神木、とよばれる大樹があった。
その幹は大人十数人が腕を広げて、やっと囲めるくらいで。
神代の頃から、生き続けていると言われていた。
誰もが、物語でしかないと、ただ行き過ぎる中。
少年が一人、まっすぐな瞳で見上げて。
神に通ずるという、樹に訴える。
まだ、幼さの残る声で。
雨を望んでいる、と。
人々は冷笑する。
無駄だと、笑う。
樹は、人の手など届かぬ、ずっと深いところに根を張って、水を飲んでいるのだ、と。
乾いた人の心なぞ、聞こえない、と。
大地は、乾ききっていた。
もう、この前の雨がいつだったのか、誰にも思い出せぬほど。
祈り、願い、なのに、雨は降らない。
ただ、神木とよばれる樹だけが、青々と茂り続ける。
いつの頃からか、人は。
大樹を怨嗟の瞳で見るようになっていた。
ただ、ヒトツだけ。
乾かずにいる大樹を。
少年は、それでも祈り続けた。
雨を、望みつづけた。
水が必要だと。
乾きは、ますます酷くなっていった。
最後の井戸さえも枯れ果て。
あとは、乾き切るのを待つばかりになった。
それでも、少年は。
枯れた喉で、訴えつづける。
雨を、水を。
その時だ。
大樹に、不思議な鳥が舞い降りたのは。
片方の翼は、炎のように紅く。
片方の翼は、氷のように蒼い。
そして、金色の双頭。
もっとも高い枝に舞い降りた鳥は。
炎のような翼の方にある頭を、微かに傾げた。
息を飲んで、この世にあらざる鳥を見つめていた少年は。
我に返り、出ない声を振り絞る。
雨を。
氷のような翼の方にある頭が、天を向く。
そして、不思議な一声が空を貫いた。
天を覆う、灰色の雲に気づいた人々は狂喜した。
半ば諦めていた、雨。
恵の雨。
そして、少年を抱きしめ。
樹を仰いで、祈りを捧げた。
緑の葉の色が。
こころなしか、濃くなったように少年には、見えた。
-- 2001/11/18