□ イカセンサーをも守る手を
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海溝に置かれていた、見るからに怪しい物体を手にゴードンが四号の搭乗口から出ると、なぜかスコットがいた。
どうしたの、と口にする前に、大きな手で後頭部を撫でられる。
「どうしたの?」
今度こそ疑問を口にすると、スコットは、口の端を持ち上げる。
「何度か頭をぶつけてたみたいだからな、たんこぶ出来てるんじゃないかと思って」
「大丈夫だよ、僕、頑丈だからさ」
撫でられてるのが気恥ずかしいのを誤魔化すように笑顔で返すと、スコットは小さく首を傾げる。
「そうか?無線と四号は修理すれば直るけど、大事なイカセンサーはそうじゃないだろ。ま、念のための手当てだよ」
「手当て?」
「そう、早く良くなるようにって思いながら手を当てていると、本当に早く治るんだよ」
ふ、と浮かんだ柔らかい笑みがなんだか眩しく思えて、ゴードンは少しだけ目を細める。
この優しい知識を兄に教えたのは母なんだな、と納得する。この顔をする時は、いつもそうだ。
おまじないじみているけれど、実際、なんだか撫でられている頭だけではなく、暖かい気がする。
「ふうん、念のためだね」
「ああ、念のためだな」
父の事故の痕跡は、未だに見付けられない。
海は、ゴードンの領分なのに。
今日だって、バージルもジョンも反対する中、スコットは「探して来てくれ」と責任を引き受けてくれたのに、違っていた。
これはこれで何かあると信じてはいるが、ガッカリしなかったかと言えばウソになる。
でも、チクチクと痛む何かはスコットの大きな手が溶かしてくれた。
確かに、手当てだ。
「うん、たんこぶ引っ込んだ」
にんまりと告げると、あっさりと手は引っ込む。
「どうしだんだ?」
まるではかったかのように二号の搭乗口から降りてきたバージルが、不思議そうに首を傾げるのへと、にんまりとしたまま告げる。
「バージルを待ってたんだよ、ねぇ、スコット」
「ああ、もちろん」
スコットも頷いてみせるのに、バージルは胡散臭げに目を細めるが、ゴードンが手にしてるモノを見て肩をすくめる。
「ブレインズたちが待っててくれてるだろうから、行こう」
頷きあって、三人はラウンジへと向かう。



スコットの様子がいつもと少しだけ違う、と目を細めたゴードンは、すぐになぜか気付く。
ああ、袖を伸ばしているのか。
でも、今日は別に冷えてないんだけどな、と、ちょこっとだけ首を傾げる。
トレーシーアイランドを留守にしていた間に、何かあったらしい。
もう少しだけ見ていると、おそらくは無意識にだろう、軽く右腕を撫でている。
なるほど、と内心頷いて、ととっと軽い足取りでスコットに近付く。
足音に振り返ったスコットは、いつものように軽く首を傾げる。
「ゴードン、何かあったか?」
ゴードンは、にんまりと笑いかけると、そっと右腕に触れる。
何か言われる前に、少しだけ早口に告げる。
「手当てだよ。ほら、念のためってヤツさ」
ヒトツ瞬いたスコットは、柔らかく笑う。
「そうか、念のためか」
「うん、念のため」
触れれば、袖の下に包帯が巻かれているのがわかる。スコットが言いたくないのなら、無理に聞き出そうとは思わない。
でも、包帯が巻かれているということは、このケガはバージルとジョンにはバレているわけで、すでに彼らがアレコレ言ったはずだ。多分、言いたい本当のことは兄には通じてないだろうけど。
動きに支障は無いようだから、大ケガというのでは無いだろう。
早く治りますように。
心の中で、強く強く祈る。
それから、この優しい大きな手を失うことがありませんように、と。



2015.10.06 My dear big brother 02

■ postscript

pixivで「イカさんとお兄ちゃんの手」としてアップしてあったモノ。

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