『 睡眠学習のススメ 』
教師たちが授業に工夫を加えたりとか、生徒の質問を前よりもずっと真剣に訊くようになったとか、それは全部、かの天宮健太郎並のスピードで二人の生徒がスキップしているせいだ。 やはり、生徒の努力の賜物だけと思われるのは、癪なもの。 どうせなら、世間の期待通りに、楽しくて思わず勉強したくなるような学校にしたいではないか。 松本和義だって、そう思っている。 思っているのだが。 「……そんなに、俺の授業ってつまらないんですかねぇ」 職員室の己の机で、しょぼーんと肩を落として俯いているいるのに、学年主任である高木淳子が首を傾げる。 「なんでそうなるんだ?悪い評判は、ひとまず聞いたことがないが」 「でもですよ?必ず、どちらか片方がいないんですよ」 がばっと顔を上げた目は、なんだか潤んでいるように見える。 なにやら、ここ一、二ヶ月元気がないとは思っていたが、悩みの原因はコレらしい。とうとう一人で考えているのに耐え切れなくなったようだ。 「どちらか片方?ああ、安藤と高崎か」 二人セットで名前無しですぐに思いつくのは、それしかいない。 「ええ、その二人です。モノの見事としか言いようがないくらいに、俺の授業には片方しかいません。半分しか授業に出ていないにもかかわらずですね」 「成績が飛びぬけてるのが、また切ないわけだな」 その点は、教師として大いに同情するところだ。 自分の授業に出ずに、勝手に勉強してるということなのだから。 「なるほどな、そういうことか。まぁ、ちょっと様子を見てみようじゃないか」 ぽんぽんと肩を叩いて松本を元気付けつつ、高木は首を傾げる。 さて、どうしたものか、と思ったのだ。 当人に訊くのも、あまり芸が無い……と思ったところで、おあつらえ向きの人物が現れる。 安藤や高崎に継ぐスピードでスキップしている九条仁未だ。最近、二人共仲がいいようだ。 「九条、どうした?」 高木に声をかけられて、九条は遠慮がちに首を傾げる。 「はい、松本先生に質問があったんですが……出直した方が良いでしょうか?」 「いやいやいや、大丈夫、聞くよ。何?」 伏せていたのが、勢いよく顔を上げて微笑む。少々痛々しいが仕方あるまい。 に、と高木は笑みを浮かべる。 「質問の前にな、九条。先ずは松本先生の悩みを聞いてやりなさい」 「え?」 「うわわわ、いや、なんでもない、なんでもない、高木先生!」 慌てて九条に向かって手を振ってから、またも涙目で高木をの方を松本が見る。押し殺しつつも、高木は笑い出す。 「それ、全くなんでもなくないから」 それから、九条へと向き直る。 「松本先生はね、自分の授業を必ず安藤か高崎にサボられてるのが悩みなんだよ。ほかではそういう話も聞かないしね」 さりげなくトドメを刺されて、松本は完全に机に沈み込む。 「安藤くんと高崎くんの、片方がいない?そうでしたっけ?」 いくらか考えるように、九条は首を傾げる。 やや、しばしの間の後。 ぱ、と明るい笑みが浮かぶ。 「ああ、それ、気にすること無いですよ」 「へ?」 マヌケな声を出してしまったのは、松本だ。いやに明るい笑顔なので、高木も首を傾げる。 「どういうことだ?」 「だって、松本先生の授業、半分は一限目で、半分は五限目じゃないですか。そのせいですよ」 いまいち、話が見えない。二人の表情から察したのだろう、九条は補足する。 「安藤くんは朝イチの授業はダメですし、高崎くんは午後イチの授業はダメなんです」 「ダメって、まさか……?」 なんとなく、話が見えてくる。 「はい、眠っちゃうんで、教室外にいるんですよ」 苦笑が浮かぶ。 「じゃ、じゃあ、俺の授業にいないのって?」 「はい、それだけです」 がくー、と再び、松本の肩が落ちる。 「なんか、気が抜けた……」 「ははは、つまらんと思われてるわけじゃなくて良かったじゃないか」 あっさりと高木が笑ってのけて、以上解決だ。 質問を終えてから、九条は、にっこりと笑う。 「松本先生の授業、面白いって皆言ってますよ。二人にも、言っておきますね」 その後、松本の授業は、一限目であるにも関わらず安藤が出席し、五限目でありながら高崎が顔を出すというウワサになることになる。 2004.12.15 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Hypnopedia〜 |