□ 空翔ける翼と、海駆ける翼
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救出した人々が、皆、毛布に包まれて医務室に向かうのを見届け、ゴードンは四号へと戻る。
「五号へ、こちら四号、無事に皆を引き渡したよ。船医は軍経験してるって言ってたから、安心していいよ」
『四号へ、了解。元の現場に戻ってくれ』
「FAB」
ジョンの声の調子からして、現場の方はまだまだ緊迫状態だな、と察しを付けつつ四号を発進させる。
救助者を引き受けてくれた民間船は、それなりに近くを航行していたので現場はすぐに見えてくる。
こうして見ると、なかなか酷い事故現場だ。
死亡者がいないなんて、ホント奇跡的だよな、と青い空にうっすらと立ち上る煙を見上げながらゴードンは思う。
この近隣には、上空から見ると変わった形の島が集まっていて、それらを鑑賞する飛行船が運行されている。
その飛行船が、島ごとに異なる自然も見物ということでとある島に接近しすぎ、海岸沿いの崖に突っ込んだのだ。
飛空の為の気体が不活性で良かったとしか言いようがない。そうでなかったら、大爆発の案件だ。
かといって、予断は許されない状況ではあった。
半壊した客室から数人は海に放り出されたし、残った乗客は断崖絶壁の中腹に取り残されてしまい、脱出手段も無い状態だ。
この島を領有し、飛行船を運行している国が出動するにはあまりにも時間がかかり過ぎる為、インターナショナルレスキューに出動要請がきた、という訳だ。
すでに海に転落した乗客はゴードンが救助済で、付近を航行していて、救助補助を依頼された船へと収容した。
対応が早かったのもあるが、ありがたくも水を飲んだ者がいなかったので、皆無事だったのは何よりだ。
四号を一定距離で止め、中空での救助活動を見上げる。
飛行船の客室が突っ込めてしまうほどの土壌の脆さのせいで、二号の巨体での逆噴射はトドメになりかねず、スコットの独壇場状態だ。
一号もホバリングの為に逆噴射するのは同じだが、二号よりはパワーが低いのとワイヤーを最大限に伸ばすことで、スコットは噴射の衝撃が崖には届かないよう調整している。
その先に二号から借り受けた簡易のステージを取り付け、そこに乗客二人ずつほどを乗せては二号へと運ぶ、という作業が続いている。
ジョンが現場に戻れと告げたのは、万が一にも新たに海に転落する者がいたら、の保険の為だ。
それにしても見事な制御だよね、とゴードンは思う。
スコットはいつも一号をそれはそれは大事にしていて、メンテナンスも機械任せにしきったりはせず、丁寧に目視で確認している。おかげで、最も頻繁に出動するのに、機体は常にピカピカで傷一つ無い。
が、レスキューとなれば能力の最大限ギリギリでの運用を平気でしてのける。もちろん、スコットが一号の性能を知りつくしているのもあるのだろうが、それはもう見事に一号は追随してのける。
今日も、下手な衝撃を受けたらすぐにでも客室と崖とがバラバラになって転落しそうな現場で、実に見事な機動っぷりを見せ、スコットが狙ったであろう箇所でピタリとホバリングしている姿は、もはや息の合った相棒と言ってもいいくらいだ。
ゴードンだって四号をかなり大事にしているけれど、あそこまでの一体感は出来ないかなぁ、などと思って見上げている。
もちろん、誰よりも四号を使いこなす自信はあるけれど。
でもまぁ、そろそろマズいよね。
見上げる眉が、少しだけ寄る。
救出作業自体は順調に進んでいるけれど、崖に突っ込み、半壊している機械類からの煙が増えてきている。
客室部分から発火するか崩れ出すか、時間の問題だろう。
そう思ったところで、ジョンから皆へ通信が入る。
『さっきので乗客全員だそうだ』
『了解、あとは乗務員だな』
崖に突き刺さった飛行船へと向かいながら、スコットが返す。気忙しげに声をかけてきたのは、バージルだ。
『あまり時間が無さそうだが、大丈夫か?』
ゴードンと同じ心配をしているらしい。返してきたのは、ジョンだ。
『残っているのは、客室乗務担当の二人と、パイロット一人だ』
『FAB』
スコットからはそれだけが返って通信は終わり、その体が客室の扉付近から、不安そうに見つめている乗務員の方へと向いたのが見える。時間が無いからといって、スコットが諦める訳が無い。
