『 いつも通りの 』 朝食を食べ終わってからも、居間でうだうだとしている麗花の顔つきがなにやら不満そうだ。 「どうしたの?」 一緒にお茶を飲んでいた須于が、軽く首を傾げて尋ねると、待ってましたとばかりに身を乗り出してくる。 「やられたなーって思ってたの」 「やられた?」 話が見えずに瞬きをする須于へと、麗花は大きく頷く。 「忍にね。相変わらず卒が無いっていうか、隙が無いっていうか、うう、私としたことが!」 そこまで言われれば、なんのことかは須于にもわかる。 「指輪ね?」 いつの間に亮に渡していたのかはともかく、買っていたのには、確かに驚きだ。 この三ヶ月、今まで以上に一緒にいたはずなのに、忍は気配すら感じさせなかった。正直、お見事、としか言いようが無い。 「うん。しかも、あのセンスの良さがね。亮にぴったりだし、質もモノもいいし」 麗花が正確にくやしがっていることが、なんとなくわかってくる。 モノを見る目があり、センスもある麗花にとって、カケラも相談が無かったことが悔しいのだろう。 「でも、私たちに一言でも言ったら、ねえ?」 須于でも興味深々に身を乗り出す自信がある。ましてや麗花が小耳に挟もうものなら、だ。 「そうだけどさー」 むう、と麗花は頬を膨らませる。 「でも、忍にやめろって言われたら、さすがに言わないよ」 忍は、自分の感情を優先させることは先ず無い。特に、亮に対しては。 だからこそ、亮が姿を消した時にも一人、苦しみ続けていた。 麗花とて、そんな忍をからかってニヤニヤしたりはしないと言いたいのだろう。須于も、もちろん、そうだ。 須于は、苦笑する。 「亮も敏感だし、ウチの中で相談したら漏れると思ったのかも」 「どこぞのカレー王子じゃあるまいし!」 「悪かったな!」 条件反射で返ってきた声に、二人は振り返る。今、来たばかりらしい俊は、ひとまず自分が引っ張り出されてることに不満を表明する顔つきだ。 じったりとした目つきになった麗花は、きっぱりと言う。 「そもそも、選択肢に入らないよね。あらゆる意味で」 「なんなんだよ、意味わかんねぇよ」 まんまと麗花の手のウチなのに、気付いてないのが俊らしい。須于が、くすり、と笑う。 ちょうど入ってきたジョーが、軽く眉を寄せる。 「あまり遊んでやるな」 「ジョーも入らないね」 と、麗花。 片眉が上がったのを見て、ぼそり、と付け加える。 「指輪」 「忍が選ぶ時にね、相談が無かったでしょ?」 須于が補足すると、ジョーが微妙な表情になる。 「言われても、困る」 「だよね、機密保持って点では完璧だけど。誰かと違って」 「いちいち俺を巻き込むな、だから」 「いちいちムキになるから、巻き込まれるんだと思うわ」 実に冷静な須于のツッコミに、さすがに俊が言葉を失っているうちに、麗花が話を進める。 「問題はそこじゃなくて、忍が誰に相談したのかってことよ」 「あら、そうかしら?」 「アイツが?まさか」 須于と俊は、何を言い出したのか、という顔だが、ジョーは小さくため息をつく。 「忍にだって、そういう相手はいるだろう」 なんとなく、すべて一人でこなしてしまうイメージが強い。それはジョーにもわかるのだが、自分に海真和尚がいるように彼にもそういう人はいるだろう、と思う。 「たまたま、その人のテリトリーだったから相談した、それだけのことだ」 以上終了、とばかりにジョーは言い切り、自分の用事を済ませるべく歩き出す。 「そういう人がいるなら少しは安心よね」 須于が頷くのに、麗花も肩をすくめる。 「ま、ね。そういう意味ではそうだね」 あっさりと納得した顔になり、大きく伸びをする。 「そろそろ、準備しないと」 「そうね」 麗花も須于も、すっきりとした顔をして居間をあとにしてしまう。 取り残されたのは、俊だ。 無意識に、頬をかく。 ジョーの言う通り、忍にだって相談相手くらいいてもおかしくない。ただ、それが自分では無いだけで。 もちろん、指輪のことなど相談されても、役立たないどころか、だとわかってはいるのだけれど。 相談相手になる人は、とても凄いのだろうなあ、などとおぼろげに想像してみる。あの忍が頼るくらいなのだから。 頼るといえば、亮もだ。 忍が、大事に想うだなんて、本当に凄い。 確かに、そうとう凄くないと忍の相手になんかならないよな、と考えていると。 「どうか、しましたか?」 いつの間にか、目前に気ぜわしげな表情がある。 「へ?あ、うお?!」 亮だと認識してしどろもどろになるのに、更に心配そうな顔つきになる。 「何か、懸念でも?」 今日からのことを言っているのだろう、気遣いしつつ、表情に軍師が混ざっている。 「違う違う、大丈夫だって」 慌てて手と首を横に振る。 亮は、あまり信じていない顔つきだ。何もかも見通してしまうような瞳で、まっすぐ見られると俊は弱い。 「あーうー、くだらないこと考えてただけだから。その、忍が頼ったりとかする亮って凄いなーとか」 言われた亮は、ヒトツ、瞬きをする。 どうやら、驚いたらしい。 それから、ふ、と笑みを浮かべる。 「凄くなんてないですよ。俊らしい言い分だとは思いますが」 「いや、だって」 なんとなくムキになりかかったところで、新たな声が加わる。 「どうかしたのか?」 忍の声にも、真剣な懸念がある。やはり、今日のことで俊が何か思うところがあるのかと気にしてくれているのだ。 「あ、いや」 「忍にとって凄い人が誰なのか、考えていたのだそうですよ」 「ちょ、亮」 ごくあっさりと真顔で告げられて、俊はかなり焦る。 とうの忍は、二、三回、瞬きをする。 「は?なんだソレ?」 「や、違う、違わないけど、ええと」 また、しどろもどろになる俊を、忍はなにやら面白い生物でも見るような視線でみつめていたが。 「で、亮、教えたのか?」 「いいえ、まだです」 あれよあれよと会話が進むが、今、そんな名を聞いたら、きっと集中出来ない。思わず持ち上げた手が耳をふさぐ直前。 「俊だよ」 「は?」 ぽかん、と、それこそ間抜けに目も口も見開く。 冗談だろ、からかうなよ、という台詞は喉元で四散する。亮も、いたってまともな表情だったから。 「ま、そろそろ準備終われよ」 ぽんぽん、と肩を叩かれて、さすがに我に返る。 「おう、ごめん」 ぱん、と軽く頬を叩いて居間を後にする俊を、忍と亮は見送る。 そして、どちらからともなく顔を見合わせる。 「今度は誰に、何吹き込まれたんだ?」 「さあ、来た時には、どこかに飛んでましたから。目の前で覗き込んでも気付きませんでしたし」 「おいおい、大丈夫か」 苦笑気味に笑う忍に、亮も微苦笑を返す。 「むしろ、余裕があるのでは」 「そうだな、相変わらずの大物っぷりだもんな」 なんとなく、無意識に入っていた力が抜けている。 「俺ららしくいけそうだな」 「そうですね」 もう一度、視線を見交わして、二人はそっと笑う。 2010.06.08 A Midsummer Night's Labyrinth 〜An usual events〜 |