『 苦い真実 』 堂々と告げてやるはずだったのに、声が震える。 「さ、沙羅に手を出すのはやめてもらおうか」 彼は、いくらか目を見開く。 晴天の霹靂であったのに違いない。 大きく息を吸う。 順序だてて少しずつなど、とても無理だ。 「僕と沙羅とは、ずっとずっと一緒にいたんだ。この時間は、誰にも負けない。お前なんかよりも、ずっと沙羅のことを知っているのは僕だ。誰よりも、沙羅を想っているのは僕だ」 一気に言ってのける。 ややしばしの間の後。 彼は、静かに口を開く。 「確かに、時がはぐくむ想いもあるだろう。でも、時など簡単に越えてしまう想いもある」 なんの曇りも無く澄んだ瞳が、まっすぐに見つめている。 「沙羅が、君の想いを知り、それを受け入れるというのならば、その時は一人で帰ることになるだろう」 「な……」 ふ、と彼の目元に寂しさが宿る。 「彼女が幸せなのが、なによりも大事なことだから。君も、そうだろう?」 疑いもせず問われて、唇がわななく。 「と、当然だ」 違う、何を言っているのだ、この男は。 幸せになって欲しいんじゃない。 幸せになりたいんだ。 彼女がいないと、幸せになれないんだ。 違うのか、この男は。 いや、そうじゃない。 自分などより、ずっと大きいのだ。 心のどこかで、気付いていたことを思い知らされる。 彼は、彼女の本当の幸せを願うことが出来る。 そんな彼に、彼女が惹かれるのは当然のこと。 それでも、想いは抑えられない。 彼女がいなくては、幸せになれない。 もう、自分に残されている選択肢は一つしかない。 それは、彼が言うように、彼女へと想いを告げることではない。 そんなことをしても、彼女は自分へと振り返りもしない。 だから、やるべきことは一つだけだ。 彼女が他人のものになることなど、絶対に許すことは出来ないから。 2006.03.19 A Midsummer Night's Labyrinth 〜As bitter a truth as it may be〜 |