□ お兄ちゃんと試験
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影が差した、と思ったと同時にゴードンの声がする。
「バージル、眉間にしわが寄っちゃうよー」
「うわ?!」
にょ、と突然伸びてきた指にのけ反ったバージルは、何度か瞬きをしてから息を吐く。
「な、なんだ、ゴードンか」
「どうしたのさ、えっらい考え込んでたみたいだけど」
苦笑しつつ、ゴードンが首を傾げてみせるが、バージルは渋い表情になって視線を漂わせる。
口にすれば、きっとゴードンも気にしてしまうに違いないから。
「あー、まあ、ちょっと、な」
「へえ、ちょっとって顔じゃなかったけど」
横目で見やってくるが、バージルは困った顔をするしかない。
「ふうん?」
つい、と目を細めたゴードンは、中空を見やる。あ、と思うが、制止は間に合わない。
「ジョーン!」
『なんだ、ゴードン』
「うん、バージルがさ、えっらい難しい顔してるんだよね。思い当ることない?」
呼びだした声の調子に、不機嫌そうに現れたジョンは続けられた言葉に、つい、とバージルを見やってくる。
バージルは、困惑を深めた顔でジョンを見返すしかない。
『……大方、スコットだろう』
あっさりと見破られ、ゴードンもやっぱりね、とばかりに肩をすくめる。
『最近また、無理してるから』
先日、過労で倒れたことなど、スコットの中では無かったことになっているのに違いない。
「こないだたまたま夜起きたら、まだ起きてたみたいで」
仕方なく、正直に告げるバージルに、ジョンが何やらため息を吐く。ゴードンも、もう一度肩をすくめる。
「あー、なるほどねぇ、まあ、予想通り?」
軽い口調に、思わず眉を寄せるバージルとジョンに、まあまあというように軽く手を振ってくる。
「予想通りって言ったでしょ?たった一日しか無理なんだけどさ、考えがあるんだよ」
「考え?」
『イタズラとか言うなら』
これもまた予想通りの反応だったのか、ゴードンは大げさに空を仰いでみせる。
「僕だって、スコットのことは心配してるよ。それを疑われるのはたまんないなぁ」
『……ひとまず、考えとやらを聞こうか』
ジョンが聞く体制になったのを見て、バージルも頷く。


