□ 願いの片端
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目前の状況を見て取ったバージルが、腹立たしげに言う。
『どうするとこんなことになるんだ?!』
ジョンは、冷徹なくらいの声で返すしかない。
「発見した人もそう思ったろうし、出動した人たちも、僕も思ったさ。だが、今はソレを詮索する時間じゃない」
『取り残された子を助けるのが急務だ』
スコットからも、いつもよりは少し低いものの平静な声が返ると、バージルは困惑したように眉を寄せる。
『ああ、わかってる。でも、この状況じゃ』
『二号はもちろん、一号も近付くのは無理だな』
彼らの愛機の目前には、強風の中でグラグラと今にも崩れそうな鉄塔がある。すでに半壊状態の足場にもならないようなとある高所で子供が震えている。
鉄塔がこんなことになってしまった理由は、誰にも簡単に理解出来る。
小型飛行機が地上で形を失っているからだ。
この強風の中の飛行を強行し、制御出来ずにあえなく鉄塔に激突した。爆発しなかったのは幸運だが、炎上して鉄塔の最下部の強度はかなり落ちているらしい。
鉄塔の揺れはかなりなモノだ。
子供が落下していないのは、奇跡に近い。
この揺れで、消防も軍もどうにも手が出せずにインターナショナルレスキューが呼び出された。
何よりも腹立たしいのは、この悪天候の中、小型飛行機を離陸させて墜落させた当の本人はパラシュートでも使ったのか姿がないことだ。
しかも、通報すらせずに姿を消したらしい。
そちらを追うのは、この国の警察が請け負っているだろうから、ジョンたちとしては目前で命の危機にさらされている子供を救出する方法を考えるしかない。
『どうするんだ?降りても、これじゃ下手に登れない』
バージルが焦った声を上げる。
一号も二号も一緒に出動してきたのは、状況は聞いてワイヤーで揺れを固定するしかないだろう、と踏んだからだった。
理想的なシナリオとしては、二号からのワイヤーで鉄塔を支え、一号を近接させて子供を救い出す。
二号の接近が難しいとなったら、一号で支えて下からバージルが登って救出する。
さすがに、どちらかは出来るだろうと踏んでいたのだが。
思った以上の破壊状況と強風に、とてもではないが一号ですら近付くことは出来ない有様だ。それどころか、下手に装備を身に着けたバージルが登っただけでも崩れそうだ。
『僕が行こう』
『行こうって、スコット?』
「どうするつもりだ」
少々慌てた声を上げるバージルをよそに、ジョンは眉を寄せて尋ねる。
スコットは、ヘルメットを装着しながら返してくる。
『ワイヤーを使ってあの子がいるところまで降りる。誰かが傍に行かないと、落ちるのは時間の問題だ』
「それからどうする気だ」
『あの子の様子次第だが、抱えて行けそうならワイヤーで降りる。ダメなら風が弱まるのを待ってジェットパックを使うさ』
スコットの言う通り、子供の手脚はがくがくと震え続けている。
たまたま、運よく角に支えられるような状態になっているから落ちずに済んでいるだけだが、風の状況によっては振り落されてしまうだろう。
「風は、最低でも一時間は強いままだ」
気象情報を確認しながら返すと、スコットの口の端に微かな笑みが浮かぶ。
『もう、あの子は一時間以上頑張ってるんだ、僕に出来ない訳はないだろう?』
「ああ、強度も計算によればスコットが乗る分には問題は無い。これも、今のところだが」
ジョンが告げると、スコットは頷く。
『了解』
『スコット、すぐ傍に近寄れないのに、この風でどうするつもりだ!無茶すぎる!』
バージルの声の間に、一号は鉄塔の風上へとつける。そして、あっさりとハッチが開く。
『ありがたいことに、風は渦巻いてはいないから行けるさ。助けを求めている人を目前で見捨てるなんて冗談じゃない!』
言い切ったかと思うと、ワイヤーの端を掴んだスコットが、勢いよく弧を描いて飛び出していく。風に乗る形だが、いかんせん強風で勢いが強い。
ぶつかるかぶつからないか、スレスレのところで手にしていたグラップルランチャーからワイヤーが発射され、鉄塔の一部へと絡みつく。ヒラ、と身を翻して鉄塔へとしがみつく。
『……ぶつかるかと思った』
大きく息を吐いたのはバージルだ。が、スコットは小さく肩をすくめたのみで、次のポイントへとワイヤーを打ち出す。
風で流されるのを読み切っていたとしか思えない位置につけ、また、ひら、と身を翻す。
飛ぶたびに、バージルが息をのむが、ジョンはただまっすぐに見つめ続けるだけだ。
あの子を救えるのがスコットだけならば、信じるしかないのだから。
二度ほど飛び、無事に子供の元へと飛び移ったスコットは、にこり、と子供へと笑いかける。
『よく、頑張ったね』
う、とつまった子供は、次の瞬間には、ぎゅうっとスコットにしがみつく。
子供を抱き留めつつ、自分が角に寄り掛かるように身を翻したスコットは、周囲を見回しつつ軽く上を見上げる。
『どうも風が強くなってるように思うんだが?』
「ああ、言う通りだよ。さっき言った通り、一時間はそこで動かない方がまだいい」
追っていた気象情報を告げると、スコットは軽く肩をすくめる。
『FAB』
それから、子供を抱えなおしつつ尋ねる。
『もう少し、頑張ってくれな』
柔らかく撫でる手は、いつも自分たちを撫でるのと同じ、優しい兄の手だ。
が、情報を追い続けているジョンは、嫌なニュースを伝えるしかない。
「スコット、気圧の谷が近付いてる。瞬間的な突風の可能性が」
言葉が終わらぬうちに、ごうっという凄まじい音と共に鉄塔が揺れる。
ギシギシと軋み、上部がぐらり、と揺れ歪む。ミシミシと嫌な音が響いた、次の瞬間。
大きく、鉄塔がかしぐ。当然、スコットが子供を抱えている足場も急速に傾いていく。
『「スコット!」』
思わず重なった声が合図になったかのように、スコットの手からワイヤーが打たれてかろうじて位置を保っている鉄筋に絡みつき、滑り落ちるようになったスコットと子供がぶら下がる。
風に揺らぐスコットたちの上へと、歪んだせいで外れてしまった大小の鉄骨が降り注いでいく。
『くっ』
どうにか体を揺らしながら避け続けていたスコットは、落ちてくるのが落ち着いた隙を見計らって大きく体をしならせると、足場になりそうな場所へと降り立つ。
ぎゅうっとしがみついていた子は、足場が安定したのを感じたのだろう。そっと顔を上げようとするが、スコットの手はそれを撫でるように抑える。
『ごめんね、もう少し頑張れるかな?』
声は柔らかいが、そっと口を挟んできたバージルの声は懸念しかない。
