□ 奈落の底を見る前に
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「助けに行く」
と言えば、完全に行き詰まった、そう告げた口できっぱりと拒否してくる。
「来るな!危険過ぎる。お前まで放射線に曝されてしまう」
やはりスコットの本音はソレか。
バージルが、ため息を吐きたくなったのを堪えて言い返そうとしたところで、スコットはあっさりと次善の策を考え出して動き出してしまう。
何を始めたかは、隣にあった一号が離陸したのでお察しだ。
小さく舌打ちしてバージルは立ち上がる。
父がインターナショナルレスキューの指揮を取れなくなってから、スコットは無意識に弟たちを危険にさらすのを避けるようになった。
引き換えるように、自分のことは考えなくなったどころか、その命でさえ救助の道具のヒトツと考えてそうなフシがある。
今日だってそうだ。自分は高濃度の放射線がある場所で、少々暴走気味のお嬢さんを救うべく軽口を叩いてみせている。
地上での身のこなしなら、兄弟の中でずば抜けているスコットのことだ。
一人なら、あっさりと脱出してくるだろうが、なにやら危ういお嬢さんがいる。手は打っておいて損はない。
コンテナに降り、素早くポッドを組み上げたバージルはジョンにだけ通信を入れる。
「一号がいる裏穴への座標を教えてくれ」
『だが?』
ジョンも躊躇う様子なのは、スコットと同じくバージルの被爆を気にかけているのだろう。
ことさら明るい声で返す。
「ジェットモグラで行くから大丈夫」
『FAB、二号』
納得したジョンの声は冷静に必要な情報を伝えてくれる。
『ジェットモグラの位置を確認した、潜行角度は』
「了解」
素早く目的方向への角度を打ち込む。
たいていの時のように、一人でやすやすとやってのけて「バージルは心配性だな」と笑うなら、それで構わない。
スピードをトップに入れ、可能な限りのスピードで兄のいる裏穴へと向かう。

『バージル、聞こえるか』
『ああ、どうしたジョン?』
順調だが、なかなか目的の箇所までは掘りきらない、と唇を噛み締めていたバージルは、ひどく沈んだジョンの声に眉を上げて応じる。
レスキュー中にジョンが名前で呼びかけてくるのは珍しい。
『嵐がここまで来た。メインハッチは封鎖したんだが』
空いた箇所から放射線は溢れ続ける。そう、スコットたちがいる穴だ。
しかも、お嬢さんの大暴れのせいで濃度も上がっている。
『しかも、嵐で一号が揺さぶられたせいでワイヤーがつっかかって、スコットたちは自分の手で登ってるんだ』
ジョンのことだ、スコットに正確な情報を伝えているだろう。そうなれば、あの兄が返す言葉も想像がつく。
「何分だって?」
『五分』
「それなら大丈夫」
先ほどと同じように明るく返してから。
「僕にはスコットを生き埋めにする趣味は無いよ」
『僕だって無い。頼む』
絞り出すような声。
真面目で優しいジョンのことだ、スコットには頑張れ程度しか言えていないのだろう。
「FAB」
通信終了後の顔なんて誰にも見えない。
バージルは、ぐっと奥歯を噛みしめて前を見据える。

もうすぐ、スコットたちが地上に向けて登っている穴に到着する、と念の為に告げておこうと通信回路を開いたバージルの耳に飛び込んできたのは。
思わず、首をすくめてしまうほどの悲鳴だ。
スコットがこんな声を出す状況なんて、ヒトツしかあるまい。
横穴をブチ開け、ジェットモグラが転落しないギリギリで止めてハッチを開く。
視界の端に、一号が降ろしてきてたらしいワイヤーが揺れるのが見える。動体視力も身のこなしも軽いスコットなら。
案の定、ワイヤーで自分の姿勢を制御したスコットは、お嬢さんが姿勢を立て直すのを助けつつ、足から飛び込んでくる。
とっさの行動だったらしく、少しきょと、と目を瞬かせるのへと、肩をすくめて笑いかけてやる。
「後ろ窮屈だけど、我慢してね?」
「ありがとう、バージル」
スコットからも笑顔が返ったことに内心ではホッとしつつ、ハッチを閉めてギアをバックに入れる。


