□ お兄ちゃんがマルチタスクすぎる
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本日もおいてけぼりをくらったアランは、ラウンジのソファで膝を抱えながら、じっとスコットとブレインズのやり取りを見つめている。
何か解除しなくてはならないのだがハッキングは無理で、現場にいるスコットが操作しつつ、ブレインズの指示を仰いでいる状態だ。
『よし、二つ目まで解除した。次は?』
『うーん、ちょっと待ってね』
スコットが映し出しているデータを眺めつつ、ブレインズがラボで解析し、何やら文章を返すのを、難しそうな顔つきで入力したスコットは、ん、と首を捻る。
『ブレインズ、次を入力しろと言われている』
『普通に、さっきの文章の答えを入れればいいよ』
『答え?何だ?』
「りんご」
思わず、アランは口を挟む。
先程、ブレインズが口にした文章を聞いていれば、すぐにわかる答えだ。なのに、スコットにはわからなかったらしい。
『ああ、そうか。お、開いた』
頷いて入力するのを見つめているうち、おいてかれた不満とも相まって、つい、言ってしまう。
「スコットだってブレインズに頼ってばっかじゃん」
ぼそ、と言った言葉を聞き咎めたのはスコット自身では無かった。
不意に、ふわ、とジョンの姿が現れたかと思うと、無言ですうっと目を細めるのに、思わずアランは首をすくめる。
「だって、本当じゃないか」
口を尖らせながら返すと、すでに開いた扉の奥へとんでいるらしいスコットにジョンが声をかける。
『スコット』
『なんだ、また何かあったか?』
軽く眉を寄せてスコットが振り返るのへと、ジョンが返す。
『いや、すまないが、お願いがある』
『お願い?』
レスキュー中の兄に、何を言い出すのだろう、とアランが目を見開いていると。
『スコットが聞いている通信、少しの間でいいからアランに聞かせてもいいか?』
『必要ならそうしてくれ』
すでに視線はレスキュー現場の方へ向いているらしい返事が返る。
『ありがとう、スコット』
言ったなり、ぶわ、と部屋の中には兄たちが現れる。
『あー、スコット?こっちは三人目の救助完了。後はやっぱり穴開けないと無理だ』
ゴードンが眉をしかめて告げるのへと、スコットがすぐに返す。
『穴の位置に注意しろ、五号に聞いた限りではエンジンが危ない』
『FAB』
そんなやり取りをしているのと同時に、バージルとジョンもやり取りしている。
『五号、指定された座標じゃ地盤が固すぎる、回避ルート探してくれ』
『すまない二号、やっと周辺の地盤情報を見付けた。スタート位置をずらしてくれ、座標は』
ジョンの言葉に、バージルの眉が寄る。
『けっこう動くな』
『バージル、ロスは気にするな、まだ充分間に合う』
さら、とスコットが口を挟むと、バージルは苦笑を返す。
『FAB、急いては事を仕損じる、だな』
バージルとの通信を終えたらしいスコットが、こちらを見やる。
『ブレインズ、後は解読が必要そうな扉はあるか?』
『いや、もう無いよ』
軽く肩をすくめるブレインズへと、スコットは頷いて、軽く視線を上げる。
『五号、警察に連絡してくれ。到着する頃には開通出来る』
『了解』
ジョンが頷き、スコットは今度は視線を微かに横に向ける。
『四号?』
『五号が手配してくれた近隣の海上保安部隊が来てくれたから救助済みの人は預けたよ。今、横穴から最後の人助けに行くとこ』
『終わったら、すぐに離れろ』
『FAB』
親指を軽く上げたゴードンとの通信が終わるかどうかで、バージルがスコットへ向く。
『こちら二号、無事に掘れた。これから上がって、水を誘引する』
『了解、やはり間に合ったな』
スコットの言葉に、バージルの口元に笑みが浮かぶ。
『まだだよ、ちゃんと誘引するところまでいかないと』
『その調子なら心配無いな』
そんなやり取りをする間も、スコットの視線はどこかに集中している。そして、つい、と細めたと思った瞬間。
何か動いたらしいスコットの顔に光がさすのと同時に、にこり、と笑みが浮かぶ。
『救助に来ました、もう大丈夫』
ふつ、とそこで兄たちの姿は消え、ジョンだけが残る。
目を真ん丸くしたまま、ぱちぱちと何度も瞬きをしているままのアランに、腕を組んだジョンが首を傾げてみせる。
『で?』
「あー、と、ええと、ごめん、僕が軽率だったよ」
『わかればよろしい』
比較的あっさりと告げたジョンの視線が、ふい、と横にそれる。
と、同時に、のんびりとした足音が近づいてくる。
「ただいまー。おー、ジョンにアランだ。どうしたの、なんか今日、通信オープンになってなかった?」
「え、あ、その」
アランが慌てている間に、ジョンがあっさりとバラしてしまう。
『アランが、スコットがブレインズに頼り過ぎるって言うから』
「ああ、それでジョンお兄ちゃんを怒らせたって訳か」
くくっと肩をすくめたゴードンは、アランの相向かいに腰をおろしながらジョンを見上げる。
「で、あのやり取り見せただけで許してあげたの?」
「え、ゴードン?」
驚いて瞬くアランの目前で、ゴードンの口元がにんまりと弧を描く。
「だってほら、いっつもレスキュー行きたいって言ってるじゃない」
