『 学校へ行こう?! 』
「いいなぁ」 指をくわえんばかりの表情で、麗花がぼそりとつぶやく。 無論聞こえていたが、あえて顕哉は問い返すような真似はしない。聞く、すなわち麗花のわがままに付き合わされる、ということに他ならないからだ。 そんな顕哉の気持ちを知ってか知らずか、あっさりと朔哉が訊き返す。 「どうした、麗花?」 「みんな、学校へ行くんだって、お友達、たくさん出来るんだって」 なるほど、テレビの入学前の児童を取り扱ったニュースを見て、羨ましくなったらしい。 「ああ、学校なぁ」 朔哉は、軽く首を傾げる。 王室の者には、この国で最高、時に『Aqua』で最高と言われる者が教師として招かれ、専属で教えてくれる。 乳兄弟などの、ご学友もちゃんと存在する。 最高の教育と、最高の配下となるであろう友人が供されるわけだ。 が、学校は話が違う。 同年代の人間が、わんさかといるのだ。 今の現状に不満があるわけではないが、純粋に羨ましくもなるというもの。 「なるほどなぁ」 しきりと首を傾げつつ、ちらり、と雪華を見やる。 なにやら、モニタを覗き込んでいた雪華は、顔を上げる。 「体験入学、というのがある。入学や転入の前に、学校の雰囲気を知ることが出来るようだ。生徒に混じることは出来なさそうだが、少なくとも学校の授業がどのようなものかくらいは、いくらかわかるかもしれない」 「そりゃおもしろそうだな、なぁ、麗花?」 朔哉に笑いかけられて、思い切り大きく頷いてから、麗花は満面の笑みを浮かべる。 「うんっ」 「よし、思い立ったら即実行あるのみだ」 朔哉は、言葉通りに受話器を手にする。 淡々と雪華が告げる番号をプッシュし始めたあたりで、やっと顕哉も我に返ったらしい。 「待て、何する気だよ?!」 が、朔哉は、に、と笑みを大きくしただけだ。 代わりに、ぽん、と左肩を叩いたのは光樹。 「そんなさ、今更のことを訊くなよ。なぁ」 「そう、わかってるじゃないか」 一樹も、ぽん、と右肩を叩く。 麗花はきらきらもので朔哉を見つめている。 朔哉の持っている受話器から漏れていた、呼び出し音が途切れる。 「あ、体験入学のことで伺いたいのですが」 「ああ!」 思わず声を上げた顕哉を、すかさず光樹と一樹が押さえ込む。 ここまできたら朔哉も光樹も一樹も言っても無駄だし、麗花は言いだしっぺだし。 雪華へと必死の視線を向けると、これまた珍しくも、興味深そうな顔つきで電話の成り行きを見守っているらしい。 「もしかして、雪華も行きたいの?」 「どのような道具があるのか、見てみたい。王宮では見られないようなモノがいろいろあるのだろう?」 麗花が、すぐに頷く。 「あったりまえだよー!定規とかもね、おっきなのがあるんだって」 「そういう問題じゃ……」 言いかかった言葉は、あっさりとまた、光樹たちに封じ込められる。 「ふぅん、顕哉は興味無いんだってさ」 「じゃ、留守番だな」 などとやっている間に、朔哉は即日子供だけでの見学という条件で丸め込んでしまったらしい。 笑みを浮かべたまま、時間を確認して受話器をおく。 「よし、行くぞ」 「やっぱり朔兄大好きー!」 飛びついた麗花を抱き上げてから、雪華へと手を差し出す。 「さ、行こう」 光樹と一樹も、身軽に立ち上がる。 「ちょっと、そんなことして……」 にっとした笑顔が、顕哉の真ん前まで来て、言葉を失う。 「どんな生活なのかって見とくの、悪くないぜ」 ここまで正々堂々と言われてしまうと、なにやらいろいろなことは些細な心配事に思えてくる。 「わかったよ、行けばいいんだろ、行けば」 半ばヤケ、半ば興味で大声で答えて、顕哉も立ち上がる。 結局のところ、音楽室を見せられて麗花がご機嫌に歌い始めたあたりで、王宮にも出入りしている教師が現れ、慌てて逃げることになったりしたらしい。 思い切り走る途中、顕哉がこけたというウワサもあるが、定かではない。 2005.01.21 A Midsummer Night's Labyrinth ~Let's go to the school?!~ |