□ お兄ちゃんとお買い物 Ver.A
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トレーシー島に必要なモノの買い出しは、基本的に自分たちで行っている。
もちろん、届けてもらうことは可能なのだが、いつレスキューで出動するかわからない都合上、配送業者に見られるリスクを思えば楽だからだ。それに、やはり本土へ行って買い物というのは気分転換にもなる。
ただ、通常のローテーションには加わっていないメンツもいる。
はるか54,000キロ上空のジョンと、恐ろしいくらいに多忙なスコットだ。
スコットは大丈夫だ、と主張したのだが、兄弟だけでなくケーヨもおばあちゃんも、そしてブレインズまでもが珍しく反対した。
が、スコットは困ったように微笑んで言ったのだ。
「たまには、僕にも息抜きもさせて欲しいな?」
確かに、買い物で息抜きしている部分もある、と納得した周囲は、サイクルはゆっくりにせよ、時折スコットを混ぜることにした。
他は二人一組だけれど、スコットは一人だけで。
これも、スコットの主張による。
「いつも皆に任せてるんだから、引き受けさせて欲しいよ」
だが、一度、一人で出したらいつの間に足りないものをリサーチしていたのか、恐ろしい量の買い物をしてのけてきたので、前日までに誰が同行するか言い出す習慣になった。
あえて予定表に誰がと書き込まないのは、スコットが気にするからだ。
あくまで、前日に確認した時に空いていた、そのスタンスが大事なのである。
そして、皆、ひっそりとスコットと買い物に行く権利を狙っている。なんせ、レスキューを離れて堂々と兄を独り占め出来る貴重な機会だ。逃す手は無い。

