□ お兄ちゃんとお買い物 Ver.J
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ジョンが昼の定期通信を入れると、珍しくラウンジには兄弟が揃っていた。
『ジョン、どうだ?』
すぐにスコットが返してくれる。
「今すぐ出動する案件は無いが、トレースしてるのが三件ある。今のところ、深刻な状況にはなってない」
『そうか』
頷き返してくれたのを確認してから、首を傾げる。
「で、揃ってどうしたんだ?」
『ああ、明日の買い物当番のことをね』
『うん、スコットの番だから』
「ああ……」
アランとゴードンが口々に返してきたので、ジョンもすぐに理解する。
基本的に買い物当番は二人一組で行くことにしているのだが、多忙なスコットは時折のローテーションになっていて、一人なのだ。
元々はいつもは皆に任せているから、というスコットの意見だったのだが、今では弟たちが兄を仕事外のところで独占できる機会になっている。
本日も三人して虎視眈々、といったところなのだろう。
前には、アランが「僕の好きなアイス覚えててくれた!」と喜んでいたし、ゴードンは「皆の好きなお菓子、ちゃあんと知っててくれるんだよね」などとにこにことしていたし、バージルまでもが「荷物を全部運んでくれた」などと笑顔だった。
ヒトツ頷いたジョンは、ちょい、と首を傾げる。
「じゃ、今回は僕が一緒に行こうかな。僕も、いつも皆にお任せしっ放しだしね」
『へ?!』
『えっ?!』
『ジョンが?』
バージルたち三人が、一斉に驚いた声をあげる。
きょと、と瞬いたのはスコットだ。
『わざわざ買い出しに降りてくることは』
「僕だって、たまには本土にも行きたいし」
にっこりと返すと、なるほど、というようにスコットは頷く。
『それもそうか、じゃあ、明日はジョンと行くか』
スコットが口にしてしまえば、確定だ。
トレース案件が片付くことを祈りつつ、ジョンも頷き返す。


翌日、無事に降りてきたジョンは、自家用ジェット機のスコットの隣に乗りこむ。
どんな乗りモノであれ、スコットが操縦するのに同乗するのが、ジョンは一番好きだ。
動きが滑らかで柔らかい。
今日も、ほとんど衝撃を感じさせずに機体を離陸させ、高度を安定させる。
基本的に飛ぶことは好きなのだろうな、と思うのは、操縦する兄の口元がなんとなく緩んでいるからだ。
「楽しい?」
「ん?」
機体が安定した、と判断して声をかけてみると、スコットは小さく首を傾げる。
「ジェット飛ばすの」
「そうだな、一号とはまた色々と違うから、気分転換になってるかもな」
返してから、スコットが尋ねてくる。
「本当にいいのか?家でゆっくりしていて良かったんだぞ」
くすり、とジョンは笑う。
「言っただろ、たまには僕だって外に出たいよ」
ましてや、兄さんとなら尚更、という言葉は仕舞っておく。正直なところを言ってしまえば、バージルまでもがスコットと買い物に出て楽しかった、などと言うものだから、羨ましくなったのだ。
まあ、でもこれは口にしてもいいだろう。
「それに、スコットが飛ばす飛行機に乗るの、好きなんだ」
「それは、嬉しいね」
ふ、とスコットの口元が緩むのを見て、ジョンも笑う。

車に乗り換えて街中に出てしばし。
ふ、とスピードが緩んだので、ジョンは不思議に思って外を見やると、専門書まで取りそろえている大型本屋の前だ。
「本を頼まれた?」
「いや」
あっさりと否定したスコットは、にこり、と笑う。
「久しぶりだし、色々と見たいだろ?買い出しはしておくから」
ドアロックを外しながら言うあたり、最初からジョンを本屋に連れてくるつもりだったらしい。確かに本は好きだし、もし買い出しを終えても時間があるようなら、寄ってもらってもいいか尋ねるつもりではいた。
だが、こういうことを望んでいた訳では無い。
どう返事をしたものか、と黙り込んでいると。
「嫌じゃ無ければ、昼は一緒に食べよう」
さすがに、ジョンは思いきり眉を寄せる。
「なんで、僕が嫌がるのかな」
「え?」
驚いたように目を瞬かせたスコットは、困ったような顔になる。
「いや、時間を気にせずに本を探したいかと思ったんだが」
ああもう、本当に。
ジョンはため息をつきたくなるのを、かろうじて堪える。スコットは、確かに弟たちをよく見ているし、大事にもしてくれる。ジョンが本を選びだしたら、夢中になってしまって時間を忘れることさえ許容してくれる。
ただ、一点に関してはあまりに疎い。
ジョンたちが、どれだけ兄を慕っているか、ということだけは未だに気付いてくれない。
「スコット、買い出しは多い?」
「いや、たいしたことないから大丈夫だ。だから、ジョンは気にせずに」
どうしても口にしないとわからないらしいので、さっさと被せてしまう。
「じゃ、買い出し先に済ませて、スコットが嫌じゃなかったら本屋に付き合って」
困惑顔のまま、スコットは返す。
「嫌な訳がないだろ」
「僕もスコットと買い出しに行くのも、昼食べに行くのも嫌な訳ないどころか楽しみにしてるんだけどな」
もう一度瞬いたスコットは、ふ、と目元を緩める。
「悪かったよ、ジョン」
「わかってくれたならいいよ、昼もさ、行ってみたい店があるんだ」
「了解」
頷きながら、スコットは車を走らせ始める。
さて、昨日、トレース案件を追いながらジョンが調べた店はスコットの好みに合うだろうか。
もちろん専門書も、スコットに一緒に選んでもらうのだ。
ようやく幸せな一日を確約されたジョンは、口元を緩める。



2015.10.29. He goes for shopping with his brother. Ver.J

■ postscript

お兄ちゃんと一緒なことが幸せ、とわからないお兄ちゃんの話。

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