□ お兄ちゃんが先回り過ぎる
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レスキューから戻ったバージルが、珍しくスコットの前に仁王立ちになる。
一足先に一号と共に戻り、ソファに腰掛けてコーヒーを手にしていたスコットは、穏やかに見上げてくる。
「バージルのコーヒーもいれようか?」
「そうじゃなくて。スコット、僕が到着するまで待てなかったのか?」
スコットは、バージルのいつにない厳しい表情に少しだけ驚いたようだが、なんでもないことのように返す。
「さっきのレスキューのことなら、アレが一番早かった」
「だからって、崩落したところから侵入するなんて危険過ぎる」
「危険なのは取り残された人も同じだろう。それに、僕は別に危ないことはしていないさ」
バージルの顔が全く納得していないのを見て取ったらしいスコットは言葉を継ぐ。
「今日は一緒に出たから、一号が到着してから20分後に二号が到着、ポッドを用意してブレインズが指定した座標に向かって掘り進める。土壌の状況トラブル込みでも退避経路確保までには15分、その間に僕が退避経路への誘導を始められるから一緒に行動開始するよりは最低10分は救出完了を短縮出来る。崩落の危険性が大きかったことも思えば、妥当だ」
スラスラと数字を上げる兄に、バージルはぽかん、と目を見開く。
言い終えたスコットは、ふい、と視線を上にやる。
「ジョン、計算間違っていたか?」
『合ってる、スコット』
いつから聞いていたのか、ふわり、とジョンのホロが現れて頷く。
『二号の速度誤差も考慮してあるし、問題ない』
あっさりと二人に言われてしまうと、バージルとしても納得するしかないのだが。
「その計算はいつしたんだ?」
「現場に向かいながら。ジョンとブレインズが情報は探ってくれていたのを、聞いていただろう?」
確かに、現場に向かう間にかなりな情報はやり取りされていたけれど。
「計算は聞いてない」
「ああ、単純だし、変に数値出さなくてもバージルなら確実にやってくれるだろ、今日だってそうだったしさ」
先ほどまでの計算と同じく、あまりに当たり前のこととしても言われてしまうと、バージルは何も言えない。
「もちろん、現場の目視確認で計算通りに動いて問題無いというのは確認したよ」
言ってから、スコットは困ったように微笑みながら立ち上がる。
「気をもませたなら、悪かった。特製コーヒー淹れるから勘弁してくれ」
ぽん、と肩を叩かれて我に返ったバージルは、はた、として振り返る。
「いつも」
「え?」
「いつも、こんな計算を移動してる間に?」
スコットは、あっさりと頷く。
「近いことはするよ。僕の判断が遅くなればなるほどレスキューも遅くなる、そのことは肝に銘じてるつもりだ。最終判断は現場を確認してからだが」
バージルの表情から何を読み取ったのか、スコットの口元の笑みが大きくなる。
「パパがいた頃から変わらないさ、なあ、ジョン」
『そうだね、最初に現場に行くのは、基本的にスコットだから』
あっさりと頷いたジョンは、大げさ目に肩をすくめてみせる。
『スコット、僕も特製コーヒー飲みたいな』
「降りてきたらな」
『じゃ、降りた時に。約束だよ』
「ああ」
ひら、と手を振ると、スコットはキッチンへと降りていってしまう。
バージルは、宙に残ったままのジョンを見上げる。
『今回はそう危険ではなかった。ブレインズもデータ確認してくれた』
「今回は?」
また、ジョンは肩をすくめる。
『誰かを危険に晒すくらいなら自分が行くと思ってるのは確かだと思う。きっと、スコットは自分でも気付いてはいないけど』
思わずため息を吐いたバージルに、ジョンは苦笑する。
『本当に危険と思ったら、僕も全力で止める。少なくともバージルが間に合うように』
「頼むよ、ジョン」
スコットが自らを盾にしているのは、レスキューの時の実際の危険だけでないことをバージルもジョンも知っている。
そして、もう家族の誰も傷付いて欲しくないのもは、皆同じだ。
二人は頷きあう。
下から、海でのレスキューから戻ったらしいゴードンの声が響く。
「スコット、コーヒー淹れてるんなら、僕のもお願い」
「あ、僕も欲しい!カフェオレがいい!って、わあ、それ、僕のも!」
アランの声も加わる。
「ソレって、コレのこと?凄いな、僕も!」
何やら、アランとゴードンがはしゃいでいるらしい。どうやら、穏やかで賑やかな時間が訪れそうだ。
バージルとジョンは、顔を見合わせる。
『アランに頼んだら、スコットのコーヒー届けてくれるかな』
「言うと本気にするぞ」
『降りた時の楽しみにしとく。僕も一休みするよ』
にこり、と笑って軽く手を振り、ジョンの姿は消える。
ややして、二人の弟たちと共に階段を上がって来たスコットは、いくつかのカップを乗せたトレーをテーブルに降ろして、珍しく照れたように笑う。
「気に入ってもらえるといいんだが」
差し出されたカップを覗き込んだバージルは、目をみはる。
そこには、白いミルクのキャンパスに、ちょっといびつなピアノが描かれていた。ようするに、ラテアートだ。
「バージルのようには絵心が無いからなぁ」
無言のままのバージルの反応をどう思ったのか、困った声になった兄を慌てて見上げる。
「いや、上手いよ。それに、嬉しいよ、ありがとう」
素直に告げると、ちょっとほっとした顔になる。
「ねぇねぇ、バージル、僕も魚描いてもらった!」
「僕は車!」
まるで幼い頃に戻ったかのように、ゴードンとアランがはしゃぎながら見せてくるのにバージルも笑い返す。
「いいな、飲むのがもったいない」
「写真撮っとこう!」
「そこまでされると照れくさいな」
少し戸惑いつつも、喜ぶ弟たちが嬉しいのか口元が緩んでいるスコットを見やる。
「いつの間に覚えたんだ?」
「学生時代のバイトで少し。こんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」
本当になんでも覚えが早いし、やりこなしてしまうのだから敵わない。きっと、こうして弟たちが喜ぶかもしれないと覚えてくれたのだろう。
実際、バージルも先ほどまでの微妙なモヤモヤなど、どこへやらだ。
「ジョンに写真送ってやろう。きっといつもより早く降りてくるから」
にんまりと笑って言うと、ゴードンとアランもすぐに頷く。
「良いね、あえて写真!」
「すぐ降りるって、言うかも?!」
「それは無いだろ、今度降りたら作るって約束してあるし」
スコットは苦笑しているが、案外、早くに降りてくるんじゃないか、とバージルも思う。
なんせ、皆もそうであるように、ジョンも兄の事が大好きなのだから。



2015.10.03 Oh my dear brother 01

■ postscript

お兄ちゃんは弟たちを喜ばせるコトなら、色々と覚えてるのではないかという妄想。

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