さて、そんなスコットの買い物当番の本日の同行者はアランだ。
リストにしたがってアレコレとカートに入れて行きながら、他愛もないことを話している。それを、スコットが穏やかに微笑みながら聞いてくれるものだから、足が弾んでしまいそうだ。
「この間ねぇ、カーレースの新作買ったんだ」
「運転してみたいって言ってた車種が入ったのか?」
少しだけ首を傾げて訊いてくるスコットに、アランは思いきり頷く。
ゲームの前作が出たのはずっと前だし、新しい車種入らないかな、などと言ってみたのもそれなりに前だ。けれど、スコットはこうして覚えていてくれる。
「うん、それにね、色も変えられる!」
「へえ、じゃアランのは赤だな」
くすくすと笑うのに、ちょっとだけ頬を膨らませる。さっさとお見通しなのは、少しだけ悔しい。
「そうだけどさ、そんなに笑う?」
「いや、アランには、やっぱり赤が似合うんだな、と思っただけだよ。好きなんだし、いいじゃないか」
確かに赤は好きだし、スコットが何もかもお見通しなのもいつものことなのだし。ぶうたれているだけ損なので、アランもあっさりと頷くことにする。
「ま、ね。やっぱり後からさ、走ってるところリプレイするとカッコいいんだよ、赤って」
「確かに映えるか」
ふむ、と素直に兄が頷くのを見ていると、つい、だから一緒に見ようよ、と言いたくなるけれど。
さすがに、それは我慢しておく。
島に戻ったら、兄はすさまじく多忙だ。好きな本ですら、最近はあまり読めていないはずだ。
が、ちょっと我慢したのは顔に出てしまったらしい。
「ん、アラン、どうした?」
「え、どうもしないよ?」
弟たちのこととなると酷く敏感なスコットに、アランは慌てて首を横に振る。
「それよりさ、買い物の続きは?」
「ここでの買い物は、これで全部だな」
リストを確認しながら、スコットがあっさりと返す。
「じゃ、お会計しよう」
「そうだな」
ここでの買い物は、さほどかさ張るものは無く、袋詰めしたのを手分けして持つだけで十分だ。
ひとまず、車に置いて、続きに行こうと歩きだしたのだが。
ふ、と視界に入ってきたモノに、惹かれるように視線をやる。
まだ、アランがほとんどレスキューには参加してない頃、よく来たスイーツショップだ。
「アラン、行きたいのか?」
声に、はっと我に返る。振り返れば、ちょい、と首を傾げたスコットがいる。
かあ、と頬が熱くなる。
「ちょっと。子供扱いしないでよ」
「いや、そういうつもりじゃ無かったんだが……」
少し驚いたように目を見開いたスコットは、ショップを見やって目を細める。
「前はよく行ったな、と思っただけだよ」
ひどく柔らかく目が弧を描くものだから。
アランは、ふいっとあらぬ方向を見やる。
「ス、スコットが懐かしくって、行きたいっていうなら、行ってもイイよ?」
「そうだな、久しぶりに行ってみるか」
あっさりと頷いたスコットは、すたすたと歩きはじめてしまう。
「ホントに行くの?」
慌てて追いかけて、スコットの顔を覗き込むが、兄はけろりと尋ねてくる。
「ああ、アランは前と同じか?それとも、なにか違うのを試すか?」
「え?スコット、僕が何頼んでたか覚えてるの?」
うろんに目を細めるアランに、スコットは笑い返す。
「覚えてるよ」
「ホント?じゃ、ソレ、頼んでみてよ。合ってたら僕がぜーんぶ奢るよ」
「席、取っといてくれ」
それだけ告げてカウンターへと向かってしまったスコットを見送り、アランは前からずっとお気に入りの通りが眺められる窓際の席を確保する。
見るとはなしに通りを眺めながら考える。
記憶力のいいスコットのことだ、フレーバーは合ってるかもしれない。けれど、アランにはひっそりとこだわっている順番があるのだ。
さすがに、全部合っていることなど。
「お待たせ」
その一言と共に、視界に懐かしい大きなカップが置かれる。
覗き込んで、そして。
「……ぜーんぶ合ってる」
アイスのフレーバーだけでなく、積み上げる順番も、つけるトッピングも、添えるコーンのタイプも何もかも。
それだけじゃなく、トリプル以上を頼むと引けるクジに当たると貰える、小さなチョコプレートまでついている。
「プレート当てたの?」
そっと兄を伺ってみると、にこり、と笑い返される。
「ソレも、お気に入りだっただろ?」
「ああもう、降参。大当たり!」
両手を思わず上げる。
スコットには、どうやったって敵わない。
「そうか、良かった。溶ける前に食べちゃえよ」
そう言って、まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべるのだから。
「うん、いただきまーす」
アランは素直に、美味しいうちに頂くコトにする。
うん、やはり、このフレーバーをこの順番で食べるのが最高だ。
夢中で口に運び続けてしばし。
半分ほど片付けたところで、はた、とする。
そういえば、スコットはカップを手にしていなかったような、と見やると、視線が合う。
どうした、というようにいくらか首を傾げるスコットに、アランは尋ねる。
「スコットの分は?」
「僕も前と同じのにしたよ」
と、グラスを揺らしてみせる。そういえば、この店の甘みが少ないレモネードを飲んでいたなあ、とやっと思い出す。
スコットは、柔らかく微笑みながら尋ねてくる。
「美味いか?」
「うん、久しぶりだけど、やっぱりサイコー」
「そうか」
頷くスコットも嬉しそうなので、まあいいや、とアランは思う。
せっせと食べて、大満足して。
続きの買い物へと向かい始めたところで、はた、とする。
「あ、スコット!」
「ん?」
「全部当たったんだから、僕が」
そこまでで、ふわりと頭を撫でられる。
「あそこで食べる時は、僕の奢りまでで全部だよ」
さらりと告げて、先に歩き出してしまう。
アランは、思わず撫でられた頭に手をやる。
やはり、どうしたってスコットには敵わない。
せっかくだから、ここは目一杯、兄に甘えとくことにして、小走りに追い付き隣に並ぶ。
「スコット」
呼べば、すぐにコチラを向いてくれる兄に、満面の笑顔で告げる。
「ありがと、美味しかった!」
「それは何よりだ」
にこり、とスコットも表情を緩める。



2015.10.28. He goes for shopping with his brother. Ver.A

■ postscript

お兄ちゃんはなんだかんだで弟にベタ甘だと信じてます。

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