『 視線の先 』 じっと、ただ見つめ続ける視線。 真白のドレスの彼女が振り返る。 誰もが恐怖の視線を向ける中、ただ一人、彼女が笑みを返す。 「貴方は、ただ、この家を守ろうとしているだけなのよね」 見守り続ける視線と、屋敷に隠されたといわれる王の宝を探し出そうと躍起になる人々と、そして。 「ねぇ、貴方の命を奪ったのは誰?」 問いかける彼女。 別行動を取る彼女へ、一人宝を奪う気ではないかと疑惑の視線が集まり出す。 「なぜ、この家をそこまで守ろうと思うの?」 届かない声と、迫る刃と。 「貴方は誰?躰は、どこにあるの?!」 見つめ続ける視線。 ただ一人、彼女の真意を知った代々使える執事と共に、真実を見つけ出す。 「ああ、貴方だったのね」 彼女は、笑みを浮かべる。 一緒に来た者たちの真意をも知り、彼女は敢然と立ち向かう。 「許さない、絶対に許さないわ!これ以上、彼を侮辱するなんて!」 かつて彼の命を奪った時のように。 血が飛び散る中で、奇跡のように一人が声を上げる。 「特別警察だ!手を上げろ!」 全ては、終わる。 「貴方のおかげで、やっと真実を掴むことが出来ました」 「いいえ」 彼女は、首を横に振る。 真白の日傘の下で、眩いばかりの金髪が風に揺れ、彼女は振り返る。 「彼のおかげですわ」 もう、見つめることの無い視線。 刑事が、微かな笑みを浮かべる。 「ええ、本当に」 刑事が去り、もう一度、彼女は振り返る。 その瞬間。 ほんの微かに、彼の姿が目前に現れ、ただ、柔らかに微笑む。 すぐに、それは風の中へと消え行く。 前を向き、歩き出した彼女の頬を、ただ一筋、透明な雫がこぼれ落ちていった。 最悪の結果を告げられた時。 キャロライン・カペスローズは、しばらくアレクシス・デニス・ハーシェルの顔をまっすぐに見つめていた。 大きく見開かれた、吸い込まれそうに青い瞳が、ただアレクシスを見つめていた。 そう長くは無かったろう。 アレクシスにとっては、とてつもなく長く感じられたが。 「……そう」 ただ、見開いた瞳だけが、アレクシスを見つめ続ける。 涙さえ、出てこない。 誰を責めるわけでもない、ただ、つきつけられた現実を受け入れるには、あまりにも。 「キャロライン」 「……ごめんなさい」 視線が伏せられる。 「誰に謝る必要も無い」 「いいえ、アレクシス」 首を横に振られ、一瞬言葉に詰まる。が、キャロラインがもう一度言葉を発する前に、先回りをする。 「謝らないでくれ」 いくらか驚いた視線を上げたキャロラインは、アレクシスの瞳を見て、微かに頷く。 誰も責めず、とてつもない悲しみさえも彼女の心の中だけに押し込めることに決めた瞳が、こちらを向く。 人は、あまりの出来事に直面すると、涙さえ出ない。 それは、アレクシスも嫌というほどに思い知ったことだ。目前で冷たくなっていく友人を見ていたのに。その後のことも全て引き受け、全てを見届けてなお、涙は一滴も零れない。 今、見詰め合っている二人は、特別な一人を失った。そして彼女は、彼の形見さえも。 「キャロライン、二つ、お願いしたいことがあるのだが」 キャロラインは、ただ、微かに首を傾げる。 「一つ目は、カール・シルペニアスの友人として願いだ」 「キャロライン・カペスローズが永遠に女優であり続けること」 ベッドの上に起き上がっている彼女の顔色は、血の気が引いている。それでも、その瞬間の顔をアレクシスは一生忘れられなくなる、と感じる。 そこにいるのは、間違いなくカールが愛してやまなかった世界で最高の女優。 キャロラインという人間を愛しながらも、どうしても失えないと言い続けていた。 ふ、とアレクシスの顔に笑みが浮かぶ。 「もうヒトツは、アレクシス・デニス・ハーシェルとしての願いだ」 キャロラインの口元に、薄い笑みが浮かぶ。 「『Aqua』で最高のマネージャーが、つくということかしら?」 「是非、契約していただきたい」 微かでおぼろだった笑みは、はっきりとしたモノへと変わる。 「ええ、お願いするわ。私を、キャロライン・カペスローズを『Aqua』で最高の女優へと導いてくれるわね?」 「無論、この俺をマネージャーに選んだからには」 ひときわ白く細い手と、なぜ自ら俳優にならなかったのかと惜しまれた男らしくも優雅な手が、力強く握手を交わす。 その後、ホラーと分類されるであろうその映画を、見事にミステリーにしてのけたのは視線だけで語ったカールと、過去のものとなってしまったその視線をまっすぐに受け止めながらも、前を見ることをやめなかったキャロラインの見事な共演の賜物、と評されることになる。 その映画に関わった誰もが、ただヒトツの奇跡を口にはしなかった。 ラストシーンで、キャロラインが幻のカールと視線を見交わすその場面。 台本では、キャロラインが、ただ屋敷を見上げるだけであったことを。 そして、視線以外のカールの姿は、撮影されていなかったのだ、ということを。 2004.05.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜feel the weight of his eyes〜 |