『 それぞれの理由 』
「バッカみたい」 が、白鳥香奈が否定してのける時の口癖だ。 必要最低限の授業のみで、とっととどの教科もクリアしてってしまうのだから、合わせてスキップ試験も受けていれば、少なくとも女子最短記録くらいには並ぶだろう。 が、香奈は、空いた時間の全てをバイトに当てている。 学校にいる時間よりもバイトしている時間の方が長いから、本職といっても差し支えないかもしれない。 相当な金額を稼いでいるのは確かなことで、父の命を繋ぐ為に、彼女は大金が必要なのだ。 とっとと卒業して仕事についてしまえば、本職として仕事をすることが出来るし、より大金が手に入るはずだ。 なのに、香奈はそうしない。 良かれとアドバイスする教師や施設の職員らは、皆、たった一言で片付けられてしまう。 「バッカみたい」 他に言葉もありそうなものだが、この一言で彼女がなにが言いたいのか、最もはっきりと伝わってもいる。 自分の人生は自分で決めるから、余計な差出口はするな。 もっとも、香奈のあからさまできっぱりとした拒否が目立つだけで、彼女と同じ年頃の一部は、多かれ少なかれ、そんな部分を持ち合わせている。 学年どころか学校一のんびりしてると言われている荻那弥生でさえも、だ。 スクールを卒業したのなら、後は正真正銘の一人で生きていかなくてはならない。 そのことを、誰よりも理解し、自覚している一部の子供たち。 なりたくて、なったのではない。 リスティア全国に衝撃を与えた、『ハイバの惨劇』。 その犠牲者は、死んでいった親たちばかりではない。 いや、残された子供たちの方が。 「ほっといてくれっていう気持ちは、わからないでもないんだけど」 香奈の一言をやられた、今年の担任は苦笑混じりに言う。 「あれだけの大金が必要ならば、なぜ、スキップして卒業しないのかねぇ?」 しばしの間の後。 どうやら周囲には自分しかおらず、問いは己に発せられたらしいとやっと気付いたかのように、新人教諭の濱野亜里沙は目をぱちくりとする。 「それは、彼女なりの理由があるからじゃないでしょうか」 「そんなもんかねぇ?」 担任の向こう側から、ひょこんと顔を出した少女が、にこり、と亜里沙へと笑みをみせる。 「はい、私もそう思います」 荻那弥生だ。 「荻那も言うんだから、そうなんだろうなぁ」 私には理解出来ないな、というのがありありの声で言うと、担任は席を立つ。 亜里沙と弥生は、どちらからともなく顔を見合わせる。 「どうせいつかは、嫌でも社会人だもんねぇ。別に急がなくてもいいと思うけどなぁ」 亜里沙が言うと、弥生は笑みを大きくして、こっくりと頷く。 「はい、里奈子先生も言ってました」 ああ、やっぱりこの子は気付いてる、と亜里沙は思う。 田中里奈子、『ハイバの惨劇』で犠牲になった、唯一の教師の名だ。 彼女に年が少々離れた妹がいたことは、世間には知られていない。幼い頃に両親が離婚して、別姓になっていたからだ。 不仲になって別れたというよりは互いの仕事に入れ込みすぎてという感じで、子供の行き来は自由だったから、姉と疎遠ということはなかった。 里奈子の話を聞いていたからこそ、亜里沙は教師になろうと思ったのだ。 悲劇のヒロインのように祭り上げられてしまった姉が、本当はそんな気などなかったとイチバン知っている。そして、そのヒロインの名などむしろ迷惑だと思う。 ただ、卒業まで面倒を見ることが出来なかった子供たちのことは、気にかかっているだろう。そう思ったから就職先はハイバに決めた。 姉は母似だったし、自分は父似だ。苗字も違う。言われなければ、里奈子の妹だとは、誰も気付くまいと思っていたのだが。 はっきりと口にはしないが、弥生は気付いている。 「里奈子先生、好きなんだね」 「大好きです、皆、大好きですよ」 うん、私もお姉ちゃんのこと、大好きだよ。心で呟く。こみ上げてきたものを、ぐっと我慢しながら。 「私、亜里沙先生も好きになると思うな」 弥生の言葉に、亜里沙はいくらか驚いて眼を見開く。それから、笑顔になる。 「そうなら、嬉しいな」 少し考えてから、付け加える。 「弥生ちゃんは、とても優しい子だね。一緒にいる子は、幸せだね」 言われた弥生は、いくらか首を傾げる。 「ホントに、そうだといいけど」 「大丈夫だよ」 にこり、と微笑んだ弥生は、こくり、と頷く。 「ずっと、香奈たちに一緒にいたいなって思っててもらえるように、頑張んなきゃ」 それだけ言うと、弥生はくるり、と背を向ける。 2005.02.06 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Each cause〜 |