さて、それから数日後。
ラウンジでは、スコットがジョンを見上げているところだ。
『スコット、今のところ出動な必要な案件は無い』
「トレースが必要なのは?」
『特別に注視すべきなのも無いよ』
「そうか」
スコットだけでなく、相向かいに腰を下ろして聞いていたバージルも、表情を緩める。そこへ、アランとゴードンの賑やかな足音が響く。
「あ、ジョン、なんか出動しなきゃいけない?」
『いや』
「そう、じゃあ、ちょっと付き合って」
あっさりとゴードンが告げ、アランがスコットの前に立つ。
「スコット、今日は何の日か知ってる?」
「え?」
問われて、目を瞬かせたスコットは、軽く視線を漂わせる。誰かの誕生日やら記念日やらを忘れているかもしれない、と考えを巡らせているらしい。
あんまり悩ませる気は無いらしく、アランはあっさりと続ける。
「今日はねぇ、11月23日で、いい兄さんの日!」
「いい兄さん?」
きょと、と目を瞬かせるのへと、ゴードンがにっと笑いかける。
「そ、日本の語呂合わせだよ、まあ、ともかく、いい兄さんの日なので!」
「我が家の兄さんと言えば?!」
エアマイクをアランに向けられ、軽くのけ反りつつも、バージルが返す。
「スコット、だな」
「そう、という訳で、スコットがいい兄さんかの審査会を開催します!」
「しまーす!」
じゃじゃーん、と言いつつ両手を広げてみせるアランとゴードンに、スコットはますます目を瞬かせるばかりだ。
予定通りに事は運びそうだとはおくびにも出さず、バージルは苦笑を浮かべる。
「おいおい、何を言い出して」
『審査?』
ジョンなどは、そんなことするまでもないとでも言い出しそうな顔つきだ。が、アランとゴードンが止める様子は無い。
「今から、僕たちから課題を出すよー!」
「それを全部こなせたら、スコットはいい兄さんに認定されるよ!」
いい兄さんにかこつけて、遊び始めたらしいとスコットは判断したようだ。軽く肩をすくめて、苦笑を浮かべる。
「了解、テストを受けるよ」
「じゃ、僕からね!」
アランが、手をあげる。
「スコットがいい兄さんだったら、僕をハグしてくれます!」
おやおや、というように軽く口の端を持ちあげつつも、立ち上がったスコットはアランをしっかりと抱きしめてくれる。
ぎゅうっとばかりにアランが抱きしめ返すと、ゆるゆると背を撫でてもくれる。
ややしばらくの後。
「うん、合格!」
「それは光栄」
満面の笑みのアランに、スコットも笑みを返し、それからゴードンを見やる。
ゴードンも、に、と笑い返す。
「スコットがいい兄さんだったら、僕の特製ジュース飲んでくれまーす」
差し出されたグラスを手にしたスコットは、やはり、おやおやというような顔つきをするが、疑うような様子はすることも無く、あっさりと口にして目を瞬かせる。
「……あ、これ前の」
「言ったでしょ、特製ジュースって」
にいっと笑みを深めるゴードンに、スコットは飲みほしてから笑い返す。
「やっぱりこれ、美味いな」
空になったグラスを見せて、スコットは首を傾げる。
「で、ゴードン、どうかな?」
「うん、もちろん合格!」
笑顔で返したゴードンは、ソファに腰を下ろして成り行きを見ていたバージルを見やる。
「バージル?」
「僕の番か?スコットがいい兄さんなら、僕らのおしゃべりに昼まで付き合ってくれる」
驚いて目を瞬かせるスコットをよそに、ゴードンとアランは拍手喝采だ。
「いいね!」
「うん、やっぱりいい兄さんの条件だよね」
うんうんなどと深く頷いてもいる。小さく息を吐いてから、ジョンも頷く。
『一理あるな、僕も付き合うよ』
四人からの視線を受けたスコットは、ソファに腰を下ろしつつ肩をすくめてみせる。
「了解、付き合うよ」
少し困ったような顔だが、ここまでアランとゴードンのお願いをきいただけに、断れないらしい。ゴードンが企んだ通りに無事にスコットを巻き込むことに成功したようだ。
ここ最近は、スコットとゆっくり話せる機会などそうは無いから、それぞれに話題はある。かといって、兄弟の誰かがのけものになるようなモノも無い。
あんまり知らない、と思っても、いつの間にかスコットが上手に巻き込んでくれる。
わいわいとのんびりとした時間が流れていたが、ジョンが昼の定時連絡の為にかけておいたアラームで、皆して我に返る。
「あ、もう昼かぁ」
残念そうに顔を見合わせるアランたちをよそに、スコットはいつもの真顔に少しだけ戻る。
「ジョン?」
『ありがたいことに、出動が必要そうな案件は入って無い。トレースもまあ、アラームかけておけば大丈夫だ』
「それは良かった。さて、バージル?」
首を傾げられて、バージルも笑顔を返す。
「もちろん、合格だ」
「光栄だね」
にこり、と笑みを返してから、ホロのジョンを見上げる。
「ジョンも、何かあるのか?」
え、というように、地上の三人が目を瞬かせる。実のところ、ジョンは賛成はしてくれたが積極的にどうこうは言っておらず、バージルによる午前をゆっくり過ごさせる作戦までしか考えていなかったのだ。
が、ジョンは緩やかに口の端を持ち上げる。
『もちろん、十分待っててくれるかな』
意味するところは、誰もがわかる。スコットも笑みを深める。
「ああ、待ってるよ、ジョン。昼を用意しておこう」
ジョンも降りてくるから、ということで、皆してキッチンに立つ。
「何にする?」
「ホットサンドは?」
「いいね」
「あとね、スコットのコーヒー!」
アランが、目を輝かせながら言うのに、軽く瞬きをしたスコットは首を傾げてみせる。
「僕のコーヒー?」
「ほら、ラテアートのことだよ」
すぐにゴードンが返すと、ああ、と頷く。
「アレか。でも、前と同じ絵くらいしか描けないぞ」
「いいよ!」
「うん、それでお願い!」
