『 540 Jul.12th 06:12 』
いつものように木刀片手に降りてきた忍に、亮は笑顔を向ける。 「おはようございます」 「おはよう」 腰を下ろした忍の目の前には、ゆったりと湯気を上げる味噌汁におにぎり。 「いただいます」 軽く手をあわせて、さっそく忍はお碗を手にする。 「今日はカボチャか、美味い」 にこり、と、亮は、ただ笑みを大きくする。 おにぎりを、大口で食べながら、忍は少し首を傾げる。 亮の笑みに、なにかある。 「どうかしたか?」 なにも言っていないのに、亮の表情の微妙な差に気付くのは忍だけだろう。 ヒトツ、瞬きをしてから、微笑んで亮は頷く。 「ええ、実は、伝言をお願いしたいことがあります」 「なんだ?」 誰もいないのに、亮は軽く身をかがめて、忍の耳元へと口を寄せる。なにやら、内緒話の風情だ。 忍も心得て、耳を寄せる。 「俊がですね、軍隊関連のバイク免許を取得したんです。合格率は一割弱なんですよ」 忍の眼が、一瞬、珍しく大きく見開かれる。 すぐに、笑顔で頷く。 「了解、必ず伝えとくよ」 その笑顔は、みるみるうちにイタズラっぽいモノへと変じる。 「しかるべき人へ、な」 亮も、微笑んで頷く。 |
『 540 Jul.12th 08:48 』
朝ご飯を食べ終えた麗花は、部屋へ入ろうとして気配に視線を上げる。 「あ、おっはよ」 「おはよ」 口の端に、にやり、と笑みを浮かべて忍は近付いてくる。 「あのさ、伝言があるんだけど」 「伝言?」 大きな眼をくるり、と見開いて、麗花は興味深そうに首を傾げる。 「そ、いいか?」 と、珍しく顔を寄せてきたのに、麗花の顔にも嬉しそうな笑みが浮かぶ。 きらきらものの瞳で、耳を寄せる。 「なになにー?」 わくわく顔の麗花に、忍は耳打ちする。 「俊がな、サイコーに難しい軍隊関連のバイク試験に受かったんだってさ。合格率なんて、一割いかねぇんだってよ」 麗花の眼が、これでもか、というほどに見開かれる。 が、すぐに満面の笑顔になる。 「ほほーう、なるほどねぇ」 忍を見つめて、大げさに腰に手をあて、大きく頷いてみせる。 「それは良く人を見てくれているってモノよ、まーかせて、ちゃんと伝えるわ」 「よろしく」 口の端の笑みを大きくして、忍も頷き返す。 |
『 540 Jul.12th 10:34 』
今日の買い物当番は、麗花と須于だ。そんなわけで、二人はスーパーの中をカートを押しながら歩いている。 妙ににまにまとしている麗花に、須于は軽く首を傾げながら尋ねる。 「なにか、面白いモノでも売ってる?」 麗花は、その手の楽しみを見つけるのは得意だ。が、今日は首を横に振る。 「ううん、違うー、今日はねぇ、須于に伝言があるの」 「私に?」 首を傾げる角度が、いくらか大きくなる。 「うん、須于に」 満面の笑顔で頷いてから、ちょいちょい、と手招きする。 「?」 相変わらず首を傾げつつも、須于は麗花へと顔を寄せる。 「耳貸してぇ」 言われるがままに耳を寄せる須于に、麗花は弾んだ声で囁く。 「あのね、俊が、ものすっごーく難しい、軍隊関係なバイクの試験に受かったんだって。なんとその合格率は一割いかないんだってよ」 須于は、思わず上げそうになった声を抑えるのに、手で口を覆う。 かなり驚いた証拠に、眼も丸くなっている。 「アレに受かったの?」 声を抑えて、尋ね返す。 メカ好きの須于は、俊が受かった試験がどんなモノか知っているらしい。 「そう、で、今日の買い物当番は、私たち」 麗花が、にんまり、と言う。須于も、にこり、と笑い返す。 「今日の予定は、買い物買い物買い物、そして伝言、ね?」 「大当たり!」 頷きあうと、足取り軽く二人で買い物の続きを始める。 |
『 540 Jul.12th 14:51 』
