□ お兄ちゃんが猫っ毛すぎる
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朝から入ったレスキューを終えた後も、ラウンジで端末を使っているスコットの背後へとゴードンは足音を忍ばせて近付く。
案の定、なにやら仕事に集中しているらしいスコットは気付かない。
「ごーきげん、いっかがー?」
に、と口の端を持ち上げ、背後からのしかかるように腕を回すと、やっと顔をあげて振り返る。
「どうした、ゴードン」
「ん?スコットのご機嫌伺いに来たんだよ?」
にんまりと笑ってやると、スコットは軽く肩をすくめてみせる。
「ご機嫌?見ての通りだ」
「見ての通りねぇ?」
スコットの肩から腕をからめたまま、至近距離でゴードンはじぃっとスコットを見やる。
「ふむふむ……一見元気に見えるけど、実は疲れている、うん、なるほど」
「おいおい、疲れてなんか」
困ったように眉を下げるスコットに、くすり、とゴードンは笑う。
「スコットにはわからなくても、僕にはわかるよ。それからね、ジョンに聞いたんだけど、トレース案件はもう大丈夫ってさ」
「そうなのか?」
きょと、と首を傾げるスコットに、ゴードンは頷き返す。
「うん、ちょっと用事あったついでに、さっき聞いたんだ」
「そうか」
ふ、と微かに表情が緩む。やはり、ずっとラウンジにいたのは、ジョンの言うトレース案件が気になっていたかららしい。
「だからまあ、後はスコットの疲れを取ればいいわけだよ、ね?」
「ね、じゃなくてな」
「まあ、聞いてよ。こんなことだと思ってさ、用意をしてきたんだよ」
ご機嫌な顔でにんまりと告げると、スコットは目を瞬かせる。
「用意?」
「そうそう、僕が心を込めて用意したんだからさ、ね、無駄にしたりはしないでくれるでしょ?スコット?」
おねだりをするように上目遣いに言ってやれば、困った顔をしつつもスコットは頷き返す。
「ゴードンが用意してくれたのなら?」
「そうこなくちゃ、こっちこっち」
ぐいぐいと腕をひっぱると、戸惑った表情は隠せないままにせよ、ついてきてくれる。
連れて行った場所は、バスルームだ。
「風呂?」
「うん、ええっと半身浴っていうの?ぬるめのにゆっくりつかると、疲れが取れるんだって。せっかくだから、リラックス出来るようにちょっとね、用意したから。さあ!どうぞ!」
じゃじゃーんとばかりに腕を広げるゴードンに、スコットは本気で困り顔になる。
「まだ、夕方だぞ」
「いいじゃない、たまには。レスキューに行くような事件も起こって無いし。それにさ、せっかく入れたお湯が冷めちゃう」
とっとと切り札を切ってしまうことにする。
もうすでに用意されていて、とっとと対応しないとゴードンの好意は無駄になる、と。
なんだかんだで弟に甘い兄なのを、ゴードンは知っている。
「ね、スコットの為に用意したんだよ?」
ダメ押しもすれば、スコットは困り顔のまま、頷く。
「……わかった」
「ゆっくりだからね、お湯に使ったら少なくとも100まで数えるんだよ!」
「FAB」
参ったな、というように視線を漂わせつつも、スコットは頷く。

