『 四人目の花嫁の作り方 』 「ウエディングドレス、三着作るの?」 須于が、確認の為にゆっくりと口にする。 麗花も首を傾げる。 「囮は二組だよね?」 ジョーと須于、俊と麗花の。忍は本命の小夜子を連れ出す算段だから、これで全部のはずだ。 「ええ、囮は二組です」 亮は、にこり、と微笑む。 「発信機の信号は三点、逃げるのも三組、誰もが花嫁は三人と思うでしょう。誰も、花嫁だけが四人とは思いません」 誰からともなく、顔を見合わせる。 「花嫁だけが、四人」 「なるほど、小夜子さんが入れ替わるんだ」 理解した五人に、亮の笑みが大きくなる。 「捕捉した花嫁が入れ替わっていたとわかれば、あちらも完敗と認めざるを得ません」 「でもさ、四人目の花嫁はどうするんだ?」 俊が首を傾げると、亮は手にしている小さな端末へと視線を落とす。 「披露宴招待客リストによれば、小夜子さんにはかなり親しい友人がいらっしゃるようですので、どなたかに協力……」 「ダメよ!」 亮の言葉を遮ったのは麗花だ。 「素人さんを巻き込むなんて!」 「でも、式場へ戻るんですよ?」 そう派手に自分達の顔をさらすわけにもいかない。 が、麗花は派手に首を横に振る。 「ダメダメ!リテイクを要求するわ!追い詰められたように見せかけて、消えるくらいじゃなきゃ!」 「そんな高度なこと、姉貴にゃムリだぜ?」 忍のもっともな言葉にも、麗花は鼻をならす。 「当然よ、そういうコトを飲み込んでる人間に入れ替わるに決まってるわ」 「心あたりがある、というわけか?」 ジョーの口調はかなり怪訝そうだ。当然だろう。須于も麗花も、すでに囮に組み込まれている。 問いに、に、と麗花の口元が笑う。 「一人いるでしょ?去年の夏にちゃんと、そういうのも似合うって証明されてるし」 「…………」 「…………」 忍と須于は、すぐに誰のことか理解したらしい。どちらからともなく、その一人へと視線が向く。 その視線で、ジョーも去年の夏祭りを思い出したらしい。 「まさか」 ぽつり、と言う。 話が見えないのは俊だ。 「なに?どういうコト?」 皆の視線と亮を見比べる。 無論、当人である亮にも、麗花の言いたいことはとうにわかっている。 「……僕ですか」 「私たちだってわからなかったもの、ぜーったいわかんないよ。しかも、作戦の飲み込みは完璧で身のこなしも当然合格」 身のこなしに関してはプリラード親善大使護衛時の時に確信したのだろう。 「だから待てって、どういうことだよ」 「それはね、俊」 ぽん、と麗花は俊の肩に手を置く。 「去年の夏祭りに来なくて、イイモノ見逃したってことよ」 「はあ?」 「お祭りの手伝いで、亮は十二単着て五節の舞を舞ったのよ」 須于の説明に、更に首を傾げる。 「五節の舞?」 「ポイントは十二単の方」 麗花に指摘されて、やっとクリスマス前の買い物の時にナンパされてたのを思い出したらしい。妙に嬉しそうな顔つきで納得する。 「あ、なるほど、亮がウエディングドレス着て花嫁やると」 「遅い」 ツッコむところはツッコんで、忍は首を傾げる。 「確かに、ヘタに素人巻き込むよりは安心だろうけど」 ジョーも微かに頷く。その点は二人とも賛成らしい。 「それだけじゃないわ、間違い無く似合うのよ」 「その意見ももっともだとは思うけど……」 須于も、微妙な表情だ。麗花の言いたいことはよくわかる。だが、それは。 もう一度、誰からともかく視線は亮へと集まる。皆の逡巡の意味を正確に察した麗花が、むう、と頬を膨らませる。 「あのねぇ、メリットを良く考えてみてよ?完璧な作戦遂行能力プラスものすごーくキレイな花嫁が見れるんだよ?」 「そうね」 と、須于。 俊も、こくり、と頷く。 「確かにな」 忍とジョーも、強い反対は口にしていない。 そう、見てみたいという好奇心は四人にだってある。ただ、一点。気になっているのは、機嫌を害したら最も怖いのは亮であろうということ。 「……仕方ないですね」 諦めの入った口調で、亮が軽く肩をすくめる。 「やーった!決まり!」 麗花につられて、俊も拍手してしまう。 「いいのか?」 私事に巻き込んでいる自覚がある忍は、済まなそうな顔つきで首を傾げる。 