『ああ、行きたいなら、もう少しトレーニングが必要だな』
すう、とジョンの目も細くなる。
「ええ?!確かに行きたいけど」
うろうろと視線を彷徨わせたアランは、もう一人、人影を見つけて伸びあがる。
「バージル!」
「ああ、ただいま。あ、ジョン、今日は通信がオープンだったみたいだけど、なんかあったのか?」
ゴードンと同じ疑問を投げてきたバージルに、ゴードンとジョンがあっさりとまた、アランの失言を告げる。
「だからね」
『やはり、トレーニングが必要だと思ってね』
「なるほど、そういうことなら僕も協力しよう」
バージルにまで微笑んで言われてしまったら、アランには逃げ場が無い。
そんなこんなで始まってしまったトレーニングミッションは、アラン向けで当然、舞台は宇宙だ。
コントロールを失った小型宇宙船から乗客乗員を救い出したいのだが、緊急脱出用モジュールも切り離せなくなっている、というシチュエーション。
まだ、時間には余裕がある、とボードでモジュール部分に近付き手動切り離しを試みる。
冷静に対処出来ればアランにも十分に対応出来る内容だし、これはトレーニングなので慌てる要素も無い、そう思っていたのに。
『アラン、別の船から救難信号だ』
ジョンから容赦のない追い打ちが入る。
「ええ?!」
思わず声を上げる。
ソチラもすぐに駆けつけなくては乗員が危うい。
だが、目前のレスキューは?
かあっと頭が熱くなって上手く考えられない。
どうしよう、このままじゃ。
微かに涙目になった時、新たな足音が加わる。
聞き間違えようが無い、確信して振り返る。そして、今の自分に出来る精一杯はコレだ。
「スコット!どうしたらいいか指示して!」
アランの勢いに、瞬きをしたスコットはホロのジョン、アランを挟むように座ったバージル、ゴードンを見やって何か察したらしい。
軽く息を吐いてから、首を傾げる。
「状況を教えろ」
いつもより少し低い声は、なぜか酷くアランを安心させる。
大きく頷いて、アランは早口に、だが必死に正確に状況を伝える。
「わかった、そこから離脱してもう一つの現場に向かえ。減速には成功しているから、アランの腕があれば正面から捕らえられる。ジョン、捕獲の指示しろ」
『FAB、スコット』
あっさり返すと、ジョンは的確にナビゲートしてくれる。
「出来た、スコット!」
アランが告げると、頷きもせずにスコットは続ける。
「噴射で速度を完全に殺せ」
「ええ?!正確な速度なんて?」
目を見開くアランに、静かにスコットは返す。
「確実に知ってる相手がいるだろう?」
「あ!……こちら、インターナショナルレスキュー、宇宙船、応答願います」
正解だったらしくトレーニングのシナリオを見ているゴードンが応答してくれる。
「……よし、速度殺せた!」
ここまで来れば、次にすべきコトはわかるが。
「ねぇスコット、ボードで間に合うかな?」
「慌てなければ、間に合う」
きっぱりとした、何より頼もしい声。
頷き返して、ボードで元の宇宙船に戻り、モジュールを切り離す。
無事に乗客が大気圏に突入したかのトレースはジョンに任せ、三号まで戻ってソチラの乗員も救い出す。
『よし、ミッション完了だ』
ジョンの声が響き、アランは大きく息を吐きながらソファに沈み込む。
「はああああああー、出来たあ」
それから、はっと目を見開いて飛び起きる。
「スコット、レスキューから戻ったばっかなのにありがとう!」
「いや、難しいところを良くやったよ」
くしゃ、と頭を撫でられて思わず目を細める。
スコットは、ふわりと浮いたジョンへと目を細める。
「コレ、まだアランにやらせるトレーニングミッションじゃないな?」
『でも、今の状況なら大正解の対応だろう?』
にこり、と、ジョンが返し、視線をソファに再度沈み込んだアランへと向ける。
『アラン?』
「うん、ホントに不用意だったよ、ごめんなさい」
心底の言葉に、ジョンだけでなく、バージルとゴードンも頷く。
「どういうことだ?」
不思議そうに目を瞬かせるスコットに、四人は顔を見合わせる。
そして、誰からともなく笑顔になる。
「ううん、何でもない」
「そうそう、スコットが凄いって、そういう話」
「ああ」
『そうだね』
妙に楽しそうな弟たちに、スコットはますます不思議そうだ。
「え?なんでそうなるんだ?」
「なんでも!そうなるの!」
せっかくなので、アランは思いっきり飛びついておく。
ぎゅうっとしがみつけば、柔らかく背を撫でてくれる大きな手。
うん、大好きな兄がこうしてくれるなら、他はきっと些細なことだ。
スコットの助けになりたいと言えば、ジョンもバージルもゴードンも協力してくれるだろうから。
後は、自分が兄たちに追いつけるかは自分次第。
抱きしめる手に力を込めつつ、心でそっと誓う。
いつか、「アラン頼む」って言ってもらえるようになろう、と。



2015.10.21 Oh my dear brother 03

■ postscript

現場に出てる兄たちは長兄の実力を知っている。それから、末っ子特権(笑)。

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