『スコット、そこで大丈夫なのか』
二号からのカメラ映像に切り替えれば、意味はすぐにわかる。今、スコットが足を下している場所で子供が周囲を見回そうものなら、恐怖しかないだろう。
スコットは、小さく肩をすくめる。
『今飛べば、どこにあたるかわからない。動かずに済むならその方がいい』
冷静な判断だ。
バージルとのやり取りを横目に、ジョンは現状の鉄塔の強度計算を急いで済ませる。
「足場は狭そうだが、強度的には安定してる。さっきくらいのなら、耐えられる」
『そうか』
スコットより先に、ほっとした声を返したのはバージルだ。が、すぐに緊迫した声をあげる。
『スコット、上!』
二号からのカメラ映像をそのまま残していたジョンにも、はっきりと見える。
鉄塔の部品であろう金属辺が、まるでナイフのような鋭さでまっすぐにスコットたちの方へと落ちていくのが。
このまま落ちれば、スコットが抱えている子供に直撃だ。
すっとスコットの目が細まるのが見える。
次の瞬間。
ザシュッ!
鋭い音と共に、庇うように動いたワイヤーを掴む左腕を貫き、背後の鉄骨の隙間へと高い金属音と共に刺さり、スコットの腕はそのまま固定されてしまう。
『っ』
スコットが声もなく歯を食いしばるのが見える。
「『スコット!』」
またもや声が揃うが、バージルは腹立たしげに続ける。
『もう少し考えて行動しろよ!』
ややの間の後、スコットの声が返る。
『大丈夫、支えられる』
言う側から、スコットの腕を貫いた金属片の端より赤い花弁のようなモノがヒラハラと散っていく。
子供が、少し身じろぐのを柔らかくスコットの手が止める。
『大丈夫だよ、心配ない』
貫かれた腕を見せる気は無いのだろう。声にも、全くにじませない。
けれど、スーツの色もじりじりとどす黒く染まっていっている。
『止血しないと、危ないぞ』
気忙しげなバージルの声にも、のんびりとしてさえ聞こえる声が返る。
『今、手を離すわけにはいかない』
確かに、抱えている子供から手を離してしまった時に煽られれば、あっさりと転落してしまうだろう。
先程までより、よほど足場は狭いのだから。
『バージル、風が落ち着いたらこの子を引き取りに来てくれ』
『……FAB』
スコットがああして縫い止められてしまった以上、それしか救出方法が無い。苦い声でバージルが返す。
通信を終えると、ふつ、とスコットからの送信は止まる。
強い風が吹く度に、赤い雫が散っていくのが見える。
『ジョン』
「まだ、しばらくは待つしかない」
バージルの声の調子で、言いたいことはわかったのでジョンは冷淡にさえ聞こえそうな声で先回りする。
『ジョンは、落ち着いてるんだな』
少しイラついた表情と声が返るが、肩をすくめてやるだけだ。
「慌てたら、この状況が改善されるなら喜んで?」
『……悪かった』
ヤツアタリだ、とすぐに気付いたらしく、バージルは眉を下げる。
「いや、風が弱まりそうになったら連絡する」
『頼む』
ぽつり、と返事が返り、バージルからの通信も切れる。
ジョンの目前に残るのは、じりじりと腕を染めていくスコットと、まだ風がおさまる様子を見せない気象情報データだ。
知らず、唇を噛みしめる。
二号のモニタ環境では流血が止まらないことだけが確認出来るのだろうが、ジョンの方はもう少し詳しく知れる。
時折、スコットが声を出さぬように、だが、何かに耐えるように歯を食いしばっているのが。
バージルはまだいい。風さえ収まれば、スコットをあの忌々しい呪縛から解き放ちに行けるのだから。
ジョンに出来るのは、ただヒトツ願うだけだ。
スコットが救おうとしているあの子と、大事な兄がどうか無事でありますように、と。
何度か、酷い風に煽られつつも、どうにかあの狭い足場に踏みとどまり続けてどれほど過ぎたのか。
睨むように気象データを見つめていたジョンは、通信を入れる。
「バージル、気圧の谷が抜ける」
『FAB!』
きっぱりと告げたバージルも、二号の煽られ方が格段に弱まった、と判断したのだろう。
強度が弱すぎる状態の鉄塔を気にしつつも、高度をぐんと下げ始める。どうにか鉄塔にトドメを刺すことなく降り、ハッチからバージルが乗り出して二号の上を伝い、スコットたちへと近付く。
『スコット』
『子供を頼む、低体温寸前だ』
一瞬戸惑うように視線を彷徨わせたバージルに、スコットは続ける。
『僕なら大丈夫だから。ともかくこの子を早く』
どう大丈夫なのか、片手が使えないままでどうする気なのか、とジョンも尋ねたいが、それ以上、バージルがためらうのを許さないというように、子供に声をかける。
『よく頑張ったね、このお兄ちゃんが下してくれるよ。もう大丈夫』
小さく頷く子供を、バージルが抱え上げる。
つぶらな瞳を、やっとあけることを許された子供へと、スコットが笑顔で手を振る。
子供も、ほっとしたように小さく手を振り返し、バージルに抱えられたまま二号へと消える。
『よし、子供は保護した。これから二号を離す』
「風圧に気を付けろ」
ジョンの言葉に、バージルも頷く。
『ああ、もちろん』
スコットのことだから、子供が無事に搬送されたと見届けるまでは自分のことなどお留守のままに違いない。
そろそろと二号が離れたのを見届けたジョンは、軽く眉を寄せる。
「スコット、どうする気だ」
『考えてあるよ』
苦笑気味の声が返り、つい、と上を見上げるのがわかる。自由になった手で、鉄塔から落ちぬように絡めていたワイヤーを引く。縫い止められた左手のグラップルランチャーがレーザーへと切り替えられて、ワイヤーを簡単に切断する。
そのワイヤーで、器用に口と手で左腕に巻いて止血したかと思うと、右手に持ち替えたランチャーで腕を縫い止めている金属を切断する。
短くなった切っ先から左腕を抜いて完了、だ。
行動の速さからして、とうにこの方法を考えていたのだろう。
が、やっと解放された左腕は、だらり、と落ちたまま力が入っていない。が、スコットはそれに構う様子無く、器用に顎と口元で右腕の操作パネルを作動させて一号を呼び寄せる。
『ほら、な?』
口元を軽く緩ませてジョンに告げると、見慣れた身のこなしで機内に戻っていく。
ジョンは、軽く天を仰ぐ。
「戻ったらきちんと手当を」
『わかってるさ、心配ない』
そう返す声が微妙にかすれているのに、気付いているのかどうか。
「了解、ともかくレスキューは完了だ」
『FAB』
通信を終えたのを確認して、急いで医者に連絡を入れてトレーシーアイランドに来てもらうよう手配する。あの様子では、自分で適当に処置する気でいるのに違いない。
それから、五号に入っている信号類をざっと確認して立ち上がる。

