『 リスティアを駆け巡れ・2 企画編 』 手を、伸ばした。 光に透けて、呑まれてゆく色―――金の髪も、青の瞳も。 「……もう、行くのね」 残された時が僅かだと、知っていた。 初めて出会ってから言葉というものを話すことのできなかった青年は、この世に在るべき存在ではないことも分かっていた。 彼は異邦人。 決して交わってはならない人外の者。 ――――でも、それでも、傍らにいたかった。 最後は笑って、会えて良かったと、そう伝えて。 そうやって、別れようと。 身が千切れる思いで、やっと、決意して。 なのに。 「……………ごめん、なさい」 どうして涙は、溢れるのを留めてはくれないのだろう。 頬を伝って流れるそれを見れば、彼が辛くなるだけなのに。 辛いのは、私だけでいいのに。 ……面を上げると、そこには悲しげに、でも酷く優しく微笑んだ彼の姿があった。 薄れてゆく指先が、零れる涙をそっと撫でた。 視線と。 声が出せないのに、何かを言おうとしているのか、口を開く彼と。 眩き始めた世界が、視界から青年の身体を奪って行く。 『――――』 旋律。微かな、調べ? 呆然とした先に、口を動かして、最後のメッセージを届けようと。 彼が、消えていく世界に怒鳴るように叫んだ。 『―――――――――!!』 聞こえないのに。 聞こえる、最後の声。 「……!」 行かないで。 行かないで。 「……行かないで!」 堰き止めていたものたちはもう、いらない。 身勝手でいい。我が儘でかまわない。 お願い。 お願いだから。 「ヴェル――――――――!!」 私も。 一緒に、行かせて……! ◇ ◇ ◇ 「こ、……このシーンで一部完なの?」 目頭を時折押さえながら、黙々と『異邦人』のタイトルをふられた冊子を読み続けていた相棒の江李は、読了後に、予想のしなかった展開途中の区切りに対して困惑の声を上げた。 「二部構成になる予定だそうだ。元々は大まかなあらすじを記したものを、小説家の才二さんに書き下ろして頂いた」 「ええ、そのあたりの事情は伺っています。でもこれで一部完結では、見ていた方はたまったものじゃないわね」 「まあ、映画公開はまだ先の話さ。なにせキャスティングが決まってない段階なんだから」 筋の通った正統派眼鏡美女(そんな分類があるかは知らないが)である彼女江李は、一年ほど前から私と共に仕事に励んでいる。その仕事とは、知る人ぞ知る大手映画会社の企画部門、それも花形である原案作成や脚本に関わる内容だ。 『……今までにない斬新な、それでいて王道を行く恋愛映画を!』 社長が提示した一大プロジェクトは、主演カップルを捜す時点で頓挫していた。 めぼしいカップルはいた。いたのだが、初遭遇以来捕まらないのだ。 「……聡史さんとリエーナの方が見つけたカップルの方の情報が入ったらしいけれど」 「ああ、リスティアロイヤルホテルのポスターに二人がいたと。報告を受けたときは小躍りしたのだが」 実際、駆けつけた先にあったポスターに二人いた。 歓喜極まれりで二人の住所先を教えてほしいと頼み込んだのだがすべてノー。 どんな条件を出しても、どんな額の報酬を約束しても聞き入れてはもらえなかった。三日間ホテル前に居座り執念のみで居続けたが、出てきた責任者には「実際の所、こちらも知らないのよ」とやんわり返された。 「……リスティアロイヤルの専属モデルなのかしら?」 「そうかもしれないな。ともかくその責任者の目を見たら、絶対に話してくれなさそうだとは思ったよ」 帰り際、つけくわえられた言葉は、「それにもし会えたとしても、二人は絶対に断るでしょうね」という確信調の台詞。 「私達が見つけた方の二人は、目撃情報もないし」 この『異邦人』は、容姿に関して言えばかなりあのカップルを意識して書いてもらっている。片割れの青年が金髪青目なのもその為だ。了解も貰っていないうちから何をしているのだと言われそうだが、どうしようもない。見つけた瞬間に彼らしかいないと思った、あの衝撃は今でも薄れていない。 たった一人の家族であった弟を事故で失って、生きる力をなくした少女・悠華の前に現れた青年ヴィリス。初対面のとき、身体のあちこちに裂傷を負っていた青年を助けた悠華は、言葉を話すことのできない彼を介抱しながらしばらくの同じ時を過ごす。ヴィリスには人の心を読む能力があり、しばしの後悠華は彼が人間ではないことを悟る。それでも共にいたいと願い始めた悠華に、待っていたのはヴィリスとの永遠の別れだった…… と、いう感じで一部は終わる。詳しい内容もかなり出来上がっているのだが、如何せんキャストをどうにかしなければ映画は制作にも入れない。 聡史とリエーナの方は、二人は二人で彼らが見つけたカップルの方の脚本を制作しているようだが、あちらも出会えていないのだからこちらと似たりよったりだ。 「……いったい何処にいるんだろうな」 「本当に」 江李と二人で溜息をついて、パネルにしたカップルの写真を見やる。 電話連絡は、未だにない。 ・後日談 「岳さん!岳さんッ!!」 「……どうした?」 「見つかったわ!モデル勧誘業者の方から情報入ったのよ!スーパーで買い物してる例の彼らを目撃したそうよ!」 「彼ら?どちらだ!?」 「両方です!捜してた男性の方両方……信じられませんが、知り合いだと!」 それからは、てんやわんやの騒ぎだった。 目撃情報があったというスーパーに毎日十人近くが配備され、目を光らせ、周囲には聞き込みに社員が駆けずりまわった。 中には「知ってる知ってる」という人も現れ、いよいよ期待に社内はひっくりかえらんばかりの勢いだった。無論、私も。 目下捜索中。 見つかることを、信じたい。 〜fin. Copyright (C) 2004 Reru. All rights reserved〜 |