乗務員たちは、ほどなく、無事に二号へと収容される。
再度、飛行船へと向かい始めたスコットへと、バージルが少しほっとした声をかける。
『あと、一人だな』
『ああ、操舵室から出てきていないそうだから、内部に救出に向かう』
あっさりとスコットが返したのに、ゴードンも思わず声を上げる。
「出てきてないって、マズくない、それ?」
『乗務員が確認したが、どうも扉が変形して出られないらしい』
「煙もそっちの方からだよね?」
『ああ、あまり猶予は無いな』
あっさりと返したスコットは、宣言通り、ひら、と飛行船の船体へと飛び移る。
『客室内は、間違いなく誰も残っていない』
その声の後、扉を叩いてみているらしい音が数回響く。
『操舵室で意識を失っているのかもしれない。扉を焼き切る』
『だが、扉の近くにいたら?』
バージルの声に、スコットは小さく肩をすくめてみせる。
『ワイヤーでこちらに引いておくさ、大丈夫だ』
『FAB』
スコットからの通信が切れたところで、ゴードンはバージルへと通信を入れる。
「二号、聞こえる?」
『ああ、どうした、ゴードン?』
「救出した人は、コンテナに回ってもらってるんだよね?」
『ああ、何を言っても大丈夫だぞ』
すぐに理解したバージルに、ゴードンは軽く眉をあげてみせる。
「そっちからだと、気球が良く見えると思うんだけどさ、まだ充分膨らんでる?」
『ああ、妙な位置に捻れてはいるが、穴があいたりはしてないようだな。地盤が弱かったおかげだろう』
「そっか、ならいいんだ」
船体を引き揚げる力が働いているうちは、落ちてくることは無い。ただ、船体自体が崩壊するのを危惧していればいいだけだ。
『どうかしたのか?』
「人の移動で、どうしても船体が揺れたでしょ?そのせいだと思うんだけど、さっきから、ちょっと多めに土が落ちてきてるからさ。気球が支えていられるんなら、大丈夫だよ」
安心させる為に事情を伝えると、バージルも、ほ、と息を吐く。
『そうか、こちらも気を付けておく』
「うん、よろしく」
ゴードンが頷いたところで、スコットからの通信が入ってくる。
『よし、扉を開けたって、うわっ、酷い煙だ』
ぶわっと溢れて来た煙が、確かにスコットの姿を包み込んで消してしまう。
『スコット、大丈夫か?!』
思わずバージルが声をあげるが、すぐに返事が返る。
『ああ、火は出ていないから大丈夫だ、だが、これでは……いた』
すぐに、船長を見付けたようだ。
『やはり酸欠だ。このままでは危ない』
声と共に、映った映像に、思わずバージルもゴードンも、ジョンも声を上げる。
「『『スコット!』』」
だが、スコットは何のためらいも無くヘルメットを脱ぐと、倒れているらしい船長へと何やら調整をして被せ、そして肩を使って引きあげる。
確かに、自分たちのヘルメットには緊急時に酸素濃度をあげる機能もついてはいるが、まさかソレを人に譲ってしまうとは。
が、スコットは全く気にかける様子は無い。
『こうでもしないと、今は自力で呼吸してくれてはいるが……ごほっ』
かなり周囲の煙は酷いらしく、スコットも咳こみ始めるが、足取りはしっかりと気を失っている船長を引っ張り出していく。
何度か咳こみつつも、無事に一号に吊り下げたステージまで辿りつき、船長ごと乗り込む。先程までよりは、少し慎重な速度で二号へと向かって行くのが見える。
無事に、二号へと到達してバージルの腕に船長を受け渡したところで、つい、と視線が上を向く。
『五号、向かっているはずの海軍はどうなってる?』
『そこそこの位置までは』
『よし、バージル、早く治療を受けさせた方がいいから、そこまで搬送してくれ』
どちらにしろ、救った人々も届けなくてはならないから、バージルも頷く。
『FAB』
ステージを切り離して二号に収容し、スコットがワイヤーにぶら下がって少し距離を置いたところで、二号は大きく噴射をしてこの場を離れていく。
『ゴードン、しばらく待たせるが』
「OK、スコット、いつものことさ、大じ」
『スコット!一号の高度を上げろ!船体が!!』
上空から現場を注視していたジョンが、焦った声で割り込む。
スコットとゴードンが、船体を見やった瞬間。
どおおおんっ!