「えー、それでホントにスコットお風呂に入れちゃったの?凄いなぁ、ゴードン」
ぱちぱちと目を瞬かせながら、アランがしきりに感心した声をあげる。上手くお風呂に誘導したのは良かったのだが、仕事第一の兄のことだから、どれだけゆっくりしてくれるのか怪しいモノだ、と思いつつゴードンは返す。
「まぁね、でも、ちゃんとゆっくりしてきてくれなきゃ、意味が無いんだけど」
「これだけ経ってるなら、ちゃんとゆっくりしてくれてるんじゃないかな?」
「そうだね、そうだといいけど」
などと、やり取りをしていると、足音が聞こえてくる。
振り返れば、襟ぐりの大き目のTシャツに、ゆるめのパンツというラフな格好をしたスコットだ。
目があえば、いつも通りに、にこ、と笑う。
「気持ち良かったよ、ありがとう、ゴードン」
が、ゴードンもアランも、すぐには返事が出来ない。
目を見開いている二人に、スコットは不思議そうに首を傾げる。
「ゴードン?」
「あ、ああうん、ちゃんとゆっくりしてきてくれて、良かったよ」
我に返って、やっと返す。
「どうかしたか?」
「うん、スコットが髪降ろしてるの、久しぶりに見たなぁって」
「そうだったか?」
あっさりと返しつつ、風呂上がりだからか、少々豪快に水のボトルを傾けている。
すると、固めていない髪が、さらさらというより、ふわふわと動く。
「アラン」
「ゴードン」
スコットの頭から目を離せないまま、ゴードンが声をかけると、同じ色の声が返ってくる。
うん、やはり間違いない。
「ね、スコット」
「ん?」
「髪、触ってみてもいい?」
きょと、と目を瞬かせたスコットは、不思議そうに微かに首を傾げつつも頷く。
「ああ、構わない」
許可が下りた!とばかりに、二人してスコットの背後に回り、そっと指で触れてみる。
「「!」」
やはり、思った通りだ、とばかりに、今度は手の平で撫でてみる。
「もふもふだー」
「もふもふだよー」
しかも思わず、声も緩むレベルの。
前に、スコットって髪立てないよね、と言ったら、苦笑気味に「立たないんだよ」と言ってはいたが、なるほど、こんなに柔らかいとは知らなかった。
「ふあー、もふもふ」
「もふもふ天国」
これではスコットでは無く、ゴードンとアランが和んでいる状態だが、この肌触りは止められない。
「そういえば、ゴードン」
「なーにー?」
兄の、極上の猫っ毛に癒されつつ返すと、スコットは後ろ姿のまま、少しだけ首を傾げる。
「風呂、な。入れてくれてあった入浴剤、アレ、なんだ?グレープフルーツじゃないし、オレンジでも無かったけれど、なんか、そういうような?」
お、ちゃんと気付いてくれたか、とゴードンはにんまりと返す。
「ああ、柚子だよ。東洋の柑橘類」
「へえ、ユズっていうのか、いい香りだった」
「そう?良かった」
リラックスする香りなんだよ、とは言わない。スコットがいい香りと思ってくれれば、それでいい。
まあ、今のところは目前の、このほわほわの髪の毛だ。
しばらくしてラウンジに来たバージルは、入浴剤の買い出しにつき合わせていたので、スコットの髪が降りていることには驚かなかったらしい。
が、ひどく不審そうな顔になる。
「おい、スコットの髪がぐしゃぐしゃになってるぞ?」
「うん、だって癒されるんだよ」
アランがほんわーと緩み切った顔で返し、ゴードンも頷く。
「ちょっと長毛のウサギみたいに、ふっわふわなんだよ」
「なんだ、そのイヤに具体的な例えは」
相変わらず不審そうな顔だが、正直、どうでもいい。スコットが風呂でくつろいでくれて、自分たちも極上の猫っ毛で癒されているのだから。


さて、その夜。
定時連絡をいれたジョンは、目を瞬かせる。
珍しくスコットがすでに風呂を済ませていて、髪が降りていることでは無く、その背後にバージルがいることに。
「バージル、何してるんだ」
『いや、その、ゴードンたちがウサギみたいで癒されるっていうから』
うろんに目を細めるジョンに、バージルは少しだけのけぞりつつも答える。その手は、わしわしとスコットの髪を撫で続けたままだ。
スコットはそれを気にする様子なく、少し首を傾げて尋ねてくる。
『ジョン、トレース案件はあるか?』
「いや、無いよ。今晩は今のところ静かだ」
『そうか、それは良かった』
スコットの口元が少しだけ緩む。通信が静かなら、ジョンもゆっくりと過ごすことが出来るからだ。
風呂上がりの姿だと、どこかくつろいで見えて、ジョンもほっとする。
「……で、バージル?」
『うん、癒される』
相変わらず撫で続けたまま、バージルが返す。
「なるほど」
ぼそ、と返したジョンの視線が、微妙に漂う。

その、二十分後。
ラウンジに響いた静かな足音に、スコットが顔を上げる。
「ジョン!降りてきたのか」
にこ、と嬉しそうな笑顔を浮かべてくれるスコットへと、まっすぐに近付いて、そして、おもむろに手を伸ばす。
いきなり無言で髪を撫でられて、さすがに驚いたのかスコットが目を見開くが気にしない。
「ジョン?」
バージルが、いや、アランとゴードンが言っていた通り、なるほど、これは。
「もふもふ……」
ぽつ、と呟いた声は届かなかったらしく、いくらか困惑の顔つきになってくる。
「どうした?何かあったか?気付いてやれてなかったのなら」
「ううん、そうじゃないよ。別に何かあった訳じゃない」
心配することはない、ということだけを伝えて、やっぱり撫で続ける。
「ねー、重力エレベーター動いてたんだけど」
「あ、やっぱりジョン降りてきてた」
「お、お帰り、ジョン」
と、口々に言いつつやってきた兄弟たちは、ジョンの手の先を見て、妙に納得した表情になる。
そして、三人共、無言のまま首を傾げてみせる。
質問の意味は、ジョンにはすぐわかる。
癒される?
だから、ジョンは大きく頷く。
スコットは、まだ気忙しげな顔つきだ。
「ジョン、本当に?」
「ああ、スコットに会いたくなっただけだから」
「そうか」
通信で会ってる、とは言わない兄に、ふ、と口元も緩む。
しばらく、この手は極上のもふもふから離せそうにない。



2015.10.23 Oh my dear brother 04

■ postscript

お兄ちゃんの髪だけが、ツンツンにならなかった不思議を考えていたらこんなコトに。

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