『 小指の約束 』 姿を見たなり、皮肉な笑みを浮かべたのは麗花だ。 「あら、来ていたのね」 「おや、ご挨拶だね」 フランツは、堪えた様子もなく笑みを浮かべる。 「今回の外遊もいい感じだったじゃない?ルシュテット次期国王の地位は着々と固まりつつあるわね」 「プリンツェッスィンにそう言ってもらえれば成功と言っていいだろうね、ありがたい」 にこり、と笑み崩れる表情は一国の皇太子のものではなく、素直に喜んでいる顔だ。 麗花の眉は軽く寄る。 「あら、私は手放しに褒めた覚えはないわよ」 「手厳しいな、今回の反省点はなんだろう?」 苦笑を浮かべてフランツは肩をすくめる。 「アファルイオに入国、一国の皇太子の判断としては浅はかとしか言いようがないわね」 「確かにルシュテット皇太子としては、その通りだ」 いくらか硬い表情での麗花の指摘を、フランツはあっさりと肯定する。 今年に入ってから、もうすでに二回、祭主公主の暗殺部隊が麗花を狙っている。 彼女の周囲に近付く人間があれば、巻き込まれる可能性は大きいのだ。だから、ここ最近、麗花は周囲に親しいと言われる人間を全く近付けていない。 それを、あっさりとくぐりぬけて現れたフランツに、麗花の機嫌はどちらかといえば悪い。 祭主公主にも特殊部隊はついている。情報網のどこにフランツ来国の報が流れているのか、わかったものではないのだ。それを知ったとすれば、間違いなく彼女の毒牙はフランツへと向けられる。 なにを麗花が怒っているのか、フランツにはよくわかっている。 こうなるであろうことも、実のところわかっていた。 それでも、どうしても。 「僕は、巻き込まれないよ」 「根拠の無いことを言うのは皇太子として失格ね」 あからさまに不機嫌な表情を麗花は浮かべる。 「どこに根拠がないんだい?」 にこり、とフランツは笑う。 「僕は、絶対に巻き込まれない」 「ソースがないことを言っても信じないわよ」 「それなら……」 言いかかった言葉を、麗花は口を塞いで止める。 「フランツ!」 何を言おうとしたのか、麗花が一番良く知っている。ルシュテットで絶対とされる『約』。ルシュテット人がこれを口にしたら、『絶対』に一生守り続けなくてはならない。 今の状況を考えたら、『絶対』などあり得ない。 フランツがそれを口にして、守れなかったとしたらどうなるか。 考えるだけで、背筋が冷える。 口を押さえられたフランツは、目を軽く見開く。 それから、静かに微笑む。 そっと麗花の手を外すと、手を出す。 「約束するから」 「フランツ?」 「リスティアでは、約束する時にこうするそうだよ、知らないかな?」 言いながら、小指を立ててみせる。 その約束の仕方ならば、麗花も知っている。 「仕方ないわね、誤魔化されてあげるわ」 小指と小指が絡む。 「指きりげんまん嘘ついたら針千本飲ーますっ」 歌っているうちに、なんだか笑いがこみ上げてくる。 二人で顔を見合わせて、くすり、と笑う。 小指を絡ませたまま、フランツが言う。 「ヒトツだけ、プリンツェッスィンも約束してくれないかな?」 「私も?」 柔らかに微笑んだ視線は、だが、まっすぐに麗花を見つめる。 「どこにいても構わない、どうやっても構わない、ただ、生き延びてくれることを」 一瞬、麗花の眼が、見開かれる。 が、すぐに大輪の花のような笑みへと変わる。 「いいわ」 絡めた小指に、力を入れる。 「フランツだけとの、約束よ」 二つの小さな約束を、知るのはただ二人。 2004.05.01 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Promise with pinkies〜 |