勝利を望むならば。
方法は、ヒトツ。
和睦を反古にし、項羽を追う。
それとて、確率は五分。
それでも、勝利を望むならば。
方法は、それしかない。
月の無い夜。
大きな木の下で、膝を抱えて。
満天の星を見つめながら。
わからなくなる。
何故、項羽を追い詰める必要がある?
己の国を奪った始皇帝は、もう死んだ。
共に、追い詰めた項羽を。
自分が追い詰める理由が、どこにある?
仇と憎んだ国が滅んだ時に。
何故、やめなかったのだろう?
「そりゃ、張良も軍師だからな」
あっさりと返ってきた返事に、顔を上げる。
疑問を口にしたつもりは、なかったのだけど。
何を言い出すのやらという顔つきで陳平がこちらを見下ろしている。
最終的な勝利の為になら、汚いと言われる手段でも躊躇い無くやってのける。
それでいて、気のいいところがある。
「軍師という存在自体が、戦の為にある」
背後からの落ち着いた低い声に、振り返る。
木によりかかっていたのは、蕭何。
法と民の声に誰よりも敏感で、誠実な男だ。本来ならば、政治の方が向いているのであろうが。
ずっと後方支援をし続ける。
陳平は肩をすくめる。
「それとも、己の選んだ道に自信がないのか?」
「いつでも、選ぶのは自分だ」
問い返えす前に、蕭何が珍しくきっぱりと言い切る。
ああ、そうだ。
軍師であることを、望んだのだ。
仇討ちだけを望むのではなくて。
己の才覚で、主君と選んだ劉邦に勝利を掴ませると。
迷う理由は、どこにもない。
「そうだったな」
座り込んだまま、張良の視線は天へと戻る。
「軍師とは、即ち兵法を司る者」
物静かな声は、大きくは無いのによく通る。
「戦とは、切り離せない」
にやり、と陳平が笑う。
にこり、と蕭何が笑みを浮かべる。
「いつでも、お前の策が外れたことはない」
「当然だ」
笑いが、口元に浮かぶ。
「妙なトコで寝てるなぁ?」
呆れたような声に、視線を上げる。
大きな木の下で、膝を抱え込んでいる。
視線の先には、怪訝な表情の陳平と朝の太陽。
張良は、立ち上がって着物についた汚れを払う。
「気分転換だ、で?」
「ヤツら真剣に腹ペコだ、和睦は遂行される」
昨晩まで自軍の細作たちと共に敵軍に潜り込んでいた陳平は、にやりと笑う。
「こちらは……昨日、追加物資が届いた」
「蕭何の手配は、間違いが無い」
遠く離れていても、確実に届けてくれる。
張良は、まっすぐに前を見据える。
勝利を望むならば。
方法は、ヒトツ。
「約を違えることを主に進言する」
はっきりと言われた台詞に、陳平は驚いた顔になる。
「違える……?」
「そうだ、項羽を追う」
「本気か?勝算は?」
「五分だ」
一度違えたら、二度と同じ約はありえない。一気呵成にケリがつけばよいが、そうでなければ。
「失敗したら泥沼になるぞ」
「今しかない」
勝利か、死か。
前を見据える張良の瞳は、揺るがない。
陳平の顔にも、笑みが浮かぶ。
「わかった、俺も共に進言しよう」
「頼む」
張良の顔に、笑みが浮かぶ。端整な顔に浮かんだそれは、自信しかない。
〜fin.〜
2002.01.05 The Moonless Night