『 証明写真 』 総司令室の机上へと並べられたソレを麗花が興味深そうに覗き込む。 「皆の揃ってるの、初めて見た」 「まぁな、そもそも滅多に出さねぇし」 ごくあっさりと、俊が同意する。 何のことかといえば、リスティア軍のlDカードのことだ。表向きの所属部隊、氏名、顔写真の記載の他、個人判別用のチップが入っている。 リスティア総司令部の軍隊に関係する場に入る時には提示するのが基本なのだが、『第3遊撃隊』の場合、行くとすると更に高度なパスがいるところばかりなので、機会自体がほとんど無い。なので、互いのを目にすることも無い、というわけだ。 「にしても、嫌にしみじみと眺めてるな?」 忍の問いに、麗花は笑みを大きくする。 「だってさ、ほら」 指す先を覗いて、忍も、にやり、と笑う。 「そういうことか」 本格的な訓練を始める前の写真なので、今より線が細い。身に付けている制服にも着られてしまっている。 でも、そんなこと以上に、だ。 忍まで笑ったのに興味惹かれたらしく、ジョーと俊、須于も身を乗りだす。 「ああ」 「六人並ぶと、なんか笑える」 カードの写真のことだ。軍ということを意識したのか、妙に構えた顔つきばかりだ。 一緒にいる時にはあり得ないクソ真面目が並ぶと妙なおかしさがある。 「なんかこう、軍隊へ入るぞっていう意気込みが感じられるっていうか」 「空回りしそうな雰囲気だよな」 一人、笑えるという感覚がわかっていないらしい亮が、いくらか首を傾げる。 「たいていの方がそんな雰囲気ですよ」 健太郎の手伝いの関連で目にしたことがあるのだろう、実感がこもっている。誰でも、軍という存在にはそれなりに緊張するのかもしれない。が、それだけとも言えない。 「書類とか用になると、何か構えちまうってのはあるよな」 「ああ、願書とか、履歴書とか」 忍と俊が口々に言うのに、須于が頷く。 「でも、コレに比べたらたいしたこと無いかもしれないわね」 確かに、須于の表情はかなり硬い。この写真を撮った頃のことを考えれば、さもありなん、だ。 当時の事情を鑑みて、忍は再度見直してみたらしい。 「なるほどな」 写真など慣れきっているはずの麗花の顔にも緊張がある。他国で別人になりきるというのも、国元の状況もプレッシャーになっていたのに違いない。 忍が何を察したのかわかったらしく、麗花は照れ笑いする。 「でも、亮とジョーはこれがデフォって感じもするね」 「それはそうかも」 「ジョーが笑ったところって、初めて見たのいつだろ?」 口々に言われ、ジョーの顔に困惑が浮かぶ。 「『第3遊撃隊』存続が決まった時には、口元は緩んでいたように思いましたが」 「いやそれ、亮に指摘されたくないだろ」 俊がすばやくツッコミを入れる。かすかに首を傾げたのは忍だ。が、何かに思い当たったらしく、視線をジョーへと戻す。 「『緋闇石』の頃は、笑う余裕なんてなかったもんなぁ」 「ああ、期間内に奪還出来るかというので一杯だったからな」 言われて、ぎくりと俊は首をすくめる。 「うわ、なんでそういうところで息が合うんだ」 「合うもなにも、事実だもの」 との須于のトドメに、思わず撃沈する。が、すぐに顔を上げる。 「で、ジョーが笑ったのはいつなんだよ」 「さぁなぁ、声が出たのはけっこう後の気がするけど」 「ねー」 皆で頷きあっている。が、話題が引き戻されてしまったジョーは、軽く眉を寄せる。 「亮も遅……」 言いかかって、口をつぐむ。 麗花が苦笑する。 「そうなんだよね、亮も声は出ないけど、鬼軍師しなくても良くなってからは、案外穏やかに笑ってるんだよね」 それだけ最初の毒舌のインパクトが強かったということだ。 「麗花はうるさいくらいだけどな」 脊髄反射で返した俊は、言ってから首をすくめる。が、麗花はツッコミ返さずに、ふふんと鼻を鳴らして胸を反らす。 「笑いは健康にいいんだから」 「学会でも発表されていますね」 亮が頷いたのに、俊は目を丸くする。 「本当かよ?」 「新聞でも話題になっていたが」 ジョーが言うと、須于も頷く。 「テレビでもやってたわよ。声をたてて笑う方が効果が大きいのよね」 「強引に笑顔作るだけでも違うらしいな」 忍に締められて、俊の顔つきが急に不信そうになる。 「また、そうやって俺を担ごうってんだな。騙されねぇぞ」 目を真ん丸くした麗花は、忍を見やる。忍は、軽く肩をすくめる。 それで、素で俊が言っていることを理解した麗花は、大きく吹き出す。忍も肩を震わせているのを見て、ジョーにもどういうことかわかったらしい。軽く眉を寄せる。 「本当に政経面しか読んでいないんだな」 しみじみと言われ、俊は少し目を見開く。 「え?マジなん?」 「ま、気持ちはわかるけど。天宮に戻る宣言したんだかから、それじゃ不味いよ〜」 麗花が脅すように声を低める。 「心から信頼出来ると思った人間が、刺客だったりするんだからねー」 さらりと言ってるが、彼女にとっては常に現実であり続けることだ。ぐ、と俊は詰まる。 忍が、肩をすくめる。 「でもま、俊の場合、本能でどうにかしちまいそうだけどな」 「なんだよ、その動物扱い!」 俊が抗議したのと、ジョーが妙に納得した相槌をうったのは同時だ。 「そうだな」 「おい、ジョーまで?!」 麗花と須于までもが、深く頷く。 「あー、そりゃあるかもね。本人全く気付いてないの」 「そうねぇ、相手が立ち去った理由も綺麗になっていたりして」 亮が、微かに笑みを大きくする。 「それは、うらやましい能力です」 「ねー」 麗花が、もう一度深く頷く。二人がどんな経験をしてきたのか、少し垣間見えたような気がして、俊は言葉に詰まる。 が、すぐに首を軽く横に振る。 「んな、俺一人が幸せな能力なんかいらねぇよ。一人で知らねぇってのはゴメンだ」 「少なくとも『第3遊撃隊』にいる限りはそれは無いよ」 さらりと返したのは忍だ。 「なんせ、六人で『第3遊撃隊』なんだろ」 自分で言ったことだが、人から言われた時のクサさを思い知らされたらしく、俊は妙な顔つきになる。 それを見ているのかいないのか、亮が軽く首を傾げる。 「もしかしたら、証明写真にもそういうのは出るのかもしれませんね」 にこり、と微笑みながら、何かを取り出してくる。 「いい出来だと思うのですが」 並べられたのは、新しいIDカードだ。 表向きは退役してからも、総司令部に関わる人間はいる。『第3遊撃隊』という立場であった以上、『崩壊戦争』に関わる過去を知っている以上、コトがあった時には動かざるを得ないだろう。そういう時の為のモノで、昨今の状況から、早めに切り替えることになったのだ。 「へーえ、余裕だな」 笑みさえ浮かんでいるように見える六人に、忍が低く口笛を吹く。 声を立てて笑ったのは麗花だ。 「ジョーがタバコ加えてても驚かないねぇ」 「軍隊の証明写真って感じではないわね」 くすり、と須于も笑い、ジョーと俊も笑みを浮かべる。 確かに、軍隊らしくはないけれど。 間違いなく、それは『第3遊撃隊』らしい出来だ。 2006.03.26 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A identification card〜 |