『 新しい出発 』 剣呑な目つきに囲まれた中で、仁未は軽く首を傾げる。 なんで呼び出されたかわかっていない、と正しく理解した、中の一人が不機嫌そうに切り出す。 「いい気になってるんじゃないってことよ」 「そうよ、ちょっと人より勉強が出来るからってさぁ」 出来うる限りのスピードでスキップしたことは確かだが、それに関して難癖をつけられる覚えは無い。 選択肢として提供されている以上、選ぶのは自由のはずだ。 全く話が見えずに、ますます仁未の顔は困惑気味になる。 「どうやって取り入ったんだか、高崎くんだけじゃなくて、安藤くんまで自分のモノってわけ?」 そこまで言われて、やっとのことで理解する。 卒業資格の為のエキザム直前に、また手出しをしてこようとした連中を、広人と仲文がのしてくれた。以降、アルシナドにいながら、なにかと気にかけてくれているのは確かだ。 この年齢で国立大学に入学するというので、奇異の目で見られがちな中で、気軽に話すことの出来る数少ない相手でもある。 そんなこんなで、連絡は頻繁に取っていることは事実だ。 が、直に会ったりしてはいないのに、どこから嗅ぎ付けてくるものだか、と考えるとむしろ感心してしまう。 こうして自分に文句つけている暇があったら、ご当人たちに連絡取るとかにエネルギーを傾けた方が、よほど前向きだと思うのだが。 なんとなく冷静なのは、エキザム絡みで手を出してきた連中の時のように正体が見えないわけではないからかもしれない。 いや、それ以上に。 そこまで考えたところで、新たな声が加わる。 「よう、九条、迎えに来たよ」 場の雰囲気にそぐわないことこの上ないのん気な声は、振り返らずとも高崎広人のモノとわかる。 が、なぜにこんなところに、と最も不信な顔つきで振り返る。 「迎えに?」 「うん、今日引越しって言ってたからさぁ、男手いると思って」 ほら、ともう一人を指す。 仲文も、ごくあっさりと手を振る。 「よ。運び出しも手伝いいるだろ」 引越し屋にそれは頼んだ、という単語は、喉元で引っかかって止まる。 に、と広人の口元が持ち上がったからだ。 「ま、荷運び要員兼、ほにゃららってとこ?」 「引越し屋、家の前に来てたぞ、ほら」 仲文も、背後の連中は目に入らぬ様子で差し招く。 「うん」 こくり、と頷いてから、仁未は背後を振り返って、ポケットから何かを取り出して軽く振る。 「あのね、今の録ってあるから」 言うべきことだけ言うと、二人へと走り出す。 すっかり、絡んできた連中が見えなくなってから。 広人は、相変わらずの笑顔で問う。 「大丈夫だった?」 「ええ、そんなことだと思って、証拠押さえておいたから」 と、先ほどの連中に見せた小さな録音機を取り出すと、仲文が苦笑する。 「さっそく実践か」 「しょうがないやな、九条、キレイなんだもんよ」 さらりと言えるあたりが、広人たる所以か。 言葉に詰まっていると、仲文もこくり、と頷く。 「アルシナドにいる時は、出来るだけ俺達がどうにかするから」 「ちゃんと言えよな」 口々に言われて、仁未はしっかりと頷く。 「うん、ちゃんと言うよ」 それから、笑みを大きくする。 私が取り入ったんじゃないよ、二人から、助けに来てくれたんだよ。 さっきの連中にそう言ったら、きっととんでもないことになるだろう。 火に油を注ぐような真似はする気は無いが、また手出しをしてきても大丈夫。 なんせ、二人も騎士がいるのだから。 やりたいことも見えた自分は、きっと無敵だ。 2006.03.22 A Midsummer Night's Labyrinth 〜take her departure〜 |