一号から降り立ったスコットは、乗り降り用のベースの先にジョンが立っているのを見て、目を瞬かせる。
「ジョン?」
「おかえり、スコット」
にっこり、と笑ってジョンはこちらへとやってきたスコットの左腕を取る。
「約束しただろ?スコットの体調が悪い時には頼ってって」
「それはそうだけど」
わざわざ、スコットのケガのために降りてきたのかと目に疑問を浮かべているのへ、肩をすくめてやる。
「こんな酷いケガして、体調悪くないというのは聞かないよ」
「……すまない」
「何が」
「わざわざ降りてこさせて」
少しかすれた声で肩を落としてしまうスコットを見て、相変わらず肝心なことはわかっていないな、とジョンは思う。
「スコット、頼ってほしいと頼んだのは僕だよ」
こんなケガをされて、54,000キロ上空でただ見ていろと言われる方がよほど辛い。
軽く貧血を起こしていそうな顔色を見やりつつ、首を傾げてやる。
「ほら、ちゃんと頼って」
おとなしく手を取られてままで歩き出しつつ、スコットは、うろ、と視線を漂わせる。頼るなどということがないので、どうしていいやらわからないらしい。
「もうすぐ医者も到着するから、ちゃんと治療してもらって、安静にしろと言われたら聞いてよ?言っておくけど、体調よくなるまで、僕は離れないからね」
「わかってる」
困惑気味の返事だが、発熱した際に宣言通りに医師がいいと言うまで離れようとしなかったのを覚えているのだろう、それ以上は何も言わない。
「それならいいんだ」
ジョンは、にこり、と笑う。

