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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 12〜

驚いて声をあげるフリックたちをよそに、すっかり元の色のわからなくなってる服と肌のまま、ビクトールはにこにことしている。
ようは、泥だらけのホコリまみれ。
「いや〜、いいとこに帰ってきたよな〜、腹へっちまってさぁ」
などとのたまいながら、伸ばしてきた手の先の皿を、メイファはとりあげる。
「風呂はいってから!」
「んな、腹減って倒れそうなんだぜ、可哀相とは思わないのかよ〜」
「食事をホコリだらけにされる私たちのほうが、かわいそうだわ」
フリックも大きく頷くし、
「家主に失礼だろう」
星辰剣までメイファたちの見方をするものだから、ビクトールは、しぶしぶ立ち上がる。
「ちぇ、どうせ湯を沸かすのも自前なんだろ?」
「当然」
なにか言いたそうにフリックが口を開きかかったが、それより先にメイファが言い切る。
「まったく、ホント人使い荒いよな」
ちょっと肩を落として風呂の方へと立ち去るビクトールを見送った後。
「風呂なら、沸いてたろ?」
フリックが尋ねる。
ぶっきらぼうにメイファは答える。
「湧いてるよ、きっと泥だらけで帰ってくると思ったから」
そう、風呂は毎日、早い時間から沸いていた。
いつ、帰って来てもいいように。
やはり、そうだったのだ。
ちょっと、視線を反らした頬が照れている。
「さてと」
立ちあがったメイファは、もう、いつも通りの表情だ。
「もっとなにか、作らないとね」
テーブルを見まわす。
「あっという間に、全部無くなるな」

さらに追加で作った分まですっかり平らげて、ビクトールは満足したようだ。
「あー、食った食った」
などと、お腹をさすっている。
「で?」
催促される前にデザートを見せながら、メイファが言う。
「おっ、美味そうなパイ♪」
しかし、パイをわしづかみにしようとした手は空を切っていた。
お預けをくらったわんこのような瞳で、こちらを見るのを無視して、メイファはもう一度尋ねる。
「で、どうだったの?」
「おう、準備も下見もばっちりよ」
「ま、ビクトールのやることだけどな」
「どういう意味だ」
さくっと突っ込むフリックに、横目をむけるがフリックのほうはパイの皿を受け取って美味しそうに口にする。
「俺も、パイ〜」
情けない声をあげるビクトールに、大き目に切り分けてやったパイを渡してから。
「じゃ、二週間もすれば出られるね」
メイファは言う。
「それっくらいすれば、長旅になっても大丈夫だとし」
もちろん、フリックのがケガの直りが、だ。
ビクトールが、にこり、とした。
「おう、一緒に行こうぜ」
もう、迷ってはいない。
笑顔で頷いてみせる。

夜。
ビクトールは、はや寝支度を整えてベッドにもぐりこんでしまったフリックに声をかける。
「よく、説得できたな」
「俺は、なにもしてないよ」
フリックは、背を向けたまま、答えた。
「でも、何も言わなきゃ、行くとは言わないだろ」
「それは、言ったけれど」
むくり、と起き上がってこちらを見る。
「でも、もう、決めてた」
「メイファが?」
軽くうなずいて、肯定してみせる。
ビクトールは、不思議そうだ。
「でも……?」
「さぁな、心境の変化だろ」
なにかあったのかもしれないし、なにもなかったのかもしれない。
感情がよく表に出るように見えるのは、あくまで演技、のフリックの表情からは、なにもうかがえない。
「いいじゃないか、行くことになったんだから」
にこり、と微笑んだ顔がこちらを向く。
「ちゃんと、前をむいたんだから」
「まぁな」
あいまいに返事を返す。
「じゃ、おやすみ」
話は終わった、とばかりに、フリックはまた背を向けてベッドにもぐりこんでしまう。
ビクトールは、小さく肩をすくめてから、自分もベッドにもぐりこむ。
喉まででかかった台詞は、かろうじて飲み込んだ。
言えば、きっと怒られるから。
だから、心でつぶやいた。
おまえも、前、むけたんだな。



それからの二週間は、あっという間、だった。
旅立ちのための準備で。
グレッグミンスターでの戦闘で、フリックの服はすっかりダメになっていたため、メイファが縫い上げる。
食料や水や、旅に必須のモノの用意。
その間に、メイファの祖父の魂を送るための儀式をやり、それから、立ち去った後の準備をして。
そして、旅立つ朝が来る。

扉のカギをかけて、空を見上げる。
ぬけるような青空だ。
雲ひとつ無い、深い空色。
メイファは、大きく伸びをする。
高い位置で止めた髪も、両脇にスリットが入ったスカートに細身のズボンも、この村では禁じられたモノ。
だけど、旅をするならこの姿に限る。
「よっしゃ、行くか」
ビクトールが、三人分にしては小さな荷物を背に負う。
フリックも、すっかり新調された服に身を包んでいる。慣れないのか、ちょっとマントの襟を直す。
手にした丈を、握りなおす。
「うん」
返事をして、笑顔で振り返る。
すこし、大きめに息を吸う。
「行こ!フリック、ビクトール!」
二人は、少し、目を丸くする。
でも、すぐに笑顔になった。
「おう、モンスターが出ても安心だからな」
「俺たちが、いるからね」
「でも、この森を出るまでは、私がつれてくわけよね」
モンスターの出ない森に、本当はこの森にはないはずの緑が、外への道を、知らせている。
それは、メイファだけにわかる、道しるべだ。
「そう、お願いしまーす」
拝んでみせるビクトールに、
「頼む」
と簡潔に言うフリック。
楽しい旅になる。
きっと。
そして、三人は歩き出す。
前へ。

後には、真っ赤な花に埋もれた家が、残るだけ。

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