今日はジョーのコーヒーでお茶ね、と麗花が昨日から宣言していたので、ジョーは早めに豆を挽き始めることにしたらしい。 台所には、いい香りが漂っている。 そこへ、須于が笑顔で入ってくる。 「あ、やっぱり」 「やはり?」 ジョーは、怪訝そうに眉を寄せる。 「きっと、ジョーが豆を挽きはじめてるんじゃないかって思ったの。当たりね」 「まぁな」 怪訝そうな表情は、照れ臭そうなそれに取って代わる。 「いい香りね」 須于が眼を細める。 が、ジョーの方は、もう一度、怪訝そうになる。 「なにか、あったか?」 「そうねぇ、あったというよりは……」 珍しく、もったいぶっている様子に、ジョーは不思議そうな顔つきだ。 「あると言う方が正確かしら、伝言なの」 ますます不思議そうな顔つきのジョーに、須于は笑顔を寄せる。 「耳、貸して?」 ジョーは、まったく話が見えないまま、須于のちょうどの高さになるよう、素直に耳を傾ける。 須于は、ひそひそと告げる。 「俊がね、合格率一割もいかない、軍隊系列でもとびきり難しいバイクの試験に合格したんですって」 いくらか眼を見開いてから、ジョーは低く口笛を吹く。 「なるほど」 微苦笑が浮かぶ。 「了解した」 「お願いね」 須于も、笑顔で頷く。 |
『 540 Jul.12th 16:07 』
お茶の後片付けが終わって、皆が部屋に引き上げた後。 早めに入信された新聞を見ているジョーの脇に、俊が立つ。 「なにか、用か?」 怪訝そうな顔を上げたジョーに、俊はいくらか不機嫌そうな顔つきだ。 「言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよ」 「なんのことだ?」 ますます、俊は不機嫌さを増した顔つきになる。 「とぼけるなよ、お茶の間、ちらちらとえらい人の顔ばっか見てたじゃねぇか」 「ああ……」 妙に納得した声を出したくせに、ジョーの視線は新聞へと戻っていく。 「おい、人の話をきちんと聞けよ」 「ルール守れるようになったらな」 ぼそり、とジョー。 「え?」 今度は、俊が怪訝そうになる番だ。 「俺、なんかやったか?」 かなーり、びくびくとした顔つきだ。 軽く肩をすくめてから、ジョーは仕方が無い、というように顔を上げ、ちょいちょい、と指で手招く。 どきどきモノの表情のまま、俊はそーっと耳をかす。 いつもよりも、低めの声でジョーが告げる。 「最近、私用外出届出さずに出掛けてるだろうが。かなり問題になっているぞ」 「げ」 思い切り、思い当たるフシある。 焦り顔になる俊に、涼しい顔つきで新聞へと戻りつつ、ジョーが釘を刺す。 「今晩は、大人しくしてるんだな」 |
『 540 Jul.12th 18:26 』
扉を開けると、亮は珍しく、窓際に寄せた椅子に座って本を読んでいるところだった。 「どうしました?」 俊は、一瞬躊躇ってから、息を大きく吸う。 「あのさ、その、外出届のことなんだけど……」 「ああ、最近、少々お留守になっているようですね」 ただ事実としてでしかない口調で言われてしまい、俊は返って、びくり、とする。 「それって、やっぱ、マズイ」 本を閉じ、いきなり立ち上がったのに驚いて、一瞬言葉が途切れるが、亮の視線が続きを問うていたので、いくらか音量を下げて続ける。 「……んだよな?」 「フォローはしてありますから、表向きは問題ないですよ」 椅子を、机の側へと戻しながら、亮はあっさりとした口調で言う。 「フォローってのは」 「僕がしておきましたが?」 当然、亮しか出来ぬことでもあるのだが。 最も高くつく人に、借りをつくってしまったような気がする。困惑したまま、硬直している俊に、今度は亮が首を傾げる。 「用事は、それだけですか?」 「へ?」 「ですから、用件が済んだのでしたら、僕は夕飯の準備に降りたいんですが……」 「ああ、うん、ゴメン」 素直に、一歩引く。 部屋を出た亮は、扉を閉め、それから俊へと向き直る。 「で、そのことを誰に指摘されたんですか?」 「え?!」 さすがというべきか、当然というべきか、亮は、俊が自分で気付いたのではないということもわかっているらしい。 妙に隠したところで無駄なことはわかっているので、素直に告げる。 「ジョーに……」 「そうですか」 にこり、と亮の顔に明るい笑みが浮かぶ。 その表情に、ぽかん、とした表情を浮かべた俊に、亮はその細い指を軽く振ってみせる。 「おわかりなら話は早いです。では、夕飯までの時間は部屋で大人しくしていていただけますね?」 笑顔でこの台詞は、はっきりと言って怖い。 俊は、素直に頷いて部屋へと戻る。 |
