『 雨の後の七夕は 』 スーパーの駐車場止まった車から降りて、須于は空を見上げる。 朝はどしゃ降りの雨だったのが、今はすっかり晴れている。七夕の天気としては上々といったところ。 ちなみにこの天気は、麗花の言うところでは皆して止むように祈ったから、であるらしい。 何事も祈って損が無いのよ、とは彼女の弁だ。 他の人間が言ったのなら、夢見がちとか子供だましだとかと思っただろう。 が、なぜか麗花が言うと説得力がある。だからこそ、忍も亮も、ジョーですら、うっかりと、せっかくなら止むといいかもしれない、などと思ってしまったのに違いない。 あくまで、須于の観察した限りでは、だけど。 今日の買い物当番は、須于とジョーだ。 ジョーは、一歩先を歩き出している。 歩幅の大きい彼に遅れないよう、須于も足を速める。 子供連れが多いからだろう、スーパーの前の広場のようなところには、見事としか言いようの無い大きな笹が飾られており、簡易のテントと机が用意されている。 短冊に、願い事を書いて飾るイベントが催されているらしい。 麗花が喜びそうだと思ったら、なんとなく微笑ましくて笑みが浮かぶ。 そんな様子を見てか、 「どうぞー」 と、明るい声でスタッフが短冊を差し出してくる。 明るい水色の短冊は、すっかりと忘れてしまった子供の頃の思いを思い出させるような優しい色だ。 なぜか、逡巡してしまった須于を見ているのかいないのか。 ジョーは、ごく自然にソレを受け取る。 それから、振り返って須于へと差し出す。 きょとん、と瞬いてしまった須于へと、表情を変えないままにジョーは言う。 「何事も、祈って損は無いんだろう」 それは、今日、麗花に聞いたばかりのどこか強引な理論そのもので。 だけど、更に説得力を増して聞こえるのは、二度目だからか、ジョーが口にしたからなのか。 あまりに自然な動作に、うっかりと短冊を受け取った須于は、思わず視線を短冊へと落とす。 せっかくジョーが受け取ってくれたものを無碍にする気にもなれない。 祈ると、するのなら。 あの日から、ずっと祈らなければならない時に、決まり文句のように思ってきた言葉。 書くのは、簡単だ。 半ば、機械的に書き始める。 大事な人がやすらかでありますように、そして、 ふ、とペンが止まる。 いつもの、決まり文句。 この前半が、変わることなど生涯無い。 だけど。 何事も祈って損は無い、と、麗花は言った。 まるで当然のことのように、ジョーが繰り返した。 きっと。 忍は、彼らしい頼もしい笑顔で頷くだろう。 そうだと思うよ、と。 三ヶ月を思い通りにしてのけた軍師は、食えない笑みで言ってのけるかもしれない。 足りないなら、してのける努力をすればいいでしょう、と。 何かに拗ねた俊だって、面倒そうでも言うかもしれない。 わかったわかった、祈ってやるから、と。 もう二度と、こんなことは無いと思っていたのに。 心からの祈りを込めて、書き綴る。 ここにいる人々が幸せでありますように。 私が大事だと思う、人々が。 そっと心で付け加えて、視線を上げると。 手近な笹の葉を引き寄せて、振り返っているジョーがいる。 なんとなく嬉しくて、微笑んで、短冊を手渡す。 それが当然のことのように、ジョーは短冊を結び付けてくれる。 確かに、きっと。 不意に、すとん、と心に収まる。 何事だって祈って損は無いのよ、と。 2010.07.07 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Star festival after rain〜 |