最後に帰って来て、汗を流してきたスコットは機嫌が良さそうに水のボトルをあおっている。その腕を見て、バージルは眉を上げる。
「それ、どうしたんだ?」
「それって、どれだ?」
首を傾げるスコットに、バージルが指してみせたのは、軽く折った袖に隠れるか隠れないかのところだ。
腕の色が、ひどいことになっている。
「ああ、これか?落ちた時にどっかで打ったみたいだ。痛みは無いし、大丈夫だよ」
あっさりと返して、にこり、と笑う。
「バージルが助けてくれたしな。改めてありがとう」
「いや、うん。間に合って良かったよ」
素直に感謝されると、そう返すしかない。
スコットが最善を尽くしていたのもわかっているし、無事だったのだから良しとすべきなのだろう。そう、自分を納得させつつ頷いたバージルは、はた、とする。
「そういえば、あの、あうあうあーは何だったんだ?」
「あうあうあー?」
不思議そうにスコットは眉を寄せる。
「何のことだ?」
「二号が到着した時に声かけたら、なんか変な声出してたじゃないか。ええっと、あのお嬢さんと会う前になるのかな」
バージルの説明に、スコットは首を傾げる。記憶を遡っているらしい。
「……ああ、彼女にワイヤーを切られて落ちて、それを言おうとしてた、と思う。ちょっと気絶してたみたいで、はっきりしなくて悪かったよ」
「はぁ?!」
一度、落ちていたなんて、聞いていない。
「ジョン!」
「え、なんでジョン?」
戸惑ったスコットに返す前に、ジョンのホロが現れる。
『どうしたんだ、バージル?』
「スコットが一度落ちてた!」
バージルの言葉に、ジョンも驚いたように目を見開く。
『どういうことだ』
ぐい、とスコットの腕を掴んで打ち身を見せつつ告げる。
「坑道に降りる途中で、あのお嬢さんにワイヤー切られたって」
みるみるジョンの顔が不機嫌になっていく。
『殺人未遂じゃないか』
「落ち着けよ、ジョン。彼女も誤解してただけなんだから」
『誤解で殺していい理由は無い』
一段低い声に、スコットは肩を縮めて両手を軽く上げる。バージルではこうは行かない。
『バージル』
「ああ、スコット、他に痛めてないか見せてみろ」
「さっき見たよ、大丈夫だ」
『言っておくが、その打ち身も後から痛むよ』
ホロではあるが、ジョンにも詰め寄られてスコットは困惑顔になる。
「大丈夫だから。変に大袈裟にしたらゴードンたちが心配するだろ?」
「『このままにしたら、僕たちが心配する』」
バージルとジョンの声が揃う。
目を瞬かせたスコットは、困惑したままの視線を一度空中に投げてから、諦めたように肩を竦める。
「こんなになったのは腕だけだ、本当に」
『打ち身は冷やす』
ぼそ、と返すジョンにバージルは引き寄せた救急箱を開ける。
「ほら、腕出して」
「わかったよ」
やっと大人しく腕を差し出したので、袖をまくってみると本当に派手に色が変わっている。
思わずへの字の口になったのを見て、スコットが小さく息を吐く。
『スコット、今、袖おろしとけばよかったとか思ってるだろ』
「そうじゃない」
ジョンの剣呑な声に、スコットは軽く肩をすくめると、苦笑を浮かべる。
「バージルとジョンに心配かけて、すまないことをしたと思ったんだ」
「あんまり無茶はしないでくれよ」
「ああ」
本当にそう思っているのか怪しいモノだが、これ以上は水掛け論だ。道具を片付けて振り返ると、スコットは包帯を巻かれた腕をさすっている。
気忙しげな顔になったのはジョンだ。
『やはり、痛むんじゃ』
「いや、お守り代わりだな、と思ってな」
にこ、とスコットらしい笑みが返る。
「まあ、せいぜい気を付けるからこれ以上のお説教は勘弁してくれ」
ちょっとおどけた仕草で告げると、立ち上がる。
「さて、二人もちゃんと休むんだぞ」
ひら、と手を振る兄を見送ってから、バージルとジョンは顔を見合わせる。
「自分はまだまだ休まないクセに、な」
『どの口がって言いたくなる』
二人は合わせたようにため息をついてから、もう一度顔を見合わせる。
「ま、お守りと思ってくれるだけありがたいのかもな」
『そうだね』
「しばらくは、ケガしてるんだからって言えば無理はしないだろ」
『ちなみに、数日して腫れが落ち着いたら今度はぬるく暖めると治りが早い』
「詳しいな、ジョン」
目を瞬かせたバージルは、はた、とする。
「調べただろ」
『…………』
無言のままのジョンの頬が、いくらか染まっているのがホロでもわかる。に、と笑いかけてやる。
「実は、僕も後で調べようと思ってた」
何やら拗ねたような顔つきのジョンに、バージルは言葉を重ねる。
「スコットが心配なのは、僕も一緒だよ」
『わかってる』
自分たちを大切にし過ぎるあまりに、スコットは大事なコトにきっと気付いていない。
彼が、弟たちをそれはもう大事に思ってくれてるのと同じように、弟たちも兄を慕っている、ということを。
気を取り直したらしいジョンが、に、と口の端を持ち上げる。
『せいぜい、僕らがどれだけ兄さんのことを思っているのか、知らしめてやって欲しいね』
「ああ、まかせとけ」
大げさに胸のあたりをたたいてみせてやると、ジョンも微かに笑う。
いつか、スコットが自分のことも大事にするようになってくれるよう、今は祈るばかりだ。



2015.10.02 My dear big brother 01

■ postscript

pixivで「お兄ちゃんが落ちた後の話」としてアップしてあるのの微修正版です。

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