内のリズムは狂わない。軍隊にいる限りは訓練をつんでいるので六人とも、そうそうは生活時間に狂いが生じることもない。 中でも、ジョーは食欲ですらきちんと管理できているらしく、事が起こった時も、増えも減りもしないのだ。 そのジョーがいつもと違う時間にいる、というのは、忍にとって驚きだというのはよくわかる。 「ん……まぁ」 なにやら、煮え切らない返事をしているジョーの隣へと、忍は腰を下ろす。 目前には、さきほど握っていたおにぎりとお味噌汁。 「いただきます」 明らかに、普通一般的なのよりは大き目のおにぎりを、もりもりと食べ始める。 「お、今日はおかかあえだな。おかかはやっぱり、中心にまとめてよりもご飯に混ぜるのが断然美味いよな」 嬉しそうな表情の脇で、ジョーが複雑な顔つきをしているのに気付いたらしい。 お味噌汁のお椀を手にしながら、にやり、と笑う。 「腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?」 「いやまぁ……」 返事をしかかって、はた、とする。 亮の前朝食という単語が、やっと、ぴんと来たのだ。 「もしかして?」 「うん、なんも食わないと力出ないからさ」 軽く手をあわせてから、立ち上がる。 「美味かったよ、ごちそうさん」 「お粗末サマでした」 亮の方も、慣れた様子でお椀と箸を片付けはじめる。 「中華粥も期待してるよ」 「ワンタン揚げも作りますか?」 「いいねぇ」 笑顔で頷くと、忍は木刀を手にリビングの大きな窓を開ける。 「あ、窓、開けたままでいい。風が気持ちいいから」 ジョーが、ぼそり、と口を挟む。 「ああ」 靴の紐を結んでいるらしく、下の方から返事が返る。 立ち上がり、位置を決めて木刀を構える。 しゅっという風を切る音。 二度、三度。 試すかのように軽い音だったそれは、鋭く空気を裂く音へと変わる。 ジョーは、片側のポケットからカメラを取り出す。 反対側から、コンパクトに縮んでいた望遠レンズ。それを手早くつけると、かまえる。 数回シャッターを切り、出来を確かめる。 軽く頷いて、レンズを外して、それをポケットに突っ込みながら、亮の視線がこちらを見つめていることに気付く。 にこ、と亮は微笑む。 「そういうことでしたか」 「イチバン、まっすぐな顔だろうと……」 照れ臭そうな笑みが浮かぶ。 忍が最もまっすぐな視線をしているのは、朝の素振りの時だろう、とジョーは思っていた。が、それを撮るためには、こうして早起きするしかない。 こう、と決めたらやりとげるジョーらしい。 「上手く撮れましたか」 「ああ」 カメラを、亮へと渡す。 目を落とした亮は、にこり、と微笑む。 「綺麗な視線ですね」 カメラを返してもらいながら、ジョーはこくり、と頷く。 それから、軽く首を傾げる。 「こにぎりを、作ってくれないか」 亮の笑みが、少し大きくなる。 「はい」 すぐに、こぶりのおにぎりを作ってくれる。それから、お味噌汁も。 それを片付け、ジョーは立ち上がる。 向う場所は、部屋ではなくて庭だ。 「忍、相手になる」 「おう」 ややしばしの後、居間へと入ってきた須于は、庭へと目をやってから、微笑んで椅子に腰掛ける。 「今日は、終わるまで待っていた方が良さそうね。洗濯物が増えそうだわ」 「そうですね」 亮も、にこり、と微笑む。 もう一度、庭の方へと向き直り、須于もカメラを構える。 2003.06.22 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Grab shots of Labyrinth III〜 |