海上のゴードンの耳でさえつんざきそうな轟音が響く。
船体が爆破するのと同時に、上の気球が破裂して猛烈な爆風が周囲に吹き荒れる。
あっという間に、スコットの姿がその余波の煙と爆風に包まれて行くのが見える。
「『スコット!』」
思わず声をあげるが、すぐに我に返って四号を発進させる。崖も凄い勢いで崩れていくが、そんなのに構ってなどいられない。
爆風の方向と勢いからして。
ぐ、と唇を噛みしめる。
大きく揺れたワイヤーが、元の場所に戻っていくが、当然、スコットの姿はそこには無い。
それよりずっと彼方で、青い花弁かなにかのように、ゆら、と揺れたかと思うと。
猛烈な勢いで落下していく。
『スコット!』
ジョンの声が、もう一度響く。
呼びかけるのは、ジョンに任せてゴードンは四号を操縦する方に集中する。
あの声で気付いて対処してくれるなら何よりだが。
見込んだ位置で四号を止め、ヘルメットを被って手をクロスさせ、勢いよく泳ぎ出る。
空がスコットの領分なら、水中はゴードンの領分だ。
見込みを付けた、その場所に頭から落ちてくるスコットの姿をはっきり捉える。
さすがに爆風と水面に叩き付けられた勢いで、意識は朦朧としているらしい。口元から、こぽこぽと泡がこぼれ上がっていく。
マズイな。
ゴードンは思い切り眉を寄せる。
思い切り水をかき、一気に距離を詰める。
先ほどまでは頼もしく皆を救助していたのに、今は力が無いスコットの腕を引く。
あまりにも簡単に引き寄せられた口元から、また、小さな泡がこぼれていく。瞼は、閉ざされたままだ。
小さく舌打ちをしつつ、抱え込むように四号へと引き込み、気道を確保しながら覗き込む。
「スコット!」
あの様子では、明らかに水を飲んでいる。
早く意識を取り戻させて、吐き出させないとマズい。まだ、肺には入っていないと信じたいところだが、それも検査しなくてはわからない。
「スコット!スコット!!」
軽く頬をはりながら、何度でも呼ぶ。
海に、大事な兄を奪わせたりは絶対にしない、したくない。
「スコット!」
お願いだから、戻ってきて。
強く強く、願いを込めて。
「スコット!!」
ひくり、と瞼が震える。
「スコット、目を開けて、起きて!」
「……っ」
まだ焦点は怪しいが、はっきりとコチラを捉えたと判断したなり、無理矢理にうつ伏せにして喉に腕を突っ込む。
「ッ?!」
不意打ちにスコットは目を見開くが、構っていられない。
「吐いて!」
「ぐうっ」
えづいた、となったなり、一気に腕を引き抜く。
「全部吐いて!絶対に飲まないでよ!」
苦痛に顔を歪めるスコットの背をさすりながら、必死で告げる。少しでも肺に入られたら、もっと苦しい思いをするのはスコットだ。
「く、は……」
どうにか吐ききったスコットは、けほけほと咳き込む。その背をさすりつつも、ああ、これでもう大丈夫だ、と安堵する。
正直なところ、足元から力が抜けそうだけれど、ぐ、と奥歯を噛みしめて、口の端を持ち上げていつもの調子で口を開く。
「ん、もう大丈夫だね。いやもう、派手なダイブだったよねぇ」
もう、数回咳き込んだスコットは、口元をぬぐってゴードンを見やる。
顔には、苦笑が浮かんでいる。
「ありがとう、ゴードン」
思わず、ゴードンは目を瞬かせる。
まさか、最初にお礼を言われるとは、思ってもいなかった。
が、苦笑はすぐに兄らしい笑みに代わり、さらり、と頭を撫でられる。
「さすがゴードンだよ、おかげで水を肺に入れずにに済んだ」
ああ、あの無理矢理な処置の意味も、きちんとわかってくれているのか。まったく、先ほどまではぐったりとしていたというのに。
「まあね、だってさ、ほら海は僕の領分だからさ」
肩をすくめつつ告げれば、その笑みは大きくなる。
「そうだな」
もう少し、この大きな手を堪能してたいなぁ、なんて思ったのだけれど。
『ゴードン、スコットは大丈夫なのか?』
『ゴードン、スコットはどうした?!』
ジョンとバージルの切羽詰まった通信が同時に入ったので、苦笑して顔を上げ、肩をすくめてみせてやる。
「誰がレスキューしたと思ってるのさ」
「ああ、ゴードンのおかげで無事だ」
ひら、とスコットも笑顔で手を振ってみせている。
『良かった、スコット、無事か』
『ああ、良かった、スコット』
表情を緩めて口々に言う二人へと、唇を尖らせてみせる。
「ちょっとお、言うことそれだけ?」
『よくやったよ、ゴードン』
『ああ、よくやった。今回のミッションは完了だな』
すぐに、二人からも返ってくる。ふふん、と鼻をならしてから、バージルへと向き直る。
「今から浮上するから、四号持って帰ってよ。僕はスコットと一緒に帰るから」
『FAB』
バージルはあっさりと頷き、完了を告げたジョンも通信を終える。
「ゴードン?」
不思議そうに首を傾げる兄に、ゴードンはにっと笑いかける。
「レスキューした相手は、きちんと送り届けないとね」
「なるほど」
納得したのか、頷くスコットにゴードンも頷き返す。
「さ、家に帰ろう」
今日も、一緒に。



2015.10.06 My dear big brother 02

■ postscript

某さんと、同じシチュエーションのシーンを書いてみよう、と企画したモノ。
どのシーンかは後ほど。

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