『 540 Jul.12th 19:39 』
「テスト合格、おめでとう!!!」 大きな拍手とクラッカーとに、俊は眼を丸くする。 夕飯と呼ばれて来てみたら、いきなりコレ。驚くなという方が、無理というものだ。 「え?なに?俺?ええ?」 話が見えていない俊に、忍が笑みを大きくしながら言う。 「だから、軍隊でしか取れないとかいう試験に合格したんだろ?」 「そうそう、合格率一割弱なんだってね、やるじゃん!」 麗花も、満面の笑みで拍手してくれる。 「あ、ああ、アレ……って、なんで知ってるんだよ?!」 「知らずにいろという方が無理ですよ」 あっさりと、亮。須于も頷く。 「あの試験、所属部隊の参謀官の推薦書もなくちゃ出願自体が不可能よ?」 「マジ?!」 ジョーの眼が、細まる。 「知らずに応募したのか……」 「だって、そんなこと、要項には書いてなかったぞ?!」 かなり焦り顔の俊に、亮は苦笑を向ける。 「確かに、表向きは書かれていませんね。当人に評価が読まれては意味がありませんから……参謀担当は客観性のある評価を求められていますし」 「でも、かなり知られているけどね」 須于が軽く肩をすくめる。忍もくすくすと笑う。 「まぁな、軍隊所属後に受験資格を取得できる試験はほとんどそうだ」 「まぁまぁ、それが俊らしいじゃない」 イチバンおかしそうに笑いながらフォローされても、ありがたみ半減だが。 「だな、ともかく、今日は俊の合格祝いってことで、俊スペシャルメニュー!」 「カレーはじめ、デザートまでばーっちり俊の好物でコーディネートしてみましたぁ!」 「亮と須于の力作だぞ」 口々に言われて、テーブルの上のごちそうの数々に目を奪われる。居間いっぱいにカレーのいい香りがしているのに、緊張のあまり気付いていなかった。 「すっげー!」 それから、気付く。 ジョーと亮が、なぜ、大人しくしていろと、釘を刺したのか。 部屋から出たら、カレーの香りはわかってしまう。ぎりぎりまで気付かせない為に、仕掛けたのだ。 もちろん、外出届の件自体は嘘ではないのだけれど。 「えっと、その……ありがとう」 素直なお礼に、五人の笑みも大きくなる。 「さ、まずは乾杯しようぜ」 忍が言い、頷いてジョーがボトルの栓を抜き始める。 格闘している間に、俊はそっと亮をつつく。 「あの、さ」 「なんです?」 「その……参謀官の推薦って……」 どんな判断を下されたのかは、気になるのが人情だ。 「知りたいですか?」 「うん、差し支えなければだけど」 が、亮の視線は、ジョーの手元へとその視線はそらされてしまう。 「抜けそうですよ」 その声に、俊も慌てて向き直る。 「よし、行くぞ」 ジョーのかけ声とともに、小気味いい音がして栓が抜ける。 「やほう!」 麗花の嬉しそうな声に、忍の口笛と、須于の拍手。 グラスがみるみる満たされて、六人の手に渡る。 「乾杯前にさ、亮の評価が聞いてみたいねぇ」 と、麗花。 「そうだな、ウチで参謀官の評価といえば、亮が書くことになるわけだ」 「そうね、合格したわけだし、差し支えないわよね?」 「ええええ?!」 そっと聞こうと思ったことを皆に言い出されて、俊は焦る。 客観性が求められるとされるものに、亮が情状酌量を入れるわけがない。はっきりきっぱりと言われてしまうのが、少し怖い気もする。 亮は、ゆるやかに笑みを浮かべる。 「『特にバイクに関わる事項については、特級技量が求められる作戦においても全くの懸念無く指示を完璧というレベルで遂行可能。管理に関しても同様』」 さらり、と言ってのけて、グラスを掲げる。 「史上最高の成績での合格を祝って、乾杯!」 「乾杯!!!」 すぐに、四人も続く。 一瞬、眼を丸くしていた俊も、慌ててグラスを上げる。満面の笑みを浮かべて。 「乾杯!」 2004.02.29 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Send Words Game〜 |