『 リスティアを駆け巡れ! 』 「いいかね?これは極秘裏に行わなければならない。我が社の一大プロジェクトなのだから」 椅子に座り込んだ男が、厳かに宣言する。 それぞれ流行の服装に身を包んだ若い何人かの男女は、まるで軍人のように一斉に起立し、敬礼した。 ソプラノからアルト、テノールまで様々だが、よく響く声は極めて同時に放たれる。 「了解です、社長!」 *** 「岳さん。ターゲット、彼等はどう?」 江李が低く囁く。 彼女はすらりと背が高い眼鏡美人だが、草の茂みに潜んで、街道を歩く人々を 覗き見ている様子は、傍目から見ればストーカーか変態にしか見えないだろう。 もっとも、私もその隣で同じことをしているのだから何も言えないが。 私は、今回の仕事で組むことになった江李の視線の先にある”彼女の眼鏡にかなった”二人組を見る。なるほど、アイスクリームを舐めながら歩くカップルは、波打ったロングヘアの美少女に少々ツッパリ気味の青年。見た目としては悪くない。だが、しかし。 「…駄目だ。あの二人の空気を的確に読み取れ。あれは数日前に片方―――おそらくは女の方だな――が別れ話を切り出し、男がそれをなんとか思い直させようとしている状態だ。雰囲気が最悪じゃないか」 「な、なるほど」 確かに、と離れていく二人を凝視しつつ納得した江李は、ふ、と感嘆の笑みを漏らした。 「やはり敵わないませんね、貴方には。さすが伝説のMr.恋愛だわ」 「そうでもないさ」 あまり格好良くない異名だが、私はその方面ではかなりの業績を誇っていると自負している。 恋愛映画。昔こそ純愛モノの映画は多くあったが、近頃は痛快アクション系統に押され、めっきり撮られる数が減ってきている。アクションを主に置き、恋愛はオマケ、といった作品が増えているのだ。 私は恋愛モノの映画を担当し十年は経つ、いわゆるベテランというやつだが、仕事の機会が減ってきていたために心苦しい思いをしていた。社長から召集がかかり内容説明があったときには喝采を叫んだものだ。 『売れる、本格的なラヴストーリー映画を撮りたい。役者の偽の愛ではなく、本物のカップルによる本物の愛を撮りたいのだ』 そうして、私達は「本物の愛」を持ち合わせた見目麗しいカップルを探しているというわけだ。最初はそれほど困難ではないように思われたが、それが甘い見方であったことをすぐに思い知らされた。愛に溢れつつ見た目の美しい男女というのは、そう多く居るものではないのだ。映画になるのだからそれなりに冴え在る顔立ちでなければならない。 おまけにじろじろと顔を見ては不審がられる。茂みから目だけを覗かせるという情けない格好なのも、そういう理由からだった。 「…岳さん!」 はっと現実に引き戻される。興奮した江李の声に、私は慌てて目を凝らした。 そして、瞳に映った男女の姿―――― 二人は、いちゃいちゃしている、という表現からはほど遠い。並んでゆったりと歩いているのだが、お互い視線を合わせているわけでもない。それなのにその空間は、酷く穏やかで満ち足りていた。 淡い空色のシャツに、白を基調とした丈が長めのスカートを身につけた少女の横顔は、清廉という言葉が似つかわしい。一瞬どきりとするほど暖かい微笑みが口元に浮かんでいる。近頃では珍しいくらいに艶やかで綺麗な黒髪が風に流れるのを、思わず私は目で追ってしまった。 そして、その隣の青年がまたいい。私の上を遙かに行く長身。これまたあまり見ない極上の金髪に、深い切れ長の青の瞳だ。端正ではあるが鋭さの勝る顔立ちに見る人によっては怖いという印象を受けるだろうが、その時の彼も少女と同じく小さく笑んでいた。それが胸を突かれるほど心底幸せそうで――――私の頬が緩んだ。人の心までを和やかにする力が、確かにそのカップルにはあったのだ。 彼等だ。 彼等しかいない。 私は確信した。カメラを取り出し、シャッターを何度も切る。青年の方が怪訝そうに振り返ったので一時撮影を停止したが、二人が遠くへ行ってからは、今度は望遠付きカメラを使用して何枚も重ねて撮り続けた。 *** 「どうです社長!この二人は!」 意気揚々と社長室に乗り込んだ私達だったが、先客がいた。私のライバルと公言してはばからない聡史と、その相方に選ばれたリエーナだ。 こっちに負ける気はさらさらない。あのカップル以上のカップルなど、滅多にお目にはかかれまい。 私は自信をもって写真を提出したのだが、そのとき聡史達の提出した写真も目撃することになる。 こ、これは……! 私は絶句した。あのカップルと渡り合える美貌と雰囲気を兼ね備えたカップルが、そこには明瞭に映し出されていたのだ。 ジーンズにトレーナー。およそ女性らしからぬ服装ではあるが、その美貌は並みの女性とは比較にならない。透き通るように白い珠の肌に、伸ばされた髪は触れれば壊れるのではないかと危惧するほど柔らかそうで、絹糸の如く美しかった。繊細で秀麗な、まさしく天女と冠せそうな美女である。 これほどまでに完璧な美貌の女性の相手はといえば、やはり精悍で見る者を引き付けそうな爽やかさに溢れていた。身長も高めで脚もすらりと長い。誰が見ても好印象を持つ、「好青年」の見本のような青年。そして二人が浮かべている表情も…… 「これは……素晴らしい」 写真をじっくりと眺めて、低く社長が呟いた。 「どちらも最高のカップルにして間違いなさそうだ。よし!この二組のカップルに映画出演の約束をとりつけるぞ!」 社長は燃えていた。 ―――――が。 いくら捜しても例の写真の美男美女は見つからなかった。 詳しくは話せないが、リスティア内でも有数の企業のトップである、社長の所持する膨大な情報網を持ってしても引っかからないのである。 「見つけ次第、映画主演依頼を!」 見つけた者には褒賞が出る、とWANTEDの文字と写真が貼られたポスターが大量コピーされた。増え続ける賞金に、社員は血眼だ。 もし見かけたなら、○○○−××××まで報告を求む。 私は彼等が映画に登場する日を今でも諦めていない。 〜fin. Copyright (C) 2003 Reru. All rights reserved〜 |