が、亮は存外、あっさりとした顔つきだ。 「麗花の言う通り、僕がやるのが確実ですし、モデルをやれと言われているワケでもないですしね」 にこり、と笑みを浮かべる。 「ウエディングドレスで『第3遊撃隊』リーダーの集中力が保てるのなら、安いモノかもしれませんよ?」 かくして、四人目の花嫁は亮に決定した。 さて、当日。 忍が式場に入る前に、もう一度今回のルートを確認する。 「ジョーと須于はこのルート、俊と麗花はこのルートです。追手を最少に抑える為にも、通過経路は叩きこんで下さい」 口調も指示も、いつもと何も変わらない。 が、目前で端末を手にしているのは、そのほっそりとしたうなじから総レースの襟へのラインといい、モニタを指す手袋した華奢な指先といい、薄めの口紅をひいた唇といい、どう見ても最も完璧な花嫁だ。 「……質問は?」 亮は、軽く五人を見やる。 視線も表情も、いつもと全く変わらない軍師仕様なのに、それが妙に合うから不思議だ。 五人とも、に、と口元に笑みを浮かべることで応える。 「では、あとは式が始まるのを待つだけです」 端末を閉じたところで、麗花がもう一度、亮のてっぺんからつま先までざっと視線を走らせる。 「似合うとは思ってたけど、これほどとはねぇ」 そうですか?と問い返す代わりに、亮は軽く眉を上げる。 「だってさ、軍師な顔つきまで色気に変えちゃえるってのは、女でもなっかなか出来ない技よ、うん。いいもの見せてもらったわー」 「そ……そうですか?」 色気と言われ、さすがに一瞬言葉に詰まったらしいが、気を取り直したようだ。 「さて、そろそろ配置に」 「了解」 五人が頷き、先ずはジョーと須于、俊と麗花が離れていく。 自分たちの配置場所へとついてから、須于はくすり、と笑う。 視線で、どうかしたか、と尋ねるジョーに、笑顔のまま須于は首を傾げる。 「亮の花嫁姿を見てから、ずっと黙り込んでるんだもの」 「ああ、苦労するだろうな、と思った」 軽く眉がより、なにやら不機嫌そうな表情になったきり、また黙り込む。 そんなジョーの横顔を、須于は見上げる。 元々、見事なばかりの金髪と、まるでガラス細工ではないかと思わせるほどに澄んだ青の瞳だと思っていたが、今はその色には納得がいく。 彼にその色を与えたのは、伝説的俳優のカール・シルペニアスと、『Aqua』で知らぬ者はいない女優のキャロライン・カペスローズだったのだから。 でも、その色は、リスティアではあまりにも目立ち過ぎる。 その色のせいで、ジョーはなにかと苦労があったのに違いない。 普通ならばあのキレイさは、ただ見惚れるだろうに。 現に、須于だって言葉を失うほどにみとれた。だから、男性ならばよけいに、と思ったのだが、ジョーはそうではなかった。 「ね、ジョー?」 まだ、不機嫌そうなままの視線が須于へと向く。 「その髪と瞳、嫌い?」 一瞬、軽く眼が見開かれて、そして、ふ、と口元がゆるむ。 「いや」 ジョーらしい簡潔な答えを返す。 もって生まれたモノを変えることなど出来ない。それならば、忌み嫌うよりも利用することを覚えた方がずっといい。 亮も多分、時として武器になることを知ってる。だからこそ、引き受けた。 今日も間違いなく、皆騙されるだろう。 麗花が、にやり、と笑う。敏感にその表情に気付いた俊は、軽く口を尖らせる。 「なんだよ?」 「いや、ぜひ兄上の感想を聞いてみたいと思って」 むう、とさらに唇の高さが高くなる。 「惚れそうなくらいにキレイでしたよ、はいはい」 面倒くさそうに言うと、ふい、とそっぽを向く。 に、と麗花の笑みが大きくなる。 「あの格好だと、亮の線の細さが際立つもんねぇ?」 「何が言いたい?」 「守ってあげたい?」 ごく、涼しい顔で麗花は言ってのけた。いつも通りの、からかう笑顔で。 でも、その言葉はなにかで切りつけたかのように鋭い。 ぐ、と一瞬、つまる。 亮の、触れただけで今にも消えてしまいそうな花嫁を見た瞬間に、どきり、とした。幼い頃、いつもベッドの上からほんの微かな笑みを浮かべて自分を見つめていた亮を思い出して。 軍師そのものな瞳を見て、それが演技であることに気付く。 それが、ベッドの上であろうと、ウエディングドレスを着た姿であろうと。 