治療の後、案の定ベッドの住人になってしまったスコットの枕元で、ジョンはタオルを絞ってそっと額においてやる。
左腕のケガは、神経をやらなかったのは奇跡的だ、と医師が言っていた。風に煽られつつも、可能な限り動かなかったのも良かったらしい。
子供を守るのが優先だったけれど、下手に悪化させる気もなかったということなのだろう。スコットらしいといえばスコットらしい。
結局、今回もスコットは痛いとも辛いとも口にしなかった。子供が助かった後も、心配する自分たちに困ったような顔は見せたけれども。
傍についていることこそ許してはくれるが、やはり頼ってはくれないのだろうか。
少しほろ苦い思いを抱きつつも、そっとケガをしなかった方の手に触れてみる。
まるで、それを合図にしたかのようにスコットの瞼がわななく。起こしてしまったか、と覗き込むが、焦点がまた合ってない。
スコットの、どこか不安そうな表情に、心のどこかが締め付けられるような気がする。
また、自分でない誰かにすがりたいのだろうか。
我知らず、触れていた手を握り締めると。
「……ジョン?」
掠れた声だったけれど、確実に呼ばれる。焦点は合っていないのに。
ジョンは目を見開きつつも、身を乗り出す。
「うん、ここにいるよ」
熱のせいか疲れのせいか、うまく焦点を定められない青い瞳を見つめつつ告げる。
「スコットが良くなるまで、絶対にここを離れない」
ほんの微かにスコットの口元が緩んだように見えて、そして瞼は閉ざされてしまう。
ジョンは、思わず瞬く。
恐る恐る、しっかりと握りしめてしまったスコットの手を見れば、本当に申し訳程度だったけれど、握り返されている。
僕の名前を呼んでくれた?そして、ここにいると言ったら、表情を緩めてくれた?
もう一度、スコットを見つめる。
そして、不意に気が付く。
家族を失うのが怖いのは、自分たちだけではない。何も言わずに背にかばい続けてくれるスコットとて。
ただ、表に出さないだけで。
そっと、握りしめた手を額にあてる。
「ねぇ、スコット。誓うよ、僕は54,000キロより遠くへは絶対に行かない」
だからスコットも、どうか手の届かない場所へは行かないで。
その願いは、きっとまだ届かない。
けれど、ほんの少しだけ。
きっと、今までより願いに近付いたと、ジョンは思う。



2015.11.17 One small step

■ postscript

台詞診断TLだった時に、そういえば複数台詞のもあったな、とやってみたところ、「「●●でも嫌だね」「お前はもう少し、考えて行動しろ」「願い事なんてひとつだけしかない」というセリフを入れた話をRTされたら書いてください。」なるモノが出たので、これは140字でもいける、と下記のようなのを打ってました。

S「助けを求めている人を目前で見捨てるなんて絶対に嫌だね」
V「お前はもう少し、考えて行動しろ」
J「願い事なんてひとつだけしかない。Sが無事でありますように」

ら、その間にありがたくも豪速リツイートしていただきましたので、このような形に。
お気に召しますよう祈りつつ。

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