『 放たれたモノ 』 一方的な会話終了を単調に繰り返し続けている受話器を、叩きつけるように置く。 それから、あの男の言った『忘れ形見』という単語を思い出して、引きつる様な笑いが喉元にこみ上げるのを感じる。 成長するにつれ、あまりに似た容姿になっていっていることは、誰よりも健太郎が知っている。 柔らかく微笑めば、ただ一人、想った人に瓜二つだ。。 だが、心から微笑むことなど、一生あるまい。 その責任の一端は、間違い無く自分にある。 喉元にこみ上げた笑いが口からあふれそうになった、その時。 背後の気配に、健太郎はふり返る。 同時に、いくらか目が見開かれる。 「忍くん」 思わず、名を呼んでしまう。 忍は、いくらか困ったような笑みを浮かべる。 「すみません、ここしか思いつかなかったんです。裏を使ったので、ご迷惑はおかけしてないと思うんですが」 裏の意味を、健太郎が知らぬはずもない。 忍がそれを知っているとすれば、ヒトツありえない可能性を考えなくてはならないことも。 「では……?」 上手く言葉にならず、首を傾げる。 忍は、はっきりと頷く。 「以前、うかがったことがありますよね」 確認になるのも当然だろう。 ただ一度のことだったし、幼かった。 いや、そうではない。 一人を救うには、あまりに知りすぎてしまった故に、その記憶は、封じ込まれたはずだ。 「ああ、あるよ」 やはり、それ以上の言葉が見つからない。 ただわかるのは、コトが動き始めた、という事実だ。 いつまで、整理出来ない感情に飲み込まれてはいられない。 「すまないが、先に状況確認をさせてくれ。あの男は工場を爆破させたようだが?」 「ええ、亮が思い通りに動かないとわかって、仕掛けてきました。ちょうどいいので、隠し駒を作っといた方がいいと思ったんです。亮は、俊たちの方に戻っています」 冷静な口調が、ふ、と止まる。 「なにか、あったかい?」 「ケガが、酷くないといいんですが」 爆破のとばっちりを、亮が喰らったらしい。健太郎は、軽く肩をすくめる。 「動けるのなら、仲文がどうにかしてくれるさ、大丈夫だ」 心配でないわけがない。だが、この状況で弱気になる暇は無い。 「それよりも、忍くんには随分と迷惑をかけてしまった。すまない」 頭を下げられて、忍は慌てたように首を横に振る。 「いえ、俺はずっと気にかかっていたことが思い出せたので」 視線での問いに、いくらか照れ臭そうになる。 「誘拐されたのを忘れるってのも嫌だったんですけど、なんていうか大事なことを忘れている気がしていて」 「そうか」 口元が、微かに緩む。 亮が、出来うる限り、巻き込まぬようにコトを進めているのは知っている。自分に関わらせないようにしようとしていることも。 だから、お見合いの後、気分転換に誰か呼んでもいいと言った時、忍の名を上げた時にはいくらか驚いた。 自分の記憶の意味を知ってから、亮は人形と化すことを選んだ。自分の為には、何ひとつ望まない。 それが、『第3遊撃隊』の軍師となってからは、少しずつ変わってきている。 それは、きっと亮一人の変化ではない。 今なら、真実を口にしても、壊れずに済むのかもしれない。 俊も、彼女も、現実と向き合う時が来た、ということなのかもしれない。 「連絡が入るまではゆっくりしていなさい。ひとまずは、俺が引き受けるから」 「ありがとうございます」 相手が誰なのか、おおよその察しはついているのだろう。もしかしたら、相変わらず勘違いしたままらしい男が、好き勝手を言ってのけたかもしれない。 「では」 「あ、ヒトツだけ」 振り返った健太郎を、まっすぐに見つめながら、忍は一気に言う。 「忘れたいような記憶では無かったんですが」 どこか、痛みのある笑みが浮かんだことに健太郎自身が気付いているのかどうか。 「封じ込める必要があると判断したのは忍くんではない、ということだよ」 一瞬の間を置いてから、付け加える。 「本人に、訊いてみるといい」 その言葉の意味がわからない忍ではない。静かに頷く。 歩き出しながら、考える。 いつか、『時』が来るまでに、どこまで変わっていけるのだろう? 少なくとも、次は自分が解き放つ番だ。 もう一度、彼の記憶を封じ込めなくても済むように。 一度でもいいから、心より微笑むことが出来るように。 2005.11.29 A Midsummer Night's Labyrinth 〜It's effulged〜 |