わいわいとアランとゴードンが言う背後で、バージルも頷く。
「うん、僕も」
「FAB」
少し照れたように頷くスコットは、カップを用意し始める。
ジョンが降りて来た時には、まだまだ準備中ではあったけれど、何を用意しているのか知って笑う。
「昼だけでも降りてきたかいがあったな」
「でしょ?」
「ねー」
などと、たいそう賑やかな昼ご飯を終えて。
さて、というように皆が、ジョンを見やる。意味をすぐに組み取ったジョンは、ひどく綺麗な笑みを浮かべる。
「スコットがいい兄さんなら、わざわざ54,000キロの上空から降りてきた弟の散歩に付き合ってくれる」
あ、とばかりに目と口を見開くアランとゴードン、バージルをよそに、スコットはあっさりと笑顔で返す。
「もちろん、喜んで」
「じゃ、行こうか」
あっさりと立ち上がって促すジョンに、スコットも続く。
「うわー、ジョンは最初からコレ狙ってた、間違いない」
「どおりで、静かだった……」
「僕だって一緒に散歩したいー」
思わず、ヒソヒソと言葉を交わす三人に、ジョンの鮮やかな笑みが振り返る。
「主旨からは離れて無いだろう?」
「ああ、そうだな、行ってらっしゃい」
バージルがあっさりと降参すると、ゴードンとアランも、大人しく手を振ってみせる。
実際のところ、ジョンはほぼ五号にいる訳で、こうしてスコットと実際に並んで歩くなどほとんど無いのだから。
二人の後姿を見送って、すぐにアランが唇を尖らせる。
「やっぱり僕も散歩行きたい」
「アラン」
少しだけ咎めるような声になってしまったバージルに、アランは不満そのものの顔を向ける。
「別に、ジョンがスコット独り占めしてズルいって言ってるんじゃないよ、僕はジョンとも一緒にいたいんだよ」
「だね、僕もそうだよ」
あっさりとにんまりと宣言したゴードンが、アランの手を引く。
「って訳で、追っかけよう!」
「うん!」
「おい、ちょっと待てって」
慌ててバージルも追いかけるが、なんせ二人はすばしっこい。
「どっちに行ったかもわからないだろ」
「そんな時のイカセンサー!」
ゴードンは勢いよく言い放つと、アランが目をキラキラとさせて尋ねる。
「どっち?!」
「うん、こっち!」
それでいいのか、とバージルは問いたいが、弟たちはずんずんと進んで行ってしまう。行き違いになっても知らないぞ、と思いつつも、バージルも追う。
イカセンサーのお蔭なのかなんなのか、確かにゴードンが選んだ道の先にスコットとジョンはいた。
海が見えるところで、何やら話しているらしい。
ふ、とスコットが柔らかく笑い、ジョンも笑い返すのが見える。
あんな穏やかに笑っている二人なんて、何時ぶりなんだろう?
同じことを思ったのだろう、アランもゴードンも、足を止めている。それから、ふふ、と嬉しそうにゴードンが笑う。
「良かった、ジョンもゆっくりしてくれたみたいで」
「うん、そうだね」
「ああ」
アランもバージルも、同じ思いだ。ジョンはいつもスコットの多忙を気にかけているが、そのあまりに彼も忙しい。
五号から降りてこないのは、彼の意志の部分も多々あるのだろうが、実際、常駐し続けて追わなくてはならない情報が多いのも事実だ。
どちらからともなく、こちらへと向いたところでアランとゴードンが走り出す。
真っ先に口を開いたのはアランだ。
「ジョン!ジョンがいい兄さんだったら、僕とも散歩してくれます!」
目を瞬かせたジョンは、笑顔を返す。
「もちろん、喜んで」
「僕もジョンとだって話したいんだけどー」
ゴードンが首を傾げてみせているのにも、頷き返している。
まあ、収まるところに収まったかな、などと思っていると。
「バージル」
いつの間にやら、スコットが隣に立っていた。
きょと、と目を瞬かせていると、ふわ、と軽く頭を撫でられる。
「ジョンに聞いたよ、今日のはバージルが言い出したんだってな。おかげでゆっくり出来てる、ありがとう」
「へ、あ、いや?」
いい兄さんの日にかこつけようと言ったのはゴードンだし、段階を踏みながら要求していけばスコットは断らないと言ったのはジョンだ。
バージルはせいぜい、心配だと言い出しただけなのだが。
こうして兄弟たちが楽しそうにしてくれている一日の切っ掛けになったのならいいか、と笑い返すバージルに、スコットは少しだけ首を傾げる。
「そういえば、バージルのだけ皆で、だったな。何かないのか?」
「え?」
「だから、兄さんにして欲しいこと、だよ」
言われてみれば、アランもゴードンもジョンも、個人的にして欲しいことだった。そこらに気を回すあたりがスコットらしい。
正直、それだけで十分に嬉しいのだけれど、一応は言ってみる。
「じゃあ、スコットがいい兄さんだったら、またこうして皆とのんびり過ごしてくれる」
「はは、また皆、だな」
スコットに笑われて、自分が何を口にしたのか気付いて、バージルも笑ってしまう。
「でも、僕はこれがいいよ」
両腕を取られて、少し困惑気味になりつつもアランとゴードンに笑いかけているジョンを見やりながら言うと、スコットも頷く。
「そうだな。では、せっかくだから僕らも参加するか」
「FAB」
にっと笑って返したバージルは、スコットと一緒にジョンをわやくちゃにすべく、足を踏み出す。



2015.11.11 Day of a good older brother

■ postscript

弟たち、頑張って目論む。yokoさんからの「いいお兄ちゃんか審査される日では」というのと、すぎまるさんからの「やはりお兄ちゃんを休ませようとするのでは」との会話で思い浮かびました、ありがとうございます。

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