亮は、いつも全てを知っている。知らなかった俊が、祖父に手を貸した母を救ったのだということがわかっても、それでもどこかにもどかしさがある。 そのことを思い出さされて、イライラしている。 が、すぐに言い返す。 「今はそんなこと思ってねぇよ」 「じゃ、なんでそんな不機嫌になるの?キレイだねぇ、でいいじゃないの」 守りたかったのに、守る相手はいなかった。 でも、それは、あくまで俊の勝手な願望だ。亮はわずか五歳にして、その願望を見抜いてあれだけのことをやってのけた。 ずっとずっと、先を歩かれているようで。 今は、一緒に仕事を片付けてると思いたいけれど、それでも心のどこかで。 相変わらず、麗花は微笑んだまま続ける。 「相手の理想に合わせ続けるってのは、必要だとわかっててもものすごく消耗するよ」 「…………」 俊の眼が、見開かれる。 自分の考えていることを見透かされたから、というよりは。 「それって、亮でもか?」 「当たり前でしょ?ましてや俊と血を分けた兄弟なんだよ?誰かの背にかばわれて良しとする性格なわけ?」 今度は、ぽかん、と口が開く。 「…………」 「ひどいマヌケ面だよ」 ぼそり、と麗花。 指摘されて、慌てて口をぱくり、と閉じる。が、その口はもう一度開く。 「……なるほど、やっとすっげー納得した」 麗花は、妙におかしそうに肩をすくめて笑っている。いつも通りの笑顔で。俊も、一緒に笑い出す。 こんな簡単な答えに気付かなかった自分が、それはそれでらしい気がしたから。 忍に手を取られた亮は、空いている手で実に器用に裾をさばきながら走る。 ほぼ、いつも通りのスピードで走る忍についてくるのだから、その器用さたるや押して知るべし、だ。そして、その瞬発力には恐れ入る。 どちらからともなく、忍と亮は顔を見合わせる。 「そろそろだな」 「ええ」 ほんの微かに頷いて、亮は顔を上げる。 目前には、忍たちを捕捉しているカメラ。そこで、にこり、と形の良い口の端を持ち上げる。 手にした総レースのハンカチが、カメラのレンズを覆うように、ひらり、と舞う。 と、同時に隠し扉へと姿を消す。 やっと曲がってきた追っ手たちが、戸惑った声を上がるのが聞こえる。 「き、消えました!」 隠し扉の向こうの細い通路で、もう一度顔を見合わせる。 作戦通り、というわけだ。 に、と忍の顔に笑みが浮かぶ。 「なんか、映画みたいで面白いな」 ぼそ、と告げると、亮も、にこり、と微笑み返す。 化粧は口紅だけのはずなのに、肌が白いせいか、今走ってきて頬がいくらか紅潮しているせいか、相変わらず完璧な花嫁だ。 「ホント似合うなぁ」 思わず言ってしまう。気付いて、慌てて付け加える。 「あんま嬉しくないのかもしれないけど」 亮の笑みが少し大きくなる。 「随分小さい頃、子供服のモデルをやらされたことがありますよ」 「それって?」 軽く肩をすくめる。 「ご想像通りです」 ということは、間違いなく女の子の服だ。なるほど、確かに似合うだろう。 遠い昔に出会った、天使のような少女のように。 あの時は、似合ってるという言葉を言うのでさえ恥ずかしかったな、なんてことを、ふと思う。 亮は軽く裾を直しながら、首を傾げる。 「僕が着たのでは、幸せなというよりは、なにか企んでいそうな花嫁に見えそうですが」 ふき出しそうになったのを、忍は必死で堪える。 「そりゃ、今日にまさにぴったりじゃないか?ホンモノと入れ替わった上に逃亡する花嫁なんだから」 「なるほど、それは一理あります」 妙に納得されてしまい、また笑いそうになる。亮も可笑しくなってきたらしく、口元の辺りが笑いっぱなしだ。 その笑顔のまま、首を傾げる。 「さて、仕上げに行きましょうか?」 「だな」 隠しておいた端末を手にし、通路を抜けてエレベータのスイッチを押す。 降りる先は、地下駐車場。 そろそろ抜け出すだろう二人を、待ち構える為に。 ちなみに、二人の姿が透子に発見されたのは一真との話も終えた後のことである。 2004.05.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜How to make the fourth bride〜 |