□ 月と祈りと
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珍しく穏やかな一日が終わろうとしている。
インターナショナルレスキューが出動する案件が無かっただけでなく、出動の可能性があるのでトレースしなくてはならない案件も無い。
本当に珍しいコトだ。
ジョンは、周囲のモニタを今の景色へと切り替える。
澄んだ夜空が広がって、少し目を細める。
宇宙に浮かんだような感覚になれる、この景色が好きだ。
いつも酷く忙しくしている兄も、少しはゆっくりと過ごせただろうかと思いつつ、定時連絡の通信を入れる。
『やあ、ジョン』
すぐにスコットから返事が返り、ふわりとジョンの映し出した夜空を背景に兄の姿が浮かぶ。
『どうだ、何かあるか?』
「いや、トレース案件も無いよ」
返すと、ふ、と笑顔が浮かぶ。
『そうか、ジョンもゆっくり出来るな』
ちょうど巡ってきた細い月と兄の笑顔が、重なるように見えて。
そのまま消えてしまうような、妙な不安を感じて、思わず手を伸ばす。
『ジョン?』
不思議そうに目を瞬かせるスコットの表情に、我に返る。
「あ……月があんまり綺麗に見えて」
『月?』
目を瞬かせてから、スコットの視線が横へと動く。
『ああ、確かに冴えて綺麗だな。ジョンに言われるまで気付かなかったよ』
どうも、スコットは何やら用事を見つけて忙しくしていたものらしい。おそらくは、ジョンが連絡を入れるまで。
なのに、弟がゆっくり出来ることには笑顔を浮かべるのだ。
ほら、今だって。
月を見上げたまま、その口元が弧を描く。
『そっちだと、もっと月が近いのかな』
「まあ、少しはね。でも、月よりはスコットに近いよ」
返すと、スコットの口元の笑みが大きくなる。
『なるほど、いつも一人遠くで仕事させてると思うけど、そう考えると少しは近くに思えるな』
ああ、全く。
ここにいるのはジョン自身が選んだことで、スコットが気に病む必要は少しもないのに。
ジョンは大きく息を吐きたいのを耐える。
ここに居続けるのは、降りるよりもずっとスコットの助けになれると思うからだ。
でも、それを口にする気は無い。
また、スコットは気にするに決まっているから。
だから、代わりにこう告げる。
「こうして、同じ月を見上げられるくらいには近くにいるよ」
だから、どうか。
この手をすり抜けて、月よりも遠くへ行ってしまうことがありませんように。
そんなジョンの祈りなど知らぬ、穏やかな笑みがコチラを見上げる。
『ジョンと月を見られて良かったよ、ゆっくり休んでくれ。おやすみ』
「うん、おやすみ」
笑顔のまま消えたスコットの痕跡に触れるように手を伸ばし、ジョンは瞼を閉ざす。



2015.10.18 He gives prayer to the moon.

■ postscript

TLの一言で思いつきました。

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