『 嘘の中の 』
視線が合った瞬間に、彼の表情は皮肉なモノとなる。 「相変わらずオメデタイままというわけか、呆れたものだな」 こわばった自分の顔が、さらに凍りついたのがわかる。ヒナは、ぐ、と手を握り締める。 国務長官であるはずの男が、実はモトン王国最大の密輸組織首領であり、国家転覆計画をも立てていた。 そんなことを知らされれば、ショックに決まっている。 まして、自分のコトを想ってくれていると心底信じている相手ならば、尚更。 文字通りの箱入りで育った、モトン王国の姫であるリリカの衝撃を言葉で言い表すのは難しい。 全てが嘘だったのかどうか、確かめてきて欲しい。 涙の滲む声での乳兄弟の頼みを、無下に出来るわけなどないではないか。 なのに、今までの柔らかな顔など想像もつかないようなら冷笑を向けられるとは。 怒りよりもなによりも、ただ悔しさがつのる。 ヒナの顔つきを見て、ロヒアの口の端の笑みが大きくなる。 「どうせ、姫のご命令通り、なにも考えずにのこのこと来たんだろう?そうだな、大方、俺の真意を確かめろとかなんとか?」 今、まさに考えていたコトを言い当てられて、思わず目を見開く。 その表情に、ロヒアは吐き捨てるような笑いを漏らす。 「図星だな。その答えなら、もう出たろう。帰れ」 「いいえ!」 思わず返してから、ヒナは自分の口元に手をやる。 反射的に言ってしまったが、ロヒアの言う通り、リリカの得たい答えはもう手にしている。 考えられるうちで、最も最悪の答えを。 リリカを傷つけられるだけ傷つけた相手の顔なぞ、いつまでも見ていたくなどない。 そのはずなのに。 ロヒアに逆らいたくなったのだろうか。 違う、なにかがつっかかった。 必死で、考えを巡らせる。 「……あなたは……あなただって、オメデタイわ」 「ほう?」 ロヒアは、嫌な笑みを浮かべたまま、こちらを見つめている。 どういうことなのか、問うているらしい。 その冷たい視線を見つめているうちに、おぼろげにカタチになってくる。 「だって、そうでしょう?これだけの罪を犯しながら、まだ、どこか心の片隅で貴方を信じている姫にうまく取りすがれば、延命の可能性だってあるはずだわ」 大甘な可能性だが、今までの王と王子のリリカへの甘さを考えれば、あながち大げさではないはずだ。 ロヒアは、口を開かない。 ただ、ヒナの顔を見つめている。 「その可能性を知らないわけが無いし、貴方ならどうすればうまくもっていけるのか、知っているはずだわ」 そうでなければ、リスティア総司令部の力を借りねばならぬほどに大事にはならなかったに違いない。 間違いなく、目前の男はとてつもなく切れる。 捕まってからの時間を考えれば、この男ならばとっくに冷静になっているはずだ。 だとすれば、煽るような口調には理由があるはず。 「何を企んで……」 語尾が立ち消える。 相変わらず、ロヒアの口元には冷たい笑みが浮かんでいる。 だが、視線は。 人は、矛盾を抱えているもの。 そう言ったのは、誰であったのか。 モトン王国の根幹を揺るがすような真似をしておきながら、それでも確かに、ロヒアは国務長官だった。 母の違う子も、それなりにいると知った。 でも、リリカには指一本触れてはいない。 なぜ? その問いには、けして答えは返らないと知っている。 泣きたい気持ちを、抑えて立ち上がる。 滲みそうな瞳を、必死で凝らして、ロヒアを見つめる。 「貴方のお気持ちは、よくわかりました」 ロヒアの凍った笑みが大きくなる。 「どこであろうと、見ているぞ」 目前の写真に、ヒナは思わず瞬きをする。 あの日、リリカには最初にロヒアが言った通りの言葉を告げた。 オメデタイ、と。 トドメであったと思う。 そして、あの日からヒナは変わった。ただ、唯々諾々とリリカの思いを遂げてみせるだけの侍女ではなくなった。 必要とあらば、耳に痛いことも口にする。 国外にはとても出せない箱入り娘だった姫君は、明日、他国へと嫁いでいく。 引き出しの奥深くに閉まっていたはずの、ロヒアの写真。 あの日から数日して、それでも捨てることが出来ないから始末して欲しい、とリリカから託されたものだ。 リリカにとって、それは精一杯のことだったのは、ヒナが最もよく知っている。 捨てたふりをして、それをしまいこんだ。 あの日のやり取りを、忘れないために。 まるで計ったかのように、今日出てきたそれに、ヒナは微笑む。 まだまだ、ロヒアの理想とする侍女には遠いと思う。 嫁ぐリリカの、真の侍女たらんと、改めて誓う。 2005.11.27 A Midsummer Night's Labyrinth 〜in bushel of lies〜 |