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 CELESTIAL SONG / 〜Green Forest 11〜

夕飯のテーブルには、珍しく花が飾ってある。
細いガラスの花瓶に、一輪だけの紅い花は、返って映えていた。
もちろん、死者の魂を天に送る儀式のために使ったモノとは、違う花だ。
「へぇ、綺麗だな」
席につくためにイスを引きながら、フリックは素直に感想を述べる。
「やっぱり、見えるのね」
メイファは、ガーリックトーストを並べたバスケットをテーブルに置きながら、不思議なことを言う。
少なくとも、フリックにとっては。
「隠してあるわけじゃあるまいし、見えないわけないだろう?」
怪訝な表情になるのは、当然だ。
童話の王様ではあるまいし。
くすくす、という笑い声がメイファの口からこぼれだす。
「ごめんなさい、そういう意味じゃないの」
暖かな湯気をあげるメインディッシュをおいてから、メイファも席につく。
食事の前の祈りを捧げてから。
サラダを取り分けて、フリックに渡してくれる。
今日、買い出しにいってきただけあって、新鮮そうな野菜のサラダの緑がまぶしい。
緑のなかにパプリカの黄色や赤が、また映えている。
色が食欲をそそる、というのは、あると思う。
覗き込んだフリックに、メイファはさらに奇妙なことを、質問した。
「そのサラダ、何色にみえる?」
ドレッシングの容器を手にしたまま、フリックは固まってしまう。
にこり、と微笑んでいる彼女は、いたってまともに見えるが。
さきほどの、『やっぱり、見えるのね』とも関連していそうなので、ひとまず、まともに答えることにする。
「おおざっぱに言うなら、緑、赤、黄色」
「じゃ、これは?」
花瓶の花を、指差している。
「赤」
いったい、なにを試されているのだろう?
ますます、怪訝な表情になったのだろう。
メイファは、花瓶の花にそっと手を触れる。それから、ゆっくりと言った。
「この村の男たちにはね、赤は見えないのよ」
「……?」
聞いたことが、ないわけではない。自分の故郷にも、ごくたまにいた。
だが、男性みなが、というのは、ずいぶんと特殊だ。
「遺伝、なんでしょうね」
なんとなく、わかった気がした。
色の見えない男たちと、全ての見える女たち。
あからさまな、差。
奇妙なしきたりを、延々と守りつづけるしかない人々。
呪縛されたかのような運命が、彼らを縛りつづける。
闇のような世界に生きるしかない、男たちは、色を知ることのできる女たちが神にみえたのかもしれない。
だけど、それは裏をかえせば束縛で。
いや、束縛したかったのかもしれない。
外に出て行けば、色を見分けられる男たちもいるのだと知ったら。
自分たちは、間違いなく捨てられるという、恐怖。
外に出たメイファは、それを知っている。
なにもかも、わかっていて、それでも、行けないと言った。
いまなら、わかる。彼女が、行くわけにはいかない、と言ったわけも。
「メイファの祖父さんが、治療法を探しに行った病気は……」
「紅い薬草を使わなくては、直らないのよ」
あっさりと、メイファは真実を口にした。
まっすぐに、こちらを見ている。
「熟してからではないと、それは毒になるの」
メイファの祖父には、見えない赤。
だから、彼女は祖父の技術の全てを受け継いだ。いや、色を知ることのできる彼女は、祖父以上の調剤師なのかもしれない。
この村の男たちには、できないこと。
そして、医者となれるのは、男だけなのだ。
それでも。
自分しか治せないと知っていて、見捨てることは出来ない。
そう、彼女は思っているのだ。
いや、思っていた、のか?
儀式が終わってからの彼女は、やけにまっすぐな視線をしている。
自分たちを、助けると決めたときも、迷いのない瞳をしていると思ったけれど。
それよりも、もっと。
同じなにかを、抱えているはずなのに。
彼女は、自分でそれを、消化しようとしている。
自分にはない勇気。自分にはまだない、強さ。
それが欲しいと、気付いたから。
目線をそらせては、ダメだ。
「メイファ」
「はい?」
「もし、その病気をこの村で君が治療したら、どうなる?」
「魔女になるわ」
不思議な笑みが浮かぶ。
「魔女は、火を持って滅すのよ」
火あぶりに、されるのだろうか?
命を助けたのに?それでも?
首を横にふった。
「一緒に行こう」
そう、心から思う。
ビクトールが、生きる強さがあると、教えてくれた。痛みがあっても、生きていくことができると。
それから、メイファが。
痛みがあっても、呪縛があっても、それでも前を見る強さを。
それから、それだけじゃない、同じ影。
消えて欲しくないと、思う。
自分のなかの、一番見たくないものを、教える存在。
だからこそ、いて欲しい。
瞳をそらすなと、いってくれる存在が欲しい。
いまはまだ、それがなくては見つめられないから。
これは、ワガママだ。
自分の為だけの。
だけど、生まれて初めての。
影から逃げていては、いつまでもそれは消えない。
だとしたら、向かい合うしかない。
それを、助けてくれる存在。
「俺たちと、一緒に行こう」
医者になれるよ、とは言わない。それは、自分にとってはどちらでもよいことだから。
その道を選ぶかどうかは、彼女の決めることだ。
だけど、少なくとも、一緒に歩んで欲しいと、そう思う。
「そうね、どっちにしろ、もう魔女だし」
フリックを手術した時点で、『しきたり』は破ってしまったから。
にこり、と微笑む。
「もっとたくさん、出来るコトはあるかもしれない」
チャンスをくれたのだと思う。フリックたちが。
外という世界へ、飛び出すための。
「でも、なにも残さずに出て行くのは、ね……」
やはりそれは、躊躇われる。
「ヒントを残してくってのは、ダメなのか?」
フリックの声ではない、割り込み。
返事を返すヒマがあればこそ、ヤツは汗だくで泥だらけのまま、どっかりとイスに腰をおろす。
「クマ男!!!」
「ビクトール!」
思わず口々に呼んでしまう。
色は完全に変色しているが、そこにいたのは、様子を見